第2話 出会いの回想

 魔獣の心臓の近くをナイフで切り裂き、魔力の源である魔石を取り出す。

 何度やっても、少し気持ち悪い。歯を食いしばって作業を進めていると、ビオラが呆れているようだ。


「ミュズ…………。ミュズは女の子なのだから、血生臭いことはしない方がよいぞ」


 そんなこと言われても、魔石は売るといいお金になるのだ。ミュズが生まれるずっと前に起こったエネルギー革命により、魔法装置と呼ばれるものが発明され、魔石エネルギーで動かすことができるようになった。

 魔法でできるほとんどのことが、魔法装置と魔石があればできてしまう。それにより、魔石の需要が増して、高値で取引されるようになった。純度の低い魔石であれば、山を切り開いた鉱山からも採掘できるが、純度の高い魔石は、魔獣からしか得られない。こんな小さな魔獣の魔石でも、臨時収入としてはありがたい。


「これで、ビオラの好きなもの買ってあげるから」


 返事はなかったが、白くて立派な尻尾がワサワサと振られている。

 ミュズは作業を終えると、あまり得意ではない魔法を使ってちょろちょろと水をだし、手と魔石を洗った。それから、浄化の魔法を使った。

 魔獣ハンターのおにいとの生活は、野宿になってしまうこともあり、そんなときに便利な魔法だけは覚えたのだ。


「ミュズ。そっちは終わったのか?」

「もうちょっと。これ、遠くに運ばないと」

 血の匂いに引かれて、新たな魔獣が集まってきたら大変だ。


 木々が折り重なって見えないくらい遠いところに、一匹づつ移動していると、途中でビオラが手伝ってくれた。


「あのオスだが、どうするのだ?」


 魔石が高く売れるから手に入れたかった、というのは本当のこと。しかし、倒れている男のことを考えるのは気が重たく、先延ばしにしたかった、というのも事実。


 紫の色を使った上着は、高貴な身分の証。王族か、それに準ずる身分でなければ身に付けることはできない。

 うつ伏せに倒れているが、かろうじて見える顎のラインはシャープで、肌はミュズよりスベスベ。明るい茶色の髪も、よく手入れされていて柔らかそうだった。


 ミュズは男の隣に膝をついて、優しく揺すってみる。

「大丈夫ですか?」

 ピクリとも動かないが、呼吸の音は聞こえているので、ちゃんと生きている。


「あの!! 大丈夫ですか??」

 もう少し強めに揺すってみたが、目を開けることはなかった。


「どうしよう……」


 意識のない人間は、本当に重い。平均的な14才の体型であるミュズには、年上に見える男を抱えて運ぶ力はない。


「置いていく……、訳にはいかないのであろう」


 見捨てるわけにはいかない。置いていったら、魔獣の餌食になってしまう。

 高貴な人物に関わりたくはないとはいえ、このままにしておくわけにはいかないだろう。


 ミュズが男の腕をつかんで起き上がらせようと力をいれるが、びくともしない。


「動かせないかも……」


「仕方ない。我が見ていてやろう。ミュズが村までいって、誰か呼んでくるのだ」


「でも、それは……」

 ビオラを一人で森に置いていくということだ。


「心配だよ」

 ビオラの背中を何度も撫でると、

「ミュズは、寂しがり屋だのう。一人では行けぬのか」

と、言われてしまった。

「そうじゃないけど……」


 ミュズは、ビオラに出会ったときのことを思い出していた。


 ミュズが5才くらいのころだ。おにいの背中を追いかけて、森を小走りに進んでいた。おにいは、たびたび森から下りてきては村を襲う、クマの魔獣の討伐隊に加わっていた。おにい達、魔獣ハンターだけではなく、村人達も武装して森に入っている。


 遠くで叫び声が聞こえて駆けつけると、村人の部隊が魔獣と戦っている。すでに負傷者が出ていた。ミュズは離れているようにいわれて、遠くからおにいの戦う姿を見ていた。おにいは高い身体能力と魔法で、クマの魔獣を倒す。

 ほっと胸を撫で下ろし、負傷者を担いで村に戻る途中、他の部隊が魔獣を探しているのを見つけた。どうも見逃したようで、悪態をついている。

 おにいが声をかけ、クマの魔獣は無事倒されたことを伝えると、一緒に村に戻っていった。


 ミュズは、村人の様子が気になった。


 クマの魔獣が倒されているのに、何の魔獣を追っていたのか。この辺は、凶暴熊のテリトリーになっていて、他の魔獣はほとんどいないというのに。

 見逃したというのも不自然だ。魔獣は負けるとわかっていても、人に向かってくるのだ。必ず向かってくるのだから、見逃しようがない。


 見逃したとなれば、逃げたということ。

 逃げたのであれば、……魔獣ではない?? 罪もない獣が、追い回されてしまったのではないか? そんな不安が、胸を掠めた。


 ミュズは木の後ろに隠れて、おにいと村人から離れると、「見逃した」と聞いた場所まで戻った。


 地面のへこんでいるところや、木のウロの中まで覗き込んで探す。岩に血がついているのを見つけて跡を辿ると、丸くなった白い生き物を見つけた。後ろ足に矢が刺さっている。


 ミュズは急いで駆け寄ると、髪をまとめていたリボンをほどく。

 ミュズが近づいても牙を剥かないどころか、微動だにしない。この子は、獣ではない。

「大丈夫だからね。今、抜いてあげるから」

 力をいれて矢を引き抜くと、浄化の魔法をかけて清潔にしたリボンを、押し当てて止血する。手が痺れるほど長い時間押さえていると、白い生き物が動いた。

 とがった耳をミュズの方へ向けて、薄目でうかがっている。


「もう大丈夫かな? ちょっと離すね」


 リボンの下を恐る恐る覗き込むと、血は止まっているようだ。もう一度リボンを浄化し、傷のところに巻いていく。


 矢尻を抜くときも止血している間も痛かっただろうに、嫌がる素振りどころが、鳴き声もあげない。


「痛いよね。他に体調の悪いところはない?」

 矢尻に毒でも塗ってあったら大変だ。耳の間を撫でて、「ちょっとごめんね」と目蓋を押し上げて充血がないか確認していく。


「特に、問題はなさそうだけど、動けないかな?」


 このままここにいても、また村人に見つかってしまうかもしれない。

 魔獣だと勘違いしたのか、それとも、どんな獣でも見境なく攻撃するくらい気が立っていたのか。

 少しでも村から離れた方がいい。


「ミュズ~!!」

 遠くから、おにいの呼ぶ声が聞こえた。おにいなら、いい案が思い付くかもしれない。


「おにい!! こっち!」

「一人でいなくなって、ダメじゃないか! …………、あれ? その子は??」


「大人しいよ。これが刺さってたの。怪我がひどくて動けないみたいなの。討伐部隊は、もう戻ってこないよね?」

 クマの魔獣は倒されたのだ。

「村人の討伐隊は戻ってこないさ。ただ、魔物ハンターが多いんだよな」

 おにいは顔をしかめた。


 魔獣討伐のお願いが出されていて、腕に覚えのある魔獣ハンターが集まってきていた。無闇な殺生はしないとはいえ、また、魔獣と勘違いされてしまうかもしれない。


 ミュズが、さわり心地のよいモフモフの毛を撫でていると、もそもそと動き始める。太い尻尾を振っているようだ。


「この子、何の獣だろう?」

「犬……かな? それにしては、大きいか?」


 おにいも、「なにを食うのかな?」などと首をかしげている。


「我は、ただの獣ではないぞ」

 だれがしゃべったのか、すぐには理解できなかった。


「しゃ、しゃべった……」

「まさか、賢獣……?」


「人は、そう呼ぶかのぅ。。お主、生臭いのぅ。我は、生肉が好みじゃ」

 白い大きな犬は、ツンと鼻を上げて、偉そうにする。

 おにいは、赤髪に手を当てた後で、自分の胸元をつまんで鼻に近づけている。クマの魔獣を倒したときの臭いが残っているのかと、念入りに臭いを嗅いでいた。


 ミュズは、少しづつ、腹が立ちはじめていた。


 賢獣は、大変珍しい。神の化身や、使いだという人もいるくらい。賢獣だとわかっていれば、襲われることなどなかっただろうに。


「なんで、襲われているときにしゃべらなかったの!?」

 ミュズの剣幕に、ビクッと全身をひきつらせて、それから、しゅんと白い耳が垂れてしまった。


「仕方なかろう。あやつらとは、話したくなかったのだ」

 拗ねたように呟いた。


 ビオラは、おにいが狩ってくる魔獣のお肉を分けてもらい、元気を取り戻した。怪我が直った後も、ミュズ達と暮らしていた。おにいがいなくなってからも、ビオラだけはミュズと一緒にいてくれる。大切な友達だ。

 森においていって、魔獣と勘違いされては大変だ。


「あっ!! いいこと、思い付いた! ちょっと待ってね」

 ミュズは、髪をしばっていた、リボンをほどく。ブロンズピンクの髪がサラサラと流れ落ちた。

 それをビオラの首に巻いて、残った部分で小さくリボン結びをする。ビオラの毛は真っ白いので、ミュズの赤いリボンが目立っている。

「これでよし!」

「むっ、邪魔なものを」

「私が帰ってくるまでの間だけ! これなら、大丈夫」

 賢獣とまではわからなくても、飼い主のいる獣だということはわかるはず。


「じゃあ、ちょっと、待っててね~!!」

 手を振りながら走り出すと、ブロンズピンクの髪をなびかせて、坂道を下っていく。


 村につくと、診療所と衛兵に声をかけ、担架をかついで戻ってきた。


「あの人です」

 すぐにビオラの首にしがみつき、ぎゅっと抱き締めた。

「ビオラ! ご苦労様!」


 村までは担架の横を歩いて戻ってきたが、村に着いたところで、「あとはお願いします」と、帰ってきてしまった。

 高貴すぎる身分の男性とは、関りたくなかったのだ。

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