第3話 ホテルとレストラン

 レンガ造りの町並みの中を歩く。ミュズは、昨日のうちに目を付けていたホテルに向かった。


 のどかなバーミン村のなかでは一番大きな建物。宿泊料金も、一番高いらしい。


 開け放たれている両開きの扉の前には、屈強な男が武装して立っていた。

 ミュズは、ビオラを警備員の近くに座らせる。その間も、警備員は視線だけで威圧してくる。その視線に微笑み返し、小さく会釈をした。ホテルに入るのが当たり前かのように、胸を張って通りすぎる。


 ミュズのような子供が何の用だとは、言われなかった。


「いらっしゃいませ」

 カウンターに立つ受付の女性は、穏やかな笑顔を浮かべている。

「こちらが、村一番のホテルだと伺ったのですが、一番いい部屋を見せていただけませんか?」


 ミュズは成人前の14才。特段大人っぽく見える訳ではない。まだ、子供のミュズが、高級ホテルで一番いい部屋を見せてくれなんて言ったら、冷やかしだと思われるかもしれない。

 実際、昨日訪ねたホテルは、「なにを言っているんだい? 」とバカにしたように笑ったのだ。


「一番よい部屋ですと、一泊、30万ルフですが、そちらでよろしいですか?」

 一泊30万ルフなど、庶民には手がでない値段だが、元伯爵様が泊まるのであれば妥当な値段だと思っている。

「はい。お願いします」


 「それでは、こちらにどうぞ」と、階段を示した。その横に、装飾が美しい扉があった。


「エレベーターが、あるんですね」

「最上階に御宿泊されるお客様にのみ、ご利用いただけます」


 エネルギー革命後、様々なものが作られた。その中で、もっとも人々を驚かせたのが、このエレベーターだ。これも魔法装置で、魔石エネルギーで動いている。ただし、動かすには莫大なエネルギーがかかり、庶民には高嶺の花だ。

 エレベーターの構造上、動かす人が乗っている必要があり、下見程度で、乗せてくれるわけがない。


 階を上がるごとに廊下の装飾が、豪華になっていく。

 5階まで上ると、「こちらです」と扉の鍵を開けてくれた。


「うわぁ~」

 自然と、感嘆の声が漏れた。


 毛足の短い絨毯が敷き詰められていて、踏みしめる度に靴底に柔らかさが伝わってくる。目に飛び込んできたソファーは重厚感があり、座り心地も良さそう。落ち着いた雰囲気のリビングからは、家々の屋根が見下ろせた。


「主寝室はこちらです」

 導かれるままに入ると、柔らかそうな布団がかけられたベッドが、二つ並んでいた。部屋の中にさらに扉があり、バスとトイレに繋がっている。

 他に寝室が3つ、シャワーとトイレがある。


 部屋数は、十分。従者や護衛がいても、他に部屋を借りなくていいかもしれない。そう考えれば、30万ルフは安い。


「空き状況を、確認させてもらってもいいですか?」


 ミュズの言葉に、案内してくれていたお姉さんは、一瞬だけ目を見開いた。子供のミュズに、そこまでの権限はないと思っていたのだろう。せいぜい、部屋の雰囲気を確認してくるだけの、お使いだと思われていたのかもしれない。


「では、一階の受付で」


 驚いたにも関わらず、それを態度に出さない。

 部屋の数も調度品もよい。従業員の態度もよい。本当にいいホテルだ。


 空き状況とお客様の希望日を照らし合わせ、ミュズは二晩の予約をとった。

「万が一、日付を変更したい場合は、マジックレターでも構いませんか?」

「えぇ、もちろんです。その場合は、早めに教えてくださいね」


 ミュズは、お客様がフォード元伯爵夫妻だということと、自分の住所を伝える。


「それから、今日の宿をお願いしたいんですけど、ペット可の部屋ってありますか?」


「こちらのグレードのお部屋でしたら、可能です」


 お姉さんは、下から二番目のグレードを示した。

 一泊で、1万2000ルフ。最低金額で一泊しようと思ったら、3000ルフくらいなので十分高い。


 ペットを飼えるのは、生活に余裕がある富裕層のみ。旅行にまでつれてくるのは、本当にお金に余裕がある人のみだろう。

 だからこそ、ペット可の部屋は、高級宿に限定される。


 お姉さんは、30万の部屋を予約することにも納得したようだ。


「それで、お願いします。あと同じ部屋を一室、この日にも」


 お客様を案内する日にも、ミュズの部屋の予約をお願いした。



「ビオラ! 部屋がとれたよ」

 警備員の後ろからビオラに声をかけると、武装した屈強な男が声を出して驚いた。

「うわぁ! びっくりした……。部屋がとれて、よかったですね」

 ビオラが腰を上げて、尻尾を振りながらミュズにすり寄ってきた。

「少し先の予約もとれたんです。いいホテルですね」

 警備員のおじさんは、ニカッと笑った。

「村で一番の宿だからね。それに王都からも近い。それにしても、君のワンちゃんも、大人しくていい子だね」

 もちろん、ビオラはミュズの話す言葉がわかっている。ミュズにとっては当たり前だが、賢獣だとは知らない警備員のおじさんには、驚きだったようだ。


 ビオラは、ミュズと二人きりの時以外は、人の言葉をしゃべらない。賢獣だと知られると何かと大変だということもあるが、ビオラ自身が、誰とでも仲良く話すつもりはないようだった。


 部屋に大きな荷物をおいて、ホテルを出る。ビオラが小さな声で話しかけてきた。

「ミュズ……。腹が減ったのぅ」

「ちょっと待ってね。レストランに行くからね」

「我でも、入れるかのぅ?」

「大丈夫! 高級店だからね~」


 ペットを連れているのは、富裕層。したがって、高級店ならペットも入れるのだ。


 美味しいと評判の店の前についた。バーミン村の特産であるボアピッグを扱っている老舗だ。


「いらっしゃいませ」

「この子も一緒にいいですか?」

「はい。では、個室にどうぞ」


 通された個室は、一人では広すぎる。丸テーブルが中央に置かれ、その一席に腰を掛けた。

 メニューを広げると、ボアピッグの焼き肉、煮込み、ステーキ、他にはボアピッグチャップなどもある。ボアピッグ以外にも、この地方でよく採れる、リンゴのメニューもあった。アップルパイのイラストに目が釘付けになった。


「あ、あの、おすすめは?」

 アップルパイから目を離さずに聞く。

「ボアピッグのステーキがおすすめです。それから、アップルパイもおすすめですよ」


 心の中を見透かされたようで、少しだけ恥ずかしい。


「あっ! そ、そうですね。では、ボアピッグのステーキとアップルパイ、それと、この子にステーキの味付けなしを二人前、お願いします」


「かしこまりました」


 給仕が部屋から出ていくと、ビオラが床に伏せた。

「我は、生肉の方がいいのだがのぅ」

「それは、明日ね。お肉屋に行く予定だから、さっきの魔石を売ってから行きましょ」

「ふん。仕方がないのぅ」

 ミュズとは反対の方向に顔をツンと向けているが、太い尻尾がワサワサと振られている。

「ボアピッグを売っている店なの」

が獲ってきたことが、あるではないか。そのときは、わたまで食べさせてくれたでのぅ」

「まぁ、何が売っているかは、お店に行ってからね」


 ミュズが、魔獣を狩ることができればいいのだけれど。

 今日倒した魔獣も、ちゃんと処理すればビオラは食べられたのだが、倒れてた男性を診療所に連れていくためには魔石を取り出すので精一杯だった。

 たまには魔獣を狩りに行って、ビオラに食べさせてあげようかしら?


「ミュズは、魔獣ハンターには、なってはならぬぞ。危ないからな」


 ミュズの考えていることが、伝わってしまったのだろうか。言い当てられるとムッして、唇を突き出した。

「わかってる。私って、ろくな魔法が使えないからね」

「拗ねるでない。心配しておるだけじゃ」


「わかってるって。でも、おにいは、あんなに強かったのに」

「ミュズとは、血が繋がっておらぬのだろ」

「そうだけど、おにいが戦うのを見ていたんだから、ちょっとは強くなっても、いいと思うんだけどなぁ」


 おにいは、赤ん坊だったミュズを拾ったらしい。どこで拾ったのかとか、どんな状況だったのかとか聞いても、申し訳なさそうにするばかりで答えてくれない。

 一人で生活できるように育ててくれただけで十分なので、おにいを困らせる質問は、しないようにしていた。


 ビオラは、床に伏せたまま目を閉じてしまった。



「お待たせしました」

「わぁ~ぉ」

 運ばれてきたステーキは、熱々の鉄板にのっていた。肉からでた油が跳ねて、音を立てている。

 ナイフで切って口に運ぶと、赤身の旨味が強い。さらりとした油は、口のなかに甘さを残して消える。

「おいしい~」


 ビオラは、一口大に切られて皿に入れられた肉に鼻先を近づけて、ビクッとなった。

 しきりに鼻の近くに舌を伸ばして、舐めている。


「ミュズは、熱さを感じぬのか?」


「え? ふぅふぅして食べれば、大丈夫だよ。ビオラは、猫舌だね」

「我は、猫ではないぞ」


 もう一度、皿に鼻を突っ込み、はふはふと音をならし肉と格闘した末に、ひとつ食べられたようだ。


 後から運ばれてきたアップルパイも、外はサクサク、中はとろっとしていて、リンゴの甘さと少しの酸味が絶妙で、大変おいしかった。


 これなら、お客様にもおいしく食べていただけるはず。旅行の計画のなかに組み込んだ。

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