第4話 お土産視察と人探し

「すみませ~ん。これ、売りたいんですけど」

 メイン通りの商店街。この店の窓には、鉄格子がはまっている。高級品を扱っているからだ。

「お嬢ちゃん、どれだい?」

 鉄格子の向こう側から、おじさんが値踏みするような視線を向けてきた。


 ミュズは、手の平の上で魔石をコロコロと転がす。

「これです」

「おっ、それは! お嬢ちゃん、どうしたんだね?」

 探るような気配を感じる。ミュズのような小娘が、なぜ魔獣を倒さなければとれない魔石を持っているのか、とでも言いたげだ。


「魔獣を倒したんです。私には、ビオラがいるんで」

 ピンと立った耳の間を撫でると、心地良さそうに目を閉じた。

 おじさんは立ち上がり、額を鉄格子につけるように覗き込む。


「お嬢ちゃんのワンちゃんかい? 立派だね~」

 おじさんは笑顔を見せて座り直し、鉄格子の下の隙間からトレーを出した。

「ここに、のせてくれ」

 ミュズは手の平の魔石をトレーに置き、さらにポケットから取り出す。昨日倒した魔獣の魔石、6つだ。


 おじさんはルーペを使い、魔石の色や濁りなどを確認している。

「小振りだけど、どれも立派な魔石だね。これなら、全部で、1万8000ルフで買い取るよ」

 「どうだい?」と視線で問いかけている。

「う~ん。そんなもんかなぁ~」

「これでも、最近値上がりしてるんだ。外国では、新しい魔法装置が次々と作られているらしいじゃないか」


 エネルギー革命後、技術は発達し続けている。しかし、それは、外国の話だ。ミュズの住んでいるカイルフ王国は、技術者不足なのか外国からは遅れているらしい。そうはいっても、外国にいったことのないミュズには、よくわからないことなのだが。


「もっと国境に近いところなら、値段があがっているらしいぞ」

 

 実は、魔石の値段の細かいことは、わからない。おにいは、もっと大きな魔獣を倒していたから。

 国境近くのほうが魔石が高く売れるのなら、おにいはそこにいるのだろうか。


「じゃあ、その値段で、お願いします。それと、鮮やかな赤い髪に黒い瞳の魔獣ハンターは来ていませんか? 一年くらいの間でいいんですが」


「ん? 赤髪か?」

 おじさんは、お金を取り出しながら、記憶の中を探しているようだ。


 赤に近い色の髪ならそう珍しくないが、鮮やかな赤となれば、よく見る髪色ではない。魔獣ハンターとなれば、さらに絞られる。

 

「いなかったと思うけどなぁ~。覚えてねえから、いたとしても最近じゃねぇよ」


「そうですか。ありがとうございます」


 ミュズは、お金を受け取り、ポケットにいれた。

 やっぱり、おにいは、稼げる国境付近に行ってしまったのかもしれない。



 次に向かったのは、お肉屋だ。泊まったホテルから、そう離れていない。高級店が立ち並ぶ一角。客が入りやすいようにと、両開きのドアは開け放たれていた。

 店内には、凍結の魔法装置が並べられている。その中にはお肉が入っているはずだ。

 ミュズがお店に入っても、奥の椅子に腰かけたおばさんは、顔を上げたのみ。ミュズのことを、客と見なしていないようだ。


 ミュズが、魔法装置の蓋を押し上げると、肉屋のおばさんは眉を潜めた。中には、ブタやウシの肉が冷凍の状態で並んでいる。どれもいいお値段だ。魔法装置には魔石を使っている。魔石の値段があがれば、経費が増え、肉の値段を上げざるをえない。


 ミュズは隣の魔法装置の蓋を開けた。おばさんが立ち上がって、近づいてきた。

「ボアピッグを見せて欲しいんですが」


「ボアピッグは、その中だよ」

 ミュズがまだ開けていない魔法装置を顎で示す。おばさんがミュズの動きをじっと見ているのも気にせずに、言われた魔法装置を開ける。ボアピッグの様々な部位が、ギュッと詰め込まれていた。


「お肉だけですか? 加工肉などはありませんか?」

「ソーセージとベーコンなら、こっちだよ」


 さっき開けた、魔法装置の隅の方をガサゴソと漁り、取り出した。はち切れんほどに詰められたソーセージも、脂身と肉のバランスがちょうどよいベーコンも、とても美味しそう。旅行のお土産としては、おすすめしたい逸品だ。


「ちなみに、わたって、ありますか?」

「それは、そっちだね。下の方にあると思うけど」

「じゃあ、それください」


わたで、いいのかい?」

「ビオラが好きなんです。普通のお肉部分もちょっとつけてもらえますか?」

 入り口の方を見ると、ビオラがお座りして待っていた。尻尾が地面の上で、右へ左へ、せわしなく振られている。


「ちょっと持ってくれよ。わたとはいえ、お嬢ちゃん、払えるのかい?」


「魔石を換金してきたんです」

 ポケットをポンッとたたくと、おばさんはビオラとミュズを交互に見る。

「魔獣もあの子、か……? 自分の食費を自分で稼ぐなんて、何てお利口なんだ……」


 あながち間違いでもないので、ミュズは曖昧に微笑む。


 おばさんは魔法装置から肉を取り出し、ビオラに見せるように「これでいいかい?」と聞いた。ビオラの尻尾が激しく振られ、舌を出してじっと見つめているのを確認すると、紙に包んでくれた。

「5000ルフにまけておくよ」


 ミュズは元気にお礼を言って、ポケットからお金を取り出す。支払いながら、店の中を見回した。

「このお店って、貴族の人が買い物に来たりしますか?」

「たまに来るけど、どうにも苦手なんだ」


「えっ? じゃあ、貴族の方に紹介してはいけませんか?」


「えっ、えぇ!! そりゃあ、紹介してくれた方が、嬉しいさ! ちょっと苦手だってだけで、買ってくれりゃあ、嬉しいからね。そりゃ、嬉しいさ。う、嬉しいよ、ね?」


 たくさん買ってくれそうな客が来るのは嬉しいが、少しでも粗相をしてはならないとなると緊張する。顔をひきつらせながら、「嬉しい」と、自分に言い聞かせているようだ。


「じゃあ、今度、よろしくお願いします」

「ひぇ~!! お嬢ちゃん、どこのお貴族様んとこの子だい?」

「私は、ツアーコンダクターをしているんですよ。今度、この村を案内するので、お土産を買いに寄りたいかなって。迷惑なら、他の店を探しますが……」

「いや、いや。迷惑なんて、そんなこと、絶対にないさ。うちが、ここらへんじゃ、一番の肉屋さ」


 魔法装置の本体も、それを動かす魔石も高価なので、ほとんどの肉屋は、腐らせないために、干し肉に加工して販売している。冷凍肉の品揃えを見ても、村一番の肉屋だとミュズにもわかった。


「じゃあ、よろしくお願いします。それから、実は、人を探していて……、一年くらいの間に、鮮やかな赤い髪の魔獣ハンターを見ませんでしたか?」


「黒っぽい赤じゃないんだね。……あぁ~、いやぁ、見てないね~」


 王都から近いバーミン村にいるとは思っていなかったが、移動の途中に立ち寄ってもいないのか……。やっぱり、おにいは、国境の近く、この王国の端の方にいるのかもしれない。


 ミュズは肉屋にお礼をいうと、王都に向かう馬車を探した。

 運のいいことに、乗り合い馬車が出発するところだった。かろうじて空いていたところに座る。

 馬車がゆっくりと進むあいだ、ビオラは、馬車の後ろを歩いてみたり、馬の前を走ってみたり、彼女なりに楽しんでいるようだ。


 途中、馬の休憩で馬車が停まると、木の陰になって他の乗客からは見えない場所を探す。自然解凍されて食べ頃になったお肉をビオラにあげると、ガツガツと勢いよく食べてしまった。


「ビオラ、丸のみ……。よく噛んで食べないと……」


 牙をむき出しにして、血の滴る肉を一心不乱に食べる。他の人が見たら、恐怖を感じるのではないか。


「やっぱり、旨いのぅ。は、たまには帰ってこんかのぅ。我に、お土産を持ってきても良さそうなものなのにのぅ」

 ビオラのいうお土産とは、おいしいお肉や内臓のこと。

 理由はどうであれ、ビオラもミュズと同じように、おにいのことが恋しいのだろうか。


 さらに馬車に揺られて日が沈むころ、遠くに王都が見えてきた。城壁にぐるっと囲まれていて、中に入るにはいくつかある門で検問を受けなければならない。門の前につくと乗り合い馬車は終点。居眠りしていた乗客は順番に降りると、検問を受けるために延びる、長蛇の列の最後尾へ向かった。


「おっ、ミュズか」

 赤みがかった黒い髪に茶色い瞳の門番が、人のよい笑顔を見せる。何度も門を出入りするので、顔見知りになってしまった。

 門番の笑顔とは反対に、指名手配犯のいかつい似顔絵が、壁にびっしりと張り付けてある。


「一応、手を当ててくれ」

 そういいながら、丸いものを差し出してきた。そっと手を当てると、青白く光る。犯罪現場に残っていた魔力を登録してあり、該当する魔力の持ち主が手をかざすと、赤く光るらしい。


「おつかれさん。今度、ミュズさえよければ、あぁ~、やっぱり、なんでもない」

 なにか言いかけて、なぜか慌ててやめる。


「おにい、見てないですよね?」

 何度も聞いているので、これで通じるようになってしまった。

「いや、通ってねぇな。俺より赤い髪なんだろ?」


 そう簡単には、みつからないか。


 がっかりした顔を見せないように、ミュズは簡単に挨拶をして、家路を急いだ。

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