第12話 科学がもたらしたもの

 「グルルル……?」


 ドラゴンは突然の土砂降どしゃぶりに不思議そうに頭を持ち上げました。

 ドラゴンの高い視力は、空に浮かぶ気球を見つけます。

 直後、稲光いなびかり


 ガガァァァン!


 「ッ!? ギャオオオオオッ!!」


 ドラゴンは付近に落ちた落雷に、咆哮ほうこうを上げて立ち上がります。


 「外れた! だがいい威力だぞ!」


 足元を見ると、奇妙な男がびしょ濡れになりながら、ドラゴンを見つめていました。

 なんて取るに足らない男でしょう。

 ですが、なにか気に入らない……何故この男は平然としている?


 男……ウィズダム先生は、笑っています。

 ドラゴンが恐れ慄いた、それだけで値千金の結果でした。


 「ドラゴンといえど、自然現象を恐れるという事だな!」


 続いて、再び落雷がドラゴンをかすめます!

 ドラゴンは身をひるがえし、落雷をけようと翼を広げました。


 「ぬおおおっ!」


 先生はドラゴンの羽ばたきに吹き飛ばされます。

 そのままぬかるんだ平原を何度も転がりながら、雨雲の範囲から抜け出します。

 ガガァァン! 三度目の落雷が落ちます。

 メルフィーは我武者羅がむしゃらに『ライトニング』を放っているようです。

 ドラゴンはそれを嫌がり、飛び上がりました。

 ですが落雷がドラゴンに直撃ちょくげきします!


 「グオゥ! ギャオオオオオンッ!!」


 ドラゴンは大地を震わす咆哮を上げました。

 先生はおろか、街自体を震えさせる咆哮に、先生は両手で耳を塞ぎました。


 「……効いたか? いや……!」


 先生は極めて冷静に状況を観測しています。

 ドラゴンは直撃覚悟で飛び上がった?

 いや違う……ドラゴンが一番目障めざわりと思ったのはなにか?


 「メルフィー! 急いで後退しろ! ドラゴンが向かっているぞ!」

 『ドラ……え?』


 インカム越しに、メルフィーの様子が分かります。

 しかしドラゴンは既に顎を広げ、気球に、メルフィー目掛けて一直線に飛ぶのです。


 「ギャオオオオオン!!」


 不味い! このままで気球は破壊される!

 メルフィーがドラゴンに抵抗出来るか?

 不可能、先生は高速で最悪の結果を演算し、苦虫を噛み潰す顔で、舌打ちしました。


 「メルフィー! 気球を放棄ほうきしろ! エアクッションを持って脱出しろ!」

 『先生……きゃあ――!?』


 直後、落雷が気球に直撃、メルフィーの悲鳴に先生は顔を青くします。

 どうする? 脱出出来るか? 出来るなら俺がなんとでもしてやる。

 頼む、頼むから脱出してくれ!


 「タナカ! こいつの出番か?」


 外壁の上から静観していたレイシィが、門の外まで出てきます。

 彼女は万が一として先生が用意した秘密兵器をポンポンとたたいていました。

 メルフィーがテスト飛行している間、レイシィからもたらされたドラゴンの鱗を解析かいせきして、最悪の事態に備えていました。

 屑鉄くずてつをかき集め、先生の『得異能力ユニークスキル』【万能工作マルチビルド】で、屑鉄からある巨大な砲を生成する……これこそが先生の異能スキルです。

 先生はそこにある材料を自由自在に組み合わせビルドし、新たな物を生み出す力を持ちます。

 でも、これは先生にとってはルール違反、やってはいけない事でした。

 科学には善も悪もない、それは重々承知ですが……。


 「超伝導加速砲リニアレールガン、装填」


 先生は屈辱くつじょくえ、レールガンに触れます。

 これは先生の罪、先生の罪悪。

 何かを殺傷さっしょうする武器には、その責任も伴うことを先生自身が理解している。

 レイシィはそんな先生の思いをんで、先生の肩を叩きました。


 「君は英雄にはなれないな」

 「なりたいとも思わない……俺は科学者だ!」


 先生がレールガンのスイッチを押すと、超伝導のレールが形成されます。

 砲の後ろには鉄塊が、文字通り余った屑鉄のかたまりです。

 先生はレールガンの砲身を照準器でドラゴンに向けます。


 「発射!」


 発射スイッチを押した瞬間、鉄塊は音速を超えました。

 レールガン本体は爆散、意図的に用意された構造の脆弱性ぜいじゃくせいであり、爆発に先生は巻き込まれ、吹っ飛びます。

 先生は泥まみれになりながら転がる刹那、回転する視界がとらえたものは。


 ドラゴンを撃ち抜き、雨雲さえも切り裂いたレールガンの破壊こんだけでした。

 何が起きたかも分からないままドラゴンは痛みさえ感じず、ただの肉塊となって落下します。

 それを追うように……人形のような影が落ちてきました。


 「つうっ……! メルフィー!」


 先生は全身を打ち付けた痛みに悶絶もんぜつしますが、歯を食いしばり根性で叫びました。

 直後、ドラゴンの遺体が大地に落着、重量に大地が砕けます。

 飛び散る土砂や砂煙を浴びながら、先生は空を見上げ続けました。

 雨雲が消え去り、空に虹輪アークが浮かび上がります。

 その虹輪の中心から、彼女は降ってきました。


 「……ィィィィィィイイイイイイイヤアアアアアアアアアアアアアア!?!?!?」


 彼女は汚い悲鳴を上げながら落下します。

 なんとかエアクッションを持ち、後はそれを使うだけなのですが。


 「聞こえるかメルフィー! エアクッション、エアクッションを叩け!」


 メルフィーは恐怖から気球を脱出したことに後悔しました。

 しかもですよ? 慌ててエアクッション持って脱出したら、ドラゴンが迫って来るんです!

 怖い! 食べられちゃうって思ったら、今度は不可視の衝撃波です。

 雨雲を突き抜け、一撃でドラゴンを肉ミンチに変えたその一撃は、当然ですが気球も巻き込まれました。

 結果、落下するしかなかったメルフィーは泣き喚いた訳です。

 先生の声はなんとか届き、メルフィーはエアクッションを半狂乱のまま思いっきり手で叩きます。

 すると、小さく圧縮されていたクッションが急激に膨れあがります。

 慌ててクッションを掴みますと、クッションはダブルベッドサイズに大きくなり、そしてぷかりと浮かび上がりました。


 『え? なにこれ!? まるで魔法の絨毯じゅうたんみたい……!』


 メルフィーの無事な声を聞くと、先生はほっと安堵あんどしました。

 疲れた……そして、終わった。

 先生は穏やかな顔で笑うと、疑問に思う情けない助手に説明します。


 「いいかメルフィー、それは空気より軽く、そして重量を軽減する魔道具だ。パラシュートのような物だが、落ち着いてエアクッションの中央に乗れ」

 『あっはい、先生』


 メルフィーは言われた通り、エアクッションの上を四つん這いになりながら移動します。

 先生はインカムの位置を正しながら、降下してくる本当の英雄を迎えに行きました。


 「メルフィー、よくやった」

 『うーん、その事についてなんですけど……先生、ドラゴンを仕留めること、出来たんじゃないですか』

 「出来ることならやりたくはなかった、あくまで最終手段だ」

 『分かりません、先生ならドラゴンが眠っている間に問題なく処理出来たでしょう?』

 「だがそれを目撃したやつは? またドラゴンが現れた時、アイツに全部任せればいい、そうならないか?」

 『それは……まぁ』


 メルフィーも分かっている筈です、過ぎたる力が何をもたらすか。

 先生は兵器を否定はしていません。兵器が文明を進化させた事実もあります。

 けれど、これレールガンは過ぎた力です。

 ネオジム磁石が用意出来ませんでしたから、レール部分は雷の魔石を応用しましたが、その気になれば粒子加速砲ビームキャノンも造れたことでしょう。

 だからこそ、レールガンは一発撃てば自壊するように設計し、現物を残さないように努めました。

 危険過ぎる力には代償だいしょうともなう。

 その代償にメルフィーを巻き込みたくない、先生は胸を手で抑え決意を新たにします。


 「先生ー! きゃあ!? 泥まみれじゃないですかー! 直ぐに洗濯しないと、大変な事になりますよー!」


 彼女が目視出来る距離まで降下すると、彼女は先生の酷い姿に絶句ぜっくしました。

 もう白衣を剥ぎ取ってすぐにでも洗濯しようとする姿に、まるで家政婦だなと苦笑します。


 こうしてドラゴンの脅威は去りました。


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