第7話 旅行最終日

「おはようございます」

 フォード夫妻を迎えに行くと、すでに支度を終えていた。


「今日は、もう帰るのでしょ~。3日間って、短いわね~。ちょっと、はやすぎるわ~。ミュズさんも、そう思うでしょ~」


 アンナ様が、ゆったりと立ち上がりながらミュズに微笑みかけた。アロン様もミュズの方を向く。


「短い日程でお願いしたのに、こんな素敵な旅行を考えてもらって、ありがたかったね。末の王子様の成人の儀があるだろ? それで急がせてしまったんだ。そのあとは、領地の作付を見に行かないとならないしね。アンナ。旅行には、また来よう。次は、日にちも長めに用意して」


 王子さまの成人の儀については庶民にも公告されていて、王都に人が集まってきていた。王都の案内など、ミュズの仕事も増えている。

 お披露目されるかどうかは公表されていないが、久々の明るいニュースに浮き足立っていた。


「まぁ! その時には、ミュズさんにお願いできるかしら」


「もちろん、よろこんで承ります」

 ミュズは、両手をお腹の前で組んで頭を下げる。顔を上げると、アンナ様とアロン様を順番に見た。

「せっかくですので、帰る前に、お土産を見ませんか?」

「まぁ~!! お土産??」

「ポークピッグを売っている肉屋があります。そちらで、お肉を買って帰るのはいかがでしょうか?」


 気密性の高い箱も用意してもらった。凍ったままの状態でたくさん詰めていけば、王都に着くくらいまで、新鮮さを維持できるはず。


「いらっしゃいませぇ~!! お、お嬢ちゃん!?」


 肉屋のおばさんはミュズの顔を確認し、連れている人を目にすると、声が裏返ってしまった。まとっている優雅な雰囲気で、ミュズが連れているフォード夫妻が、貴族だとわかったためだろう。貴族は苦手だと言っていたから、緊張しているのかもしれない。


「おはようございます。こちらは、村一番の肉屋で、ポークピッグの肉は、その冷蔵装置に。加工肉なら、こちらに。氷も販売しています」


 「村一番だなんて……!! 確かにそうだけど……」とおばさんが狼狽うろたえている。アロン様の従者が、馬車から下ろした箱を運んできた。


「あら、この箱じゃ足りないわよ」

「アンナ。そんなに買っても食べきれないだろ?」

「そうだけど、息子たちにも、家で待っている使用人にも、食べさせてあげないと」

「じゃあ、その箱に、いっぱいになるまで詰めてもらおう」

 アロン様の爽やかな笑顔に、アンナ様が歓声をあげた。

「……へ!? はいぃ!」

 おばさんの声は、思った通りに裏返る。


 そこからは、箱の中になるべくたくさんの肉が入るように格闘し始めた。詰めてみては取り出して、別の入れ方をしてみては取り出して…………。3回ほど入れたり出したりを繰り返して、なんとか、箱いっぱいに詰まったようだ。


 満足そうなフォード夫妻。とんでもない金額を受けとりビクビクするおばさんが、たまに変な声をあげる。


 ポークピッグのぎっしりと詰まった重たい箱を、馬車に運び込むのを待っていると、おばさんに小声で呼び止められた。

「お嬢ちゃん。お嬢ちゃんを探してるって男がいたよ。何者かわからないし、誤魔化しておいたけど、気を付けるんだよ」

「鮮やかな赤髪の・・・」


 こんどこそ、おにいってことは…………。


「違ったよ。お嬢ちゃんの探していたやつなら、そう言うさ」

 下見のときに質問したことを、覚えていてくれたようだ。

「そいつ、お嬢ちゃんのこともだけど、あのお利口なワンちゃんのことも、やたらと気にしていてね。怪しいったらないよ」


 ビオラのことも??


 お礼を言って肉屋を出ると、何となく気味が悪いまま、馬車は王都に向かって進み始めた。




 太陽は西に傾き、夕暮れが迫っていた。王都が遠くに見えている。

「バァフ」

 ビオラが急に吠えた。

 馬車のとなりを並走して、チラチラとミュズの方を見る。


 残念ながら、何を訴えたいのか、わからない。

 こういうときは、ビオラが人前で話さないことが不便だ。

 ミュズが見ていると、ビオラは首を回し一瞬だけ後方に鼻先を向けて、「バルルル」と唸る。


 後ろ…………?


 しばらくどうしたものかと回りを見回りしていたのだが、後ろを守っていた護衛がスピードをあげて馬車の隣まで来ると、並走を始めた。


「つけられています」

 緊張感が漂う。馬車の中のフォード夫妻にも伝えられた。


 バーミン村にいるときには、そんな気配なかったのに。とくに昨日なんて、徒歩で山に登っていたのだ。襲撃が目的なら、昨日の方が都合は良かったはず。


 山賊か何かか??


 それなら、こんな王都の近くではなく、村から離れた人のいないところで襲うはず。


「ミュズさん。護衛が戦いますので、隠れていてくださいね」

 馬車の中から、アロン様が声をかけてくれた。

「あの! 私も戦います!」


「任せておきなさい。護衛は、それが仕事なのですから」

 アロン様の声は優しかったが、有無を言わさぬ威圧感があった。

「そうでしょうか……」


 釈然としない。

 私の計画した旅行中なのに……。最後に嫌な思い出が残ってしまうのは許せない。


 旅行の往路ではなく、復路で後をつけられたのは、なぜだろう。

 旅行中に何かあった?


 特に思い付くことはない。フォード夫妻は、大変優しい人たちで、奢るようなこともなかった。

 ミュズが一緒にいなかったのは、レストランに案内した後だけ。


 ん?? レストラン??


 レストランの給仕と肉屋のおばさんに言われた、ミュズを探している男。


 もしかして…………。


「フォード様。私が降りて、話を聞きます」

「ミュズさん。あなたが、そこまでする必要はないんですよ」


「実は、バーミン村で、私を探している人がいたみたいなんです。だから、私が話を聞かないと。ビオラもいますし、大丈夫です」

「バフゥ!!」

 ビオラも、任せろと言っているようだ。


「そう言うのでしたら。仕方がありませんね。ミュズさんに、報酬を」

 少しだけ、馬車を止めた。

 従者から渡されたのは、硬貨の入ったずっしりと重たい袋だった。


「王都まで、ご案内できなくてすみません」

 深々と頭を下げる。

「王都はすぐそこですし、ここで、十分ですよ。もし、物取りなら、こんな端た金くれてやりなさい。ミュズさんの無事の方が大事ですからね」


 ミュズにとっては大金で端た金などではないのだが、身を守らなければならなくなったときに、ミュズがお金を渡しやすいようにという気遣いだろう。


「ありがとうございます」

 別れを告げると、来た道を引き返した。


「ビオラ、どこにいるかわかる?」

「わかるが……。待っておればよかろう」

「そうかもしれないけど、はやく帰って、夕飯食べに行きたいし」

「もう少し、先に隠れておるぞ」


 ビオラはため息をついている。鼻で示したところまで行くと、腰に手を当てて声を張り上げた。

「ねぇ、ちょっと! 何でついてくるの?」


「こっち、こっち」

 木の後ろから顔を出した男が、手招きしている。茶髪に青い瞳で、整った顔立ち。年は、ミュズより少しだけ上だろうか。上品で綺麗な、緑色の上着を羽織っていた。


 誰かはわからないが、敵意はなさそうだ。


「ねぇ、オレのこと覚えてるよね?」

 まったくわからないのだが、なぜそんなに自信があるのか……。

 首をかしげたまま固まっているミュズに、ビオラが鼻でつついてくる。


 もしかして、ビオラはわかっている??


「だれ? ですか?」

「え~!! わからないのぉ~?? オレだよ、オレ」


 こんなに馴れ馴れしい人、知り合いにいただろうか。


「ごめんなさい。わからないんで、もう行きます」

「うわ! 何で?? わからないかなぁ~?? オレだよ。助けてくれたでしょ。まぁ、そのときは、助かったっていうか……」


 バーミン村で助けたのは、紫色の服を着た高貴な人物。

「助けた人とは、服装が違いますよね」

 ビオラが大きなため息をついた……、気がした。

「服装くらい、変えるだろ? っていうか、前の服装だと、目立って仕方がないんだよ」

 確かに紫色の服装では、目立つだろう。緑色の服装に変えたからといって、この男の身分が変わったわけではないが……。


「お貴族様が、私に何の用でしょうか?」


「あっ、普通にしてくれていいよ。それより、王都まで連れていってくれない?」

「お貴族様なら、普通に通れば良いのではありませんか?」

「だから、話し方! 普通にして。ちょっと、通れるか自信がなくて……」

「もしかして、まさか……。指名手配ですか??」

 王都の門には、犯罪者を通さないために、指名手配犯の似顔絵がたくさん張られている。

「いや~。さすがに、そこまでは……。でも、そんなとこかな」


 ミュズは、ザザザッと後ずさる。

「ちょっと、逃げないで!! 指名手配については、わからないの! あの門、通ったことないから、助けてよ」

「何をやったんですか?」

「別に、悪いことはしていないって」

「じゃあ、何で…………」

「オレは、何もしていない!!」

 彼は両手を握り、顔まで赤くしている。必死さが伝わってくる。


 いわれのない罪かなにかで、追われているのか?


「門に似顔絵があるってわけではないんですね?」

「だから、話し方!! 二人で王都に帰ってきたっていう演技をしてほしいんだ。そっちだけ、敬語なのはおかしいだろ?」


「・・・わかった。似顔絵はないんだよね?」

「わからない」

「魔力を使って、犯罪を犯したり……」

「それは、してない」


 似顔絵くらいなら、似た人で誤魔化せるだろうか。


「もし、あなたが捕まったら、見捨ててもいい?」

「そのときは、仕方ないな。でも、自然な感じで通過したいだけなんだけど」


 ミュズは、男の頭のてっぺんから足の先まで、じっと観察した。

「・・・・・。綺麗すぎ」

「へ?」


「だから、綺麗すぎなの」

「何が?」


「馬車にのって旅をする貴族のような格好で、歩いて王都へ行けば、違和感で止められてしまうかも」


 胸元をつまみ上げて、首をかしげている。自分の服装が、庶民の服装とは違うことがわからないようだ。

 助けたとき、紫色の服を着ていたし、どれだけ高貴な身分なのだろうか。


「どうすればいいんだ?」


「上着のなかは?」

「何も着てない。下着だ……」

「じゃあ、上着を脱いで、丸めて腰に巻いて、早くして!! 遅くなると、それも怪しまれる原因だから」


「わ、わかった」

 男は、言われた通りに上着を脱いだ。下着になったのだが、ミュズが知る下着よりもよっぽど布地が良く、下着に見えない。

「ちょっと、汚すよ」

 足元の土を握り、下着と頬、髪に擦り付けていく。

「うわ~。髪が絡む……」

「今日だけの辛抱!! そろそろ行かないと。日が暮れちゃう」


 ビオラが、ミュズと男の間に割り込んできた。ふわふわの背中を、優しく撫でる。


「門番と話すとき、堂々としていて」

「大丈夫、それは、得意」

 どこから来る自信なのか、笑顔で胸を張る。


 門の前に着いたときには暗くなっていた。門の柱に刻まれたオオカミの紋様が、獣避けのかがり火の光で怪しく浮かび上がっている。

 いつもなら、王都に入るためにたくさんの人がいるのだが、すでに列はない。すぐに検問が始まった。


「あぁ、ミュズ。お前、お貴族様と、馬車で出掛けなかったか?」

「そうだけど、すぐそこで知り合いを見つけたから」

 少し、いいわけが苦しいか?

「お前、そんな理由で、仕事を放り出すようなやつじゃないよな?」

 疑いの目でミュズを見た後、じとっと隣に立つ男を見た。


 もう少し、うまい言い訳を……。


「実は、派手に転んでいるところを見つけちゃって、怪我は大したこと無さそうなんだけど、フォード様はお優しいから、ついていてあげなさいって」

「そんな、お貴族様がいらっしゃるのか?」

 目を細めて、ミュズと男を見比べている。


「本当に優しかったんだから。私、お貴族様のお宅で作られているお菓子、たくさん食べちゃったのよ」

 これは、本当のこと。

「旨かったか?」

 お菓子という言葉に、身を乗り出して食いついてきた。

 しかし、長話をするのは得策ではない。話し込んで長居しては、ボロが出てしまう。


 彼はといえば、こんなときは何も話さないほうが堂々として見えると、わかっているかのようだ。


「そりゃあ、とんでもなく美味しかったわ。ところで、いつものは?」

「あぁ、すまん。ここに触ってくれ。お前もだ」

 ミュズがさわった後、男が手を伸ばした。躊躇することなく手を置くと、微動だにしない。ミュズのほうがドキドキとしてしまった。色が変わるまでが、長く感じられる。


 青白く光って、胸を撫で下ろした。


「ミュズは、しばらく王都か?」

「うん。王都案内の仕事があったら、よろしく!」

 王子様の成人の儀で盛り上りを見せている王都には、観光客も多い。ミュズにとっては、稼ぎ時だ。

「あぁ、そりゃぁなぁ~。それと、おにいは、見てないぞ」

 聞いていないのに教えてくれた。親切なのはありがたいが、今はそれどころではない。


「ありがとう! お疲れさま~。行こう。早く安静にした方がいい。」

 足早に、門を抜けた。


「もう、ここまで来れば、大丈夫よね。私は、帰るから」

「あっ、ねぇ、ミュズはどこに住んでるの?」


 名前…………教えていないはずなのに……?

 ・・・・・門番が呼んでいたからか……。


「普通の集合住宅よ。じゃあね!!」

 後ろも見ずに、駆け出した。ミュズの後ろを、ビオラがトコトコとついてくる。


「はぁ。外食したかったけど、それどころじゃなくなっちゃった」

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