第5話 星空を聖剣さんと語る
自宅近くの魔物の森はカリバーンの聖剣ビームで物理的に消し飛んだ。
とりあえず問題のひとつは解決だ。
「大丈夫かなあ。人間とかいなかったよね?」
『大丈夫よ、私のビームは敵味方識別機能があるから』
「……高性能だね」
『ありがと』
にっこり笑う聖剣カリバーンさん(大量破壊兵器)だった。正直、ただの農民の僕では持て余してしまいそうだ。リクとその仲間たちは、ぼーぜんとした顔のままフラフラどこかに行ってしまったし。
もちろん聖剣を彼に渡すつもりはないけれど。
果たして、僕に使いこなせるのだろうか?
絶対無理な気がする……。
「……ま、まあとにかく、近くの魔物は消えたわけだし」
『これで畑の開墾が始められる?』
「うん。でもその前に残った瘴気を払わないと」
魔物がいなくなれば、すぐに畑の瘴気汚染が消えるわけじゃない。教会の神父さんに頼んで聖水をもらって撒いて、何週間か祈る。それでようやく、瘴気が払われるのだ。
ちょっと手間はかかるけど大きな進歩だと言える。
「さっそく聖水を貰いに行こう」
と、僕が教会に行こうとすると。
『こらこら。待ちなさいな』
カリバーンが引き止めた。
『私を何だと思っているの。聖剣よ。聖水の上位互換よ』
「上位互換なの!?」
そんな無茶な話、聞いたことがない。
『もちろん。聖剣は偉大よ。聖の付くものはおおむね代替できるの。聖域を展開できるし、聖杯だって頑張れば1リットルぐらいは代替できるし、聖火だって点火できるの。汎用性が高いのが聖剣の長所なのよ』
「僕、聖剣のことがだいぶよくわからなくなりました」
『そうね。普通の人間には理解しがたい概念かもしれないわね』
そうですね(諦め)。
とにかくカリバーンさんは聖水の役割ができるみたいだ。どこかから水を出すんだろうか……女の子だし……え、水を出すって、ひょっとして……と、僕はちょっといけない想像をしてしまった。
すると。
『あら。またエッチな妄想をしたわね。こーら、駄目よ』
怒られてしまった。
いや、くすくす笑ってるから、本気で怒ってはいないみたいだけど。
僕は顔を赤くしてうつむいてしまう。
美人にばれてしまった……。
『私は別にいいけど。嫌がる聖剣の女の子もいるわ、気をつけてね』
「ご、ごめん……でもよく口に出してもいないのに気付くね」
『聖剣と担い手の思考はある程度繋がっているのよ。ふふ』
なるほど。テレパシーが通じるんだ。
そういうところは流石に聖剣らしい。
『それじゃあ私を地面に刺してくれる? できるだけ瘴気の中央にね』
「うん。わかった」
僕はカリバーンをどす黒い紫の畑に突き立てた。ぐさり。切れ味は流石のもので畑に転がる岩も簡単に貫通したようだ。鈍い感触が手に響いた。カリバーンさんの霊体は突き立った剣に寄り添うように正座した。
と、カリバーンさんは地面に手のひらを当てた。
目を瞑って一声。
『【聖なる波動】!』
カリバーンさんがスキル名を呟いた。
瞬間、どんっ!
「わっ!?」
ものすごい圧力がカリバーンさんから放たれた。衝撃。でもさっきのビームみたいに暴力的ではない。体の隙間を通り抜けて、悪い部分が浄化されていくのを感じる――まさしく聖なる波動だった。
すごい。
これは確かに聖水の代替になれるだろう。
「すごいね、カリバーンさん」
『ありがとう。一晩ほどで全体を除染できると思うわ』
「たった一晩で!?」
聖水を使うと何週間もかかるのに、一晩でできるなんて凄い。
『ええ、シードくんは家で休んでなさい』
「えっ。カリバーンさんは?」
まさか一晩中ずっとここにいてスキルを使い続けるのか?
『私なら平気よ。アルトリウスの時だって何年も岩に刺さってたもの』
「ずっと外で何もせずじっとしてるなんて飽きない?」
『植物が暇だからと飽きる?』
理屈上はそうかもしれない。でもカリバーンさんの見た目は、優しく強い美人さんにしか見えないのだ。そんな人をひとりで一晩中、外に放りだしておいて、いいものなのだろうか?
それにリクみたいな人が来てカリバーンを奪うかもしれない。
それは絶対に嫌だ。
「僕もここにいるよ。家に帰ってもすることないし」
『……そう。優しいのね』
カリバーンは薄く笑った。
なにかを懐かしむみたいな大人の笑顔だった。
「駄目かな?」
『別に駄目じゃないわ。でも夜を徹すなら毛布は持ってきなさい』
「そうだね、ありがとう」
僕は家に戻った。粗末なベッドから唯一の寝具である毛布を持ってくる。
戻ってきたときもカリバーンさんは同じ姿勢だった。
正座で地面に手をついて集中している。
「カリバーンは疲れないの?」
『ええ。疲れないわ。植物には疲れるという概念がないの』
「そうなんだ。つくづく聖剣って凄いね」
『人間の方が凄いわ』
カリバーンはふふっと笑った。
『私たちは疲れないけど、代わりに自ら動くことができない。自らの意志で動き、ものを生み出して、世界を豊かにしていく。それは人間をはじめとする動物にしかできないことよ』
「……そうかなあ?」
『そうよ。シード、あなたはもっと自分を誇りなさい。人間の中でも【農民】というモノを生み出すことに特化したクラスなのだから。わたしは、あなたの剣になれたことを誇りに思うわ』
うっ。
僕はどきどきしてしまう。
だってカリバーンの声は脳にダイレクトに伝わってくる。
ウソじゃなくて、本当に本気だ、ということがわかってしまうのだ。
『あなたの農業。うまくいくと良いわ』
「……うん」
僕はうなずいた。
こんなにも僕を認めてくれて、嬉しくないはずはなかった。
――やがて夜も暮れて、天上に月と星が瞬く時間帯になった。僕は毛布にくるまってお湯を飲みながら、カリバーンと星を見上げていた。季節は春。春の星座がたくさん空に輝いていた。
「カリバーンは星にも詳しいの?」
『ずっと戦場だから知ってるのは北極星ぐらいね。シードは?』
「僕は父さんにちょっとだけ習ったよ。農業に星読みは重要だから」
『まあ、素敵ね。私に教えてくれる?』
「う、うん」
あれがおおぐま座、あっちはペガサス座、と星座を教えていく。
どう見ても星座には見えない星座のエピソードとかを披露していく。
『あら。アルトリウス座もあるのね』
「そうだね……あ、星座の右手のあたりは剣だから」
『へえ。私も星になったの』
星座になった伝説の剣がすぐ横にいる。
改めて……僕はとんでもない体験をしているのだ。今日の星の爆発みたいなビームを見ても、本物の伝説の聖剣だとわかる。そんなお姉さんが僕のそばにいてくれているのだ。
それが嬉しくて……でも、少し心がちくりとする。
彼女は僕に、もっと自分を誇りなさい、と言った。
リクにパーティを追放されてしまうような僕をだ。
本当に誇れるようになるのだろうか?
『――なれるわ』
確信に満ちた声で、カリバーンは言ってくれた。
『なれる。なれる。必ずなれる』
「……う」
『絶対なれるから。がんばってね。私が付いてるわ』
「あう……は、恥ずかしいよ、カリバーン……」
『ふふふ。一晩中言ってあげる。あなたの自己評価改善プログラムよ』
そのあとずっと耳元で、すごい、すごい、あなたはすごいと連呼された。
死ぬほど恥ずかしかった。
けど言われる度にじんわりと嬉しさが広がったのだった。
僕は明日から農業をがんばろう、と、思った。
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