第1話 出会い目前

――前日――


 世界に7つあるダンジョンの一つ【トウキョウ・ダンジョン】にきた。

 池袋駅で降りて、いつも使っているダンジョン入り口に向かう。

 ダンジョンの入り口は地下鉄のように、地面からポコッと飛び出ている。

 東京には入り口が無数にあり、ほとんどは国が管理しているが、極まれにヤクザのような裏社会が秘匿し管理している入り口があった。

 俺は借金取りからそのうちの一つを教えてもらって、未成年でもダンジョンに潜れるようになったわけだ。


 借金取りが用意してくれた、皮膚を剥がれたようなおどろおどろしい仮面がカバンに入っていることを確認して、池袋から数分離れた裏路地に入る。

 そこではいつものスキンヘッドのヤクザが、数人で座り込んで煙草を吸っていた。

 彼らがここの入り口の監視員だ。


 すっかり顔なじみになった監視員たちの一人が、俺を見ると、煙草をアスファルトに押しつけて言った。


「……坊主か。入れ」

「ありがとうございます」


 この雰囲気にはまだ慣れない。

 やっぱり怖い。

 魔物よりもよっぽど怖い。

 肩を縮こまらせ、ビクビクしながら横を通り、ダンジョンに入る。

 通り過ぎる間、ヤクザたちがいつもジロジロとこちらを見てくるのだ。

 あんまりこちらを見ないでほしいといつも思っていた。


 ダンジョンの入り口に入り、仮面を被ると、石造りの階段を降りる。

 壁の高いところで、ずっとチラチラと松明が瞬いている。

 これって消えたりしないのだろうか。

 今まで一度もこの火が消えているところを見たことなかった。


 階段を降りると、【ダンジョン・ロビー】と呼ばれる場所に着く。

 ここは綺麗に整えられたエレベータールームみたいな場所で、何百列とエレベーターが並んでいた。

 このエレベーターに乗り込み、自分の行きたい階層に向かうわけだ。


「ふぅ……緊張したぁ。――さて、今日は398層でも行くかなぁ。昨日、ヤクザの人たちが【フェニックス】のレアドロップが欲しいって言ってたしなぁ」


 エレベーターに乗り込み、ズラリと並んだボタンを眺めながら呟く。

 ボタンの数は596個。

 俺が到達した階層分、ボタンが並んでいた。


 この到達階層が、世間的にどのくらいかは分からない。

 表立って探索者だって言えないし、そもそもダンジョンと家を往復する日々だ。

 友人なんてまず居ない。

 テレビもないし、スマホも持ってないから、情報も手に入らない。

 俺はとにかく稼げれば良いから、根本的に他人の階層状況に興味ないってのが本音だけど。


 でも俺より進んでいる人は、ボタンの数とか凄いんだろうなぁとか、少し思う。

 すでに596個でも、びっしり詰まりすぎて気持ち悪いくらいだ。


 とりとめもないことを考えていると、エレベーターが第398層に着いた。

 岩肌がむき出しで、入り組んだ谷のような形状になっている階層だ。

 ちなみに谷の上にはどうあがいても行けなかった。

 何度も試みてみたんだがな。

 崖を途中まで登ると、そこから先は谷の上まで永遠に距離が縮まらないのだ。

 いつかは絶対行ってみたいと思っていた。


 岩の上にリュックを置いて、戦闘準備を整えながらぼんやりと思考を巡らせる。

 第398層なら、そこまで苦戦はしないはずだ。

 今回の目標の【フェニックス】だって、何度倒したか分からないし。

 あれのレアドロップ、ヤクザの人たちが高く買ってくれることが多いから良いんだよな。

 なんと【不死鳥の尾羽】一つで買取価格一万円ジャスト!

 五桁とか普通にヤバい。

 語彙が消え失せるくらいヤバい。

 でも、欲しくなさそうなときに持っていっても買い取ってくれないけどね。


「さて! 今日もたくさん働きますか!」


 俺は自分の武器――普通のサバイバルナイフを取り出して、自分に発破をかける。

 気合いを入れてから十分ほど歩き回り、俺は最初の獲物【ポイズン・ラット】に遭遇する。


 プシュウプシュウと、身体から紫色の瘴気みたいなのを発しているネズミだ。

 瘴気に触れるだけで皮膚が爛れ、吸い込むと即死するという、下手するとトラウマになるレベルの魔物だ。

 しかも大きさは普通のネズミの50倍くらい。

 とにかく大きい。


 俺はサバイバルナイフを握り直し、腰を落とす。

 このサバイバルナイフは、ダンジョンに潜るときに借金の取り立てからもらった物だ。

 ずっと使ってる。

 まだこれで負けたことないし、困ってないからね。

 武器にお金を使うくらいなら、貯金したいし。


「さぁて、いくぞ~。【超級付与スキル:雷付与ライトニング・エンチャント】!」


 俺はスキル名を唱え、スキルを発動する。

 スキルは武器種ごとにカテゴライズされ、さらに5つの等級に格付けされている。

 例えば『上級直剣スキル』とか、『中級魔法スキル』とか。

 等級は


 初級、中級、上級、超級、神級、


 の5つに分類される。

 もちろん、神級に近づくほど強い。

 まあ、まだ上は無数にありそうだけどね。

 俺が知らないだけで。

 こんな俺でも神級までは簡単に入手できたんだし。


 で、俺は付与スキルという、どの武器にでもエンチャントをつけられるスキルを持っていた。

 このスキルのカテゴリーは人それぞれで固定らしい。

 初めてダンジョンに潜ったときに、アウトロー探索者の先輩に教えてもらった。

 ちなみに付与スキルって一番の外れみたいだ。

 それを聞いたとき、少し落ち込んだのは内緒。


 スキルを使った瞬間、俺のサバイバルナイフの刀身に目映い雷が走った。

 バチバチと激しい音もする。


 俺は【ポイズン・ラット】に近づきすぎないように距離を取った。

 瘴気に触れないくらいの離れた場所に立つと、雷をまとったサバイバルナイフを頭に掲げる。

 それから、ふうっと軽く息を吐いて、縦にゆっくりと振るった。


 振り終わった瞬間、遅れて雷が【ポイズン・ラット】に向かって幾筋も走る。


「ピギャァアアアアアアアアアァアアアアアア!」


 ヤツの断末魔が聞こえてきた。

 しかし数秒で、それも途絶えた。


 俺から縦方向に向かって、地面が黒く抉れた。

 もちろん【ポイズン・ラット】も跡形もない。

 ヤツが居た場所に、紫色の石――通称、魔石が転がってるくらいだ。

 レアドロップはなかったみたいだ。

 魔物の基本ドロップが魔石で、極まれに【不死鳥の尾羽】のようなレアドロップが落ちる。


 俺は【ポイズン・ラット】の魔石を背負っていたリュックに入れると、他の魔物を探しに第398層を歩き回った。



   +++



 歩き回ること、一時間半。

 遭遇した雑多な魔物を狩りつつも、なかなか目的の【フェニックス】に出会えない。


 今日はツイてないな、と諦めムードに入り、俺は中古で100円で買ったカセットプレイヤーにイヤホンをつけて、我が愛しき妹の『頑張ってお兄ちゃん!』というボイスを繰り返し再生する。

 最近、このテープも聴きすぎて擦り切れ始めている。

 新しいヤツを補充しないとな。


 そんなことをしていたちょうどそのとき――。


「ピギュウゥウウウウウウウゥウウウウ!」

「きゃぁあああああぁああああああああ!」


 不死鳥特有の甲高い鳥の鳴き声が聞こえてきた。

 ついでに女の子の悲鳴も聞こえる。

 誰かが接敵したのか。

 あいつ、よく見ると顔がキモいから悲鳴も仕方がないよな。

 てか、もしかしたらその子が【フェニックス】を倒してしまうかもしれないか……。

 多少で良いから、おこぼれとかもらえないかな。

 そんな下心を込めて俺は慌てて駆け出す。

 仮面をしっかり被り直すと、その戦闘現場に向かうのだった。

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