映美の独白②
「お待ちしていましたよ、ライターの…」
「入江です、何分新人でして…」
名刺を渡す。無論嘘だ。
「この度は無理を押しての取材に応じて下さり、感謝します」
「ここは嘘偽りなく、来たもの全てを拒みません。ゆっくりしてください」
相手は気づいていないのか、気づいていて泳がせているのか。分からない。周りの人間は、私を見てはいるものの、白いシャツにスラックスで統一されていた。
そして、みな清貧な感じであった。身なりは整っているけど、畑でジャガイモやサツマイモなどを育てていた。
「ここは、露頭に迷った人の最後の隠れ家なんです。ゼーエホールの後ろ盾でどうにかなっていて…」
ゼーエホール、まさかそう易々と口にするとは。だが、多分何かあるはず。殺気を抑えて話を聞く。
「フレーべと言う少年も、ここから別の所に行きました。そして魔力源が近くにありますが、厳重に閉じられています。長を務める私でも開けられません。」
アングラとの繋がりが深いが、慈善活動を行う人たちと言うことが分かった。
それと同時にイカれた金持ちからお金を吸い上げて貧しい人に与えると言うシステムを構築している様にも思えて、驚いている。
「それで、貴方達は…」
「我々はあの様な世の中に嫌気が刺したに過ぎません。生きていて子供たちに未来のない世界、私たちと似た自活思考を持っていても農業などの専門家でないもの。そんなものに引っかかるより、子供たちやその親…身寄りのない方にとっての居場所を作りたいだけなのです」
「…もし、風紀を乱す者がいたら?」
「集団で反省を促します」
これは私が見た中でも本気だろう。そう感じた。これまで添加物を毒と言いながらも体に毒な・非効率な農法、非科学的な農法で…あくまで現状に対する叛旗程度の精神でしか動いていない奴らばかりだった。
批判はしない…だけど往々にして、そういう輩は科学を“国が人を惑わすもの”として先人の知恵を無碍に邪道を走っていた。
しかしこの修道院は、農法も本格的かつ全てをこの山で賄うほどの水や芋畑、更に葡萄畑までも持っている。
「あなた方は、どうしてそこまで出来るのか」
「理不尽な世界です、理不尽な優しさとて必要でしょう。」
「周囲との交渉、例えば不作とかになったらどうするんですか?」
「…私がいるうちは、宿貸し程度で大丈夫でしょう。さて、着きましたよ」
自分は、いつのまにか食卓へと誘われていた。示したいのだろうか、自らの清貧を。簡素なじゃがバターと、ワインが目の前に置かれた。大丈夫、毒素分解能力は高い。
逆に私にそれを見せつけると、危ういのではないのか。その思いを心に秘めるけど、多分ジャガイモがパンの代わりにしているのだろう。
「じゃがバター?」
「うちの牛や羊からとったものです、是非」
食品衛生法…と突っ込もうとしたけど、完全自活を目指すグループの癖して科学に対して律儀すぎる。ちゃんと教育がなされた、駆け込み寺だろう。
「どうでしょう、喜んでくれたのなら…素敵だぁ」
「(この様子のおかしい人みたいな挙動がなければ)」
少し物足りぬ量を出されて、それ全てを食べ切ったが塩味はどこから来るのか分からなかった。流石に自活は出来ないだろうから、ここでお金を使っているのだろうか。
「お姉さん」
「ん、どうしたの?」
「あげる」
敷地を歩いていると、子供が話しかけてきた。なにやらおやつを私にくれた。みんなで作ったのだと言う。この館の周りの畑で採れたものを使っているらしく、私が気に入ったのはどんぐり入りのクッキーだった。
「いいの?」
「うん」
彼らの笑顔、痩せた幹部、そして清潔なこの空間。清貧を善とする修道院としては、理想の在り方なのかもしれない。
「協力、感謝します。」
特段彼らがやらかしている訳ではない。だから許した。それに、宗教が社会のセーフティネットになってしまうのは世の常だろうか。のちにやらかす恐れはあるものの、危険性は低いと判断した。
「状況終了、総員撤退だ」
…………
バスの中、葉山での一件を振り返る。依存性のある薬を売る半グレとマフィアが、完全にいじめのやり口で掛瑠を何度も暴行してやり返しての報復合戦だった。
彼らは最近、日本が治安が悪くなったと言う原因の一つだったのかもしれない。だが、日本が早熟な人間を求めた結果の産物だったのかもしれない。
大学のインターン、高校時代からの社会奉仕、たしかに就職には向いているだろう。でも、未来の為に今を犠牲にするのは正しいのだろうか。
手持ち無沙汰に冊子を捲ると、マルチ商法に関する事件についてがあった。正直な所警察が対応すべき事案ではあるが、楽をして何かを勝ち取る事は出来ないと言う事だろう。
興一先生は昔「楽に平和なんて勝ち取れないんだ。皆んな兵器を手放せば平和になるかと言われれば、皆んなお勉強すれば争いはなくなるだとか。そんな事は断じてあり得ないんだ。」と言っていた。
「平和を目指すには、想いだけではダメなんだ。すぐに踏み躙られてしまう。平和の想いを掲げて、それを守るべく戦う力を持った存在が居てようやく平和になる。」
普段、私は他人の説教をくだらないと言っていたけど、美辞麗句ではない本物の説教…いや、諭していたのだと覚えている。
………
別のページをめくると、今回の団体に関する事だった。彼らは集団生活を行なって精神体に近づくという考え方の下、世捨て人として信仰を中心に集団生活をする組織だった。
その信徒を増やす事で何が起きるかは分からないが、信仰していない相手に危害を及ぼす恐れがある。
教祖に国家転覆の意思があったら、最悪テロを犯す恐れがあるかもしれない。
だが一方で、そうじゃないかもしれない。社会不安で世捨て人にならざるを得なかった人たちの最後の拠り所であるかもしれない。
もしもそんな所が襲われるとして、自分に置き換えると金沢瑞景を焼かれたに等しい。だから、それらが何かを犠牲にしろ幸せに暮らしているのならば…と考えてしまう。
だが、同時に興一先生は「人に危害を加えた瞬間に容赦せず叩きのめす存在」である。
彼の中の二律背反を感じてしまっていた。
だけど、宇宙怪獣やマフィアが蔓延るこの世界ではそんなの程遠い。人間の暗部は尋常じゃない。興一先生もそれはわかってるかもしれない。
テロは世界各地で頻繁に起こるし、普段一般人として振る舞う人間がテロを起こしたりと人間すらも魑魅魍魎に匹敵するような存在が多い。
すっと息を吸い、マイクロバスに集まり山道を下る車内にて調査結果を伝える。
「今回の一件は、確かに魔力源を有しており潜在的な脅威てす。しかし、他に対応すべき脅威は多数いる。驚異度判定は5段階中3段階目とします。」
「准将、質問宜しいですか」
「いつもは突っかかる癖に、どうした?」
「はい、魔力源の運用について…」
「多分塩分だろう…」
私は見ていた。あの魔力源に祈りを込めた銀(もしくはアルミニウム)の弾(というにはフリーダム級とインディペンデンス級沿岸戦闘艦は大きすぎた)を撃ち込んだ時、巨大な塩の柱が出来たのだ。
もし、魔力の一部でも塩にできたのなら、もしくは土地のミネラルにできたのなら…それはとても大きな力になるだろう。
「塩分の生物に対する重要性、みんな知ってるね?つまりはそういう事。監視は続行、でも不用意に手を出す事は許さない」
誰かの幸せ、その幸せを守るために魔力に手を出す。それしか…この世界では、幸せになれないのだろうか。
……………
……
翌日、私はいつも通り相浦家でご飯を食べる。私の叔母が愛した女と、妹の幼馴染の母とその愛犬と共に。
「今日は大丈夫そう?」
「息子さん達はきっと安全ですよ、あの弓張興一が守っているんですから」
私が最も、自分の幸せに気付いていない気がした。それを諭す様な、この人の目であった。光隆くんと掛瑠くんの妹が学校に行ってから、私はこの家に降りた。
「続いてのニュースです」
テレビはそう告げる、次のトピックだ。それが目の前に飛び込んでくるまでは、平穏な食卓だった。
「昨晩、新潟県湯沢町山中の宗教法人XXXXの施設にて爆発事故が発生しました。火は3時間後に消し止められましたが、死者行方不明者は合計で30名を超えるとの事で、原因はわかっていません。」
ーー昨日、私が行った施設だーー。
そう叫び、うっかり珈琲をこぼしてしまう。舞さんに拭いてもらうけど、居ても立っても居られない私は違法改造した原付に乗り込み、特殊能力でバイオエタノールを注ぎエンジンに火を入れ新潟へ向かう。
到着したのは3時間後であった。既に警察が来ており、一応財団の身分証を持ってはいたが公安に押さえられてしまった。だがサングラスは流石に取られなかった(と言うか力尽くでは取れない構造だった)。
「お前がやったのか?」
公安…昨日の調査の後にこれが起きたのは私も想定外。それで、拘束した理由は?多分財団の特捜部が来たら貴方達は銃殺される。
そう言葉に出そうになったけど、ギリギリで抑えた。そして「いいえ、ですが貴方達と歩調を合わせて捜査をすべきでした。資料は後で部下が持ってきます。」とトーンを抑え話す。
だが、普通なら高校生をやってる程度の小娘が公安に対して(一応)強く出れるのが気に入らないのか意味のない質問という名の精神的拷問をはじめた。
私は当然、腕に埋め込んだ記録媒体に全部記録させている。これをバラすと日本の公安に対して圧力をかけれるだろう、弱点を増やすとは腑抜けな奴らだ。
それはそうと違法改造がバレてしまった。渋々罰金を払うが、特殊能力について嗅ぎ付けていた様でそれを話せばチャラにすると圧をかけてきた。何とも厚かましい。
流石に怒り、私は「答えられるのは、財団がそちらに渡した資料の事だけです。私もそれ以上は知りませんし、誰が東京を守ったと思っているのでしょうか」とあくまで落ち着いたトーンで話す。
それから、私の部下が来た。奴らが嫌いな「特務権限」の発動を宣言する。公安がいつも警察に対してやってる事の仕返しだ、そう小気味に言ってやった。
それはそれとして、この違法魔改造原付は没収された(財団の社用車?なのに)。
どうせ景治が全て終わった後、公安すら認識をいじって記憶処理を行うんだ。
呟いた声は多分景治に届く、それはそうとテープの中に入ると焼け落ちた施設の跡が見える。正直言ってゼーエホールは悪い組織、それは分かっている。
だが、所属する人間は悪い者だけだろうか。それを昨晩は考えさせられた。
黙祷を捧げた後、現状分かっている事に関して警察から説明を受ける。どうにも、何者かの侵入を許し放火されたとの事だった。
だが、足跡の解析から火炎放射器でも使わない限りは届かない距離までしか伸びていない。特殊能力の専門家(でもないけどそう言う扱いにされた)の私は、恐らくは発火魔法の類を行使されたのだと答えた。
「魔法?」
「そんなのある訳が」
「火炎放射器の跡は無い、それでいて貴方達は相浦隆元氏や私のリアンヘウアとの戦いを知っている筈だ。今更そんな妄言は許さないよ」と流石に怒ってしまった。強面な警官を相手に、樺山さんは苦労したたのかな。
ここで「新潟県警(と公安)はそこら辺の草でも食わせておけ」と言ったり、出陣餅でも踏ませようと考えたがやめた。
つくづく、特殊能力者や魔法使いの偏在性…どこに居るか分からないと言うのは厄介だし、捜査に混乱を生む。これでは、もし財団の後ろ盾を失えば特殊能力者はどうなるのだろうか。
「優生保護“くちべらし”法…」
つい口を滑らせてしまった。口減らしか、はたまた遺伝子的に劣った存在や病人を隔離する為の場所。
似た様なことを特殊能力者や魔法使いに適用されれば、第二の魔女狩りが起きかねない。それでいて、この山荘は優生保護法の隔離施設を再利用しているらしい。
「確かにその施設の再利用してますが…」
「何か気になる事があったのか?」
「分からない」そう答えた。「ただ自分の幸せを皆守ることに必死な世の中、いつ誰に奪われるか分からない」と景治の台詞が脳裏に過ぎる。
現状で譲れるものは殆ど譲歩している、もしもこれ以上を求めるとなると今度東京湾に沈むのは霞ヶ関だ。
……………
……
帰りの電車の中、生気のないサラリーマンや雑談をする学生を眺める。買い物帰りの主婦に赤ちゃんの乗るベビーカー、ローカル線だからそれらを眺めることが出来た。
こんな些細な日常を、私たちは守りたい。自分の幸せを守るために頑張っている人々を。それが目的の組織が海護財団なのだと、決意を新たに家へと帰る。流石にグラスは外していた。
東京駅、日本最大の四辻。なんか持ってるなと思った。目立つゴシック調の服装をした少女に出会う。
「あ、あの…ブローチを落としたかもなんですが」
なんか怪しいけど、彼女の幸せの為だと思い探した。すると、駅弁屋の近くに落ちているのを見つけた。つくづく、日本が治安の良い国で良かったなと思う。
「すごく、ありがとうございます。」
「きみ、名前は?」
「フレーべです、貴方は?」
「松浦映美…まぁいいや、オフだし」
菊花の香りをしている彼女に、易々と確保する訳にはいかないと思いそのまま別れた。つくづく、ここが日本で良かったと思う。
帰った後、景治と話した。
「幸せって結局、ひとそれぞれなのでしょう。些細な事でも、守っていきたい。」
「でもさ、自分が幸せになる為に他人を不幸にするのは違う。でもそれがまかり通ってしまっている。それがこの社会。」
「でも、それじゃあ…」
「だからこそ、小さくても良いし、大きくても良い。自分で掴み取った努力と、その結晶が美しいんだ。それら全てを包括して守る力が、いつの時代にも必要なのさ。それが些細な事でも守る事に繋がる。」
景治の手元にあったのは、ハワイ沖に於ける海護財団羽合探題艦隊の壊滅の報告書であり、沖合に作られたメガフロート要塞のみが機能している状態にあると言う。
…………
何が“海護”財団だ。尻尾を巻いて逃げた程度、日本人はその程度なのか。いや、命令通りに動いているから羽合探題艦隊は悪くない。米軍基地の中の内部では、意見が真っ二つになっていた。
少女は、日本から届いたメールを見つつ呆れていた。
「彼らも信念に従って動いてるに過ぎません。半月待てば、あと半月待てば援軍が来ます」
自分の艦を見ながら、遺された自分たちの無力さを恥じていた。いつの間に、彼らに支えられねば動けなくなったのか。
新鋭艦“レキシントン”は静かに刃を研ぎ澄ますだけで、昨日の敵で今日の友たる日本の“戦艦大和”の様な郷愁を感じてしまっていた。
艦長の名前リリア・ミニッツ。薄いブロンズの髪色をした、白人少女であった。
「スカしてんな、異能を持っているだけに」
「単独で戦闘艦を操れるから、ペンタゴンは…」
「ミニッツ元帥の曽孫ですからねぇ。かくいう私もマッカーサーの孫娘ですが」
「おめーもか、てか陸軍行けって少佐」
手紙をくれた理由は、彼女が三笠に来た時だった。サフィールと言う化け物を追っていた時期、前哨基地があった猿島に行くまで海を眺めていた。そんな時に彼女と知り合った。
親とか、立場とか、色々重圧を感じていた私たちは反りがあった。私の自慢の従妹の話とかもして、かなり興味を持ってくれたらしい。
「早く会いたいです、ミツネ・マツラ」
………
出でくりや地獄へ逆落とし。太平洋戦争末期でそう謳われた名将の子孫に何故か認識された光音から、私にメールに届く。
「今日、果苗さんに“私の師匠…いや貴方の母を貴方と光隆は殴っていい”とか言われたのだけど、何か知っている?」
私の母の妹、それが彼女の母なのだが少し思考がおかしい方だった。でも財団の総司令を一時期務めてたヤバい奴だった。
にしても、あの方の因子は景治に継承された様で女を侍らせている。しかし、彼女の幸せは何なのだろう。
逃亡する程に、はたまた心が壊れかけても頑張るのは何でなのだろう。まだ、私には多分わからない。
「このろくでもない世界でも、僕は守り抜く」
私の横で、景治の幻影は呟いた。一階の庭からバルコニーの私に「ご飯できたよ」と舞さんが伝えてくれた。ろくでもない、だけどこの世界は素晴らしいのかもしれない。
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