仮面被りの世界最強は全力で正体を隠したい

AteRa

第一章:高まる名声

プロローグ

 夕暮れ時の午後。

 昨日は運良く出会った魔物たちの質が高くてたくさん稼げたおかげで、今日は久しぶりに休暇を取った。

 築34年六畳間のささくれだった畳の上でのんびりとゴロゴロする。

 ああ……何もしないって気持ちいい……。

 温かさとほどよい疲労感の心地よさに、思わず眠りそうになっていたとき。

 慌てたように学校から帰ってきて勢いよく玄関を開けた我が妹が、ただいまも言わずに俺に向かって叫んだ。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、大変だよッ!!」


 我が妹、歳は15歳。

 この間、中学三年生に進学した、ピチピチのJCだ。

 名前は斉藤結衣さいとうゆい

 切りっぱなしの濃い茶髪と、化粧っ気は全然ないのに顔立ちが整っているおかげでとてもかわいらしい、自慢の妹だ。


 両親が借金を残して死んだ今、俺の唯一の家族であり、とても大切な妹だった。

 明るくて、彼女のおかげで俺は今も頑張れている。

 心の支えに近いのかもしれない。

 それは結衣からしても同じだろうけど。

 未成年はダンジョンに潜ってはいけないという法律を破ってまで、俺がダンジョンに潜り続ける大きな理由だった。


「……ん? どうした?」


 昨日はそこそこ強い魔物に出会って、少し疲弊していた。

 久々に結衣以外ともコミュニケーションを取ったしな。

 やはり見知らぬ他人とのやり取りはしんどい。

 そのせいで、俺の返事は緩慢になってしまった。

 結衣はそれをものともしない勢いで俺の傍まで来て、ガラケーを見せてきた。

 俺はその画面を見て、思わず呟く。


「……は? これ、俺じゃん」

「そうだよね! やっぱりお兄ちゃんだよね! この仮面、見たことあるもん!」


 結衣のガラケーの粗いディスプレイに、俺の仮面姿がバッチリ映っていた。

 なんで?

 疑問に思って首を傾げる。

 結衣は背負っているリュックを置くことすらせず、感激で目を潤ませながら俺の手をぎゅっと握ってきた。


「お兄ちゃん、これで有名人だよ! お金がガッポガポだよ! 借金返済、穏やかな暮らし、美味しいご飯だよ!」

「ちょっとちょっと、どういうことか説明してくれ」

「あっ、ああ、ごめんごめん。そうだよね、分かんないよね」


 俺の言葉に、ようやく冷静になる結衣。

 コホン、と咳払いをすると、得々と話し始めた。


「今日ね、クラスの友達から聞いたんだけど、日本一の探索者パーティー【アルカイア】ってところが、昨日の夕方くらいに配信してたんだって」


 それと俺に何の関係が……?

 ふと嫌な予感を覚える。

 だが俺は黙って話の続きを聞くことにした。


「それでね、昨日は第398層を攻略してたんだけど、そのときたまたま強すぎる魔物に出会ったみたいなの!」


 話しながら、徐々にヒートアップしていく結衣の声色。

 俺は別の意味で、心臓が高鳴っていた。

 俺が昨日行ったのって、第398層だったよな……?


「あっ、ああ。それで?」

「うん、それで、その強すぎる魔物に殺されそうになっちゃったんだって! で、やばい、ピンチだ! ってときに、突如現れたのが、この仮面の男なんだって! 今、ニュースにもなってて、全世界がお兄ちゃんのことを探してるんだよ!」


 俺たちの家に、テレビなんて高級なものはない。

 全て借金取りに取り押さえられた。

 かろうじて、結衣のガラケーがあるくらいだ。

 ニュースなんて、もちろん、確認できない。

 しかしマズいことになったと、俺は顔を青ざめて結衣に言う。


「……なあ、結衣。その仮面の男が俺だって絶対に言わないでくれよ」

「何で!? これでお金がガッポガッポ入ってくるんじゃないの!?」

「いや……ダンジョンは未成年禁止だって法律があるだろ?」


 俺が言うと、結衣は今気がついたみたいな様子で、あっ、と小さく声を上げて口元を押さえた。


 ようやく気がついたか。


 未成年はダンジョンに潜れない。

 法律でそう決まっている。

 ダンジョンは危険なところだからな、仕方がないと言えば仕方がない。

 以前はそんな法律はなかったらしいんだが、ダンジョンで死んでいく未成年に保護者が結託し国に訴えかけて、この法律が出来たらしい。

 だから俺はダンジョンに潜るときに、いつも仮面を被っているわけだった。


 つまり、俺の正体がバレてしまえば、俺は法を犯した犯罪者になる。

 しかも未成年のダンジョン探索は、そこそこ罪が重かったはずだ。

 少なくとも、飲酒喫煙よりも重いはずだった。


 それでも、中卒で手に職もない俺が手っ取り早く稼ぐには、探索者しかないのだ。

 結衣の高校大学の学費も貯めたいし、借金も返さなきゃいけない。

 手段を選んでいる場合ではなかった。

 だから、ここまで俺の姿が広まってしまったとしても、俺は正体を隠しながらダンジョンに潜るしかないのである。


「……そっかぁ、やっぱりそう簡単に生活は変わらないかぁ」

「ごめんな。お兄ちゃん、頑張るから」

「ううん! 大丈夫だよ! お兄ちゃんが頑張ってるの、わたし知ってるから!」


 落ち込んだ結衣に、思わず俺は謝ってしまう。

 謝った後、良くないことを言ったと思った。

 これじゃあ結衣に気を遣わせてしまう。

 案の定、結衣は無理矢理な笑みを貼り付けて、調子の良いことを言った。


「とと、そろそろ夕食の時間だよね! 気分を変えて料理しちゃうぞ~!」


 結衣は強引に話を変える。

 申し訳なさを感じながら、俺もそれに乗る。


「おおっ! 結衣のご飯はどれも美味しいからな~。今日のメニューは何だろう?」

「今日は奮発して生姜焼きです! お兄ちゃんの大好物だよ!」


 こうして俺たちの変わらない日常は続いていく。

 少なくとも今の時点では、まだそう思っていたのだった。 

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