第2話 危機的状況
――
「ぎゅぎゃ!」
鳥型の魔物が放った魔法スキルを使われて、カエルの潰されたような声を出しながらまた一人死んだ。
小さく圧縮された肉片がボトリと地面に落ちる。
これで7人いたスタッフは一人を除いて全滅だ。
残りの一人の女の子は隅の方でガタガタ震えている。
うちのパーティー【アルカイア】が臨時で雇ったスタッフだった。
彼ら彼女らスタッフにはこの第398層の攻略配信を手伝ってもらっていた。
基本的には追尾型のドローンが勝手に配信してくれるのだが、コメントの読み上げや細かい機械の調整なんかは人がやらないといけないので、とりあえずいつも雇っていたのだ。
彼らスタッフも、一応探索者として上位と呼ばれる第200層は超えている猛者ばかりだったのに。
この不気味な鳥型の魔物に、いとも簡単に殺されてしまった。
上位探索者は配信サイト【ダンジョンズ】での配信が国から義務づけられている。
表向きは、ダンジョン内の情報の開示と共有が目的らしい。
ただ配信で簡単に人が死ぬから、日々ネット上では激論が重ねられていた。
ダンジョン出現という未曾有の危機に立ち向かうには、正確な情報の共有は必須だと思う。
だから上位陣に配信を強要するのは、ある意味では正解だというのが私の意見だった。
――第一次魔物暴走。
1999年に突如としてダンジョンが世界中に生まれた。
ロンドン、ニューヨーク、モスクワ、東京、リオデジャネイロ、パリ、シドニーの七カ所だ。
その翌年、2000年にダンジョンから魔物が溢れ出て街を破壊し、人々を殺害していった。
犠牲者は数千万人にも及ぶとされる、世界最大の災害だった。
それから30年近くが経った。
調査の結果、ダンジョンを攻略し続ければ魔物が暴走することはないと結論づけられた。
結果を得た国連は、ダンジョンを有する国に一年で5層以上攻略することを義務づける。
その義務は今のところ達成され続け、おかげで魔物暴走は起こっていない。
攻略配信は、若者たちに人気のコンテンツだ。
憧れて探索者になりたがる人も多い。
かくいう私たちも、初期の配信を見て憧れて、探索者になったクチだ。
しかし、大人になって、探索者としていろんな人と関わるうちに、この憧れが人の手によって作られたものだと知る。
憧れ、羨望、夢、希望、そういった感情で若者たちを操作し、探索者の数を増やす。
日本政府の取った方針がそれだった。
おかげで私たちも、表では、煌びやかでかっこいい姿を演出しなければならなかった。
「ピギュウゥウウウウウウウゥウウウウ!」
鳥型の魔物の不気味な鳴き声が谷に響く。
瞬間、パーティーメンバーの一人、
「穂波ッ!!」
「うんッ!」
私が叫ぶと、短く返ってくる。
穂波はうちのパーティーで最年長の24歳。
茶髪のゆるふわロングがチャームポイントのお姉さんだった。
彼女は思いきり地面を蹴り上げ、バックステップを取る。
直後、ズンッと彼女のいた場所の地面が不自然にへこんだ。
鳥型の魔物の使うスキルはおそらく【重力魔法スキル】だ。
その名の通り、重力魔法を扱うスキルだった。
探索者の中でもこのスキルに適性を持っている人は現在たった2人。
アメリカとロシアの探索者で、どちらもその国でトップのパーティーに所属する。
つまり貴重かつ最強と名高いスキルだった。
「澪、いけるッ!?」
「いける!」
20歳の、パーティー最年少の探索者。
いつもはぼんやりしていて、マイペースな子だが、意外とちゃんと周りを見ている。
人に合わせるのが得意な子だ。
今回も、私の短い指示を的確に読み取って行動してくれた。
彼女の適性は【氷結魔法スキル】。
氷を扱う魔法のスキルで、重力魔法ほどではないが、かなり貴重かつ強力なスキルだ。
ちなみに穂波は【回復魔法スキル】持ちで、これは重力魔法に匹敵するくらいのレア具合だ。
澪が魔法を準備している間、彼女は無防備になる。
それがたとえ数秒でも、この戦闘では致命的だ。
鳥型の魔物の意識をそらすべく、私とエリザで接近戦に持ち込んだ。
「エリザは横から!」
「分かったわ!」
エリザ・アルバート。
このパーティーの唯一の外国人で、アメリカ生まれの21歳だ。
私と同い年で、大学時代に彼女の留学中に知り合った。
性格はかなり自由人で、大雑把や楽観的という言葉がよく似合う。
エリザは【短剣スキル】使いで、性格通り自由気ままな遊撃が得意な子だった。
私は空間の歪みを避けながら魔物に接近する。
その斜め後ろをエリザが追いかけてきていた。
魔物の近くまで来ると、地面を蹴り上げて高く飛ぶ。
階層を重ねるごとに、私たちの身体能力も上がっていた。
「やぁああああああああぁああああ!!」
叫びながら、私の得物の大剣を横に薙ぐ。
ザンッと空気を切り裂く音とともに鳥型の魔物に巨大な剣身が迫るが、ぬるりと簡単に避けられてしまった。
しかしそれでいい。
「エリザッ!」
「任せて!」
魔物の死角から迫っていたエリザが私からは見えていた。
鳥の視野は人間よりもよほど広い。
しかし幾度となく魔物と戦ってきた経験から、鳥型の視野がどのくらいか、なんとなく分かるようになっていた。
エリザが背後から短剣で襲いかかる。
ザクッと、鳥型の魔物の羽が切り裂かれる軽快な音が聞こえてきた。
フラリと鳥型の魔物が空中でよろめき、そのまま落下していく。
「やったぁ!」
エリザが嬉しそうに叫ぶ。
私はそれに構わず、澪に叫んだ。
「澪、魔法ッ!」
「りょーかいッ! 【上級氷結魔法スキル:
澪が返事をすると同時に、彼女の頭上にいくつもの氷の弾丸が生まれる。
簡素な魔法だが、これが澪の持っている【氷結魔法スキル】の中で一番強力だ。
ビュンビュンと目にもとまらず速さで氷の弾丸が飛び出し、鳥型の魔物を穿っていく。
「ピギュウゥウウウウウウウゥウウウウ!」
弾丸が真っ赤な鳥型の身体を穿つたびに、魔物は不快な叫び声を上げた。
そして全ての弾丸を撃ち終わった頃には、その魔物は動かなくなっていた。
「……やったかな?」
恐る恐る穂波が言う。
私は首を横に振ると答えた。
「いや、まだだ。ドロップになっていない」
警戒心を下げずに、私は周囲の様子を注意深く伺う。
しかしそれだけでは駄目だった。
足りなかった。
背後では一人残ったスタッフの女の子が怯えていたはずだ。
その背後から――。
「ピギュウゥウウウウウウウゥウウウウ!」
「きゃぁあああああぁああああああああ!」
悲鳴が響き渡った。
慌てて振り返る。
そこではなぜか鳥型の魔物が復活していて、女の子を襲っていた。
「――チィッ!」
思わず舌打ちしてもう一度振り返る。
そこには倒したはずの魔物の死体がなかった。
どういうことなのか。
得体の知れない恐怖を覚えながら、私は再びその鳥型の魔物を退治しようとして――。
「あのー、俺も参加していいっすかねー?」
男がいた。
不気味な仮面を被った男だ。
彼の左手にはグッタリとしたスタッフの女の子が抱えられている。
まだ彼女は生きているみたいだ。
「……いつの間に」
エリザの呟き声が聞こえた。
恐怖、不安、期待、そんな感情が入り交じっていた。
私たちが突然の男の登場に固まっていると、ふと男が私たちの頭上を指さした。
「ちょっと、それはマズいんじゃない?」
慌てて上を見ると、鳥型の魔物が冷たい目でこちらを見下ろしているのだった。
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