第11話 落雷作戦

 「ほ、本当に、本当に落雷は落とせるのでありますか!?」


 辺境の街の外壁上部に小間使いの少年は今も手を合わせ、神に祈るように街の安全を祈願きがんしていました。

 ドラゴン撃退の作戦が、形になると先生達は見晴らしの良いこの場所を訪れます。

 そこである程度の説明を受けた少年は更に阿鼻叫喚あびきょうかん、なんと落雷を落とすというのですから。


 「落雷ならばドラゴンといえど、しかしそのような功名こうみょうな魔道士など辺境の街にいるはずが……!」

 「魔法ではない、これは科学だ。最も【魔法科学マジカルサイエンス】だがな」


 科学とは真理を追求することだとすれば、魔法とは真理から踏み出した神の手でしょう。

 科学と魔法が、それぞれに手を取り合い、世界を交差させれば、何かが起きる。

 先生の顔は、ドラゴンを前にしても、はっきりしていました。


 「『雨雲の宝玉たま』の効果範囲は?」

 「そんなに広くないよ」

 「ど、ドラゴンに接近するつもりでありますかっ!?」


 先生とダークエルフの会話を聞いていた少年は愕然がくぜんとします。

 いくらなんでも危険過ぎると、慌てて止めようとしますが、先生は「ククッ」と不気味に笑みをこぼすのです。

 ビクリッ、背筋が凍った思いをした少年は止めようと伸ばした手を引きます。


 「危険は百も承知、だが踏み込まずして得られるものがあるか」

 「まぁ、骨くらいは拾ってあげるよ」

 「……茶化すな」

 「君こそ、ガラにない」


 パフォーマンスだ、と格好付ける先生を流し目で微笑んだレイシィ。

 先生は手元の『雨雲の宝玉たま』を確認します。

 レイシィ渾身の作、間違いなく雨雲を呼んでくれると信じている。

 けれど、問題は落雷のほうでしょう。

 先生はインカムを操作すると、彼女に指示を出しました。




         §




 一度地上に戻った後、休憩してましたメルフィーは、水を一口飲んで息を吐きます。

 気が付けば……とんでもない事をさせられてますね、と泣き言も言いたくなる。

 本音をいえばお母さんお父さん、おばあちゃんに会いたい。

 それでも彼女は涙をこらえ、己に言い聞かせます。


 「私は誰? 私は何になるの?」


 ずっと問いかけた私への哲学てつがく

 産まれた時より人は宿命付けられるという教えが広く根付くこの世界で、メルフィーも己に問い続けました。

 幼少から魔法が得意で、子供の頃の夢は偉大な魔道士になること。

 ですが思春期を迎える頃、それはすぐに無理なんだと諦めました。

 両親の勧めで中央の魔法学園に入学したメルフィーは、自分が才能あるという理想さえ、現実はいとも簡単に粉々、夢の欠片さえ残りません。

 それでも決して底辺ではありませんでしたし、ちゃんと魔法学園も卒業したんです。

 魔道士は無理でしたが、冒険者ならば、いつか名声を得られるんじゃないか、なーんて、こっちも甘い夢でした。

 結果? 言うまでもありませんよね。


 ……結局、生き方を甘えているんですよ、私って。


 (でも……これだけは、うそを付きたくない。科学にだけは……!)


 残念ながらメルフィーは科学者としてはひよっこ。

 先生には凡骨とダメ出しされ、逃げたいって思いもあるけど。

 光明こうみょうだったんです……先生と出会って、科学の道を示されて、私には光指す道が見えたんです。


 ピーピーピー!


 取り外していたインカムから、通信音。

 メルフィーは慌てて手に取ると、直ぐに出撃準備に入りました。


 「こちらメルフィーです! えと、オーバー!」

 『メルフィー、出撃だ。言っておくがこれは練習ではない。実戦だぞ。繰り返す、これは練習ではない。実戦だ。オーバー』


 思わず緊張でのどを鳴らします。

 さっき水を飲んだばかりなのに、もう喉が乾いたように痛み出します。

 実戦、それも対ドラゴンのアタッカー。

 こんな重要な役、本当に私でいいんでしょうか?

 なんなら、もっと優秀な冒険者だっていると思うんですけど。

 けれどそんな彼女の不安を先生は見透みすかして。


 『大丈夫だ、俺がお前を信じている、後はお前次第、違うか?』

 「先生は……私、精一杯頑張りました。これからも頑張ります……でも、どうしても不安なんです」

 『……俺のいた国ではな、失敗は成功の母という……俺もな、つまらない失敗は何度もしてきたさ』

 「先生が……?」

 『可笑おかしいか? 失敗なくして完成するやつはいない、学び成長を実感する、そこに喜びを感じるんだ。メルフィー、今の状況を楽しんでみろ』

 「……ぷっ、先生……楽しめって、不安な女性を送り出すんですよ、そんなの全然……夢がない……」


 先生は『む……』とインカム越しにうなりました。

 先生は不器用な人だ、物静かで無愛想ぶあいそう人相にんそうが悪い。

 いつもあの凶悪な三白眼で見下ろしてくるんですよ?

 凡骨め、凡骨めって、私の事もずっと見下して……。


 ――見下している、のに………いつも、いつもいつも、あの人は手を差し伸ばしてくれるんですからっ。


 「ひっく、っうく」

 『……泣いているのか?』

 「泣いてません。先生が激励ド下手なのが分かっておかしいんです」

 『……………』

 「あれ? 先生、ねてます?」

 『拗ねてない』

 「うふふっ、拗ねてますって!」


 インカム越しとはいえ、先生の顔はありありと映りました。

 先生がまとを射られ、不機嫌になっているなんて見え透いているんですよ?

 本当に、どうしようもない人ですね……。


 「先生、私は弱くて情けない、きっと惰弱だじゃく軟弱なんじゃく怯弱きょうじゃくなんです。そしてそれはきっと変えられない……。でも」


 メルフィーは顔を上げます。

 ゴンドラには必要な物を詰め込み、後は乗り込むだけ。

 魔法を最大限に威力を引き上げる杖を抱え、ゴンドラにはエアクッションという脱出装置も備えてある。

 メルフィーはゴンドラに乗り込むと、インカムに向かって言います。


 「先生っ、私は駄目な娘かもしれませんけど、それでも先生が背を押してくれるなら……っ」

 『メルフィー……その……っ。とにかくお前は俺が責任を取る! だからお前は全力でやれ!』


 メルフィーはクスリと微笑を浮かべます。

 そうです、その言葉だけでも、私は前を向けるんです!


 『あー最後に、お前の作る飯は美味い、だから無事帰ってこい……オーバー』

 「なんですかそれ、私シェフじゃありませんよ……くすっ、もう行きますっ! オーバー」


 メルフィーは炎の魔法をバーナーに放つと、内部の炎の魔石を触媒にして、青い炎が噴射口から吹き出します。


 「水平器良し、姿勢制御装置良し、出力調整バルブ良し」


 気球が浮かび上がると、彼女は目下、いえ街中からある声が聞こえます。


 「おーい嬢ちゃん! 街を守ってくれよー!」

 「メルちゃん、クッキー焼いて待ってるからねー! ちゃんと帰って来るんだよー!」

 「頑張れー! ドラゴンなんかやっつけちゃえー!」


 「あはは」メルフィーは思わず苦笑いを浮かべました。

 もう貧民街にはメルフィーがドラゴンを討伐すると思われているようです。

 声援を受けて、悪い気はしないですよね。

 メルフィーは、ゴンドラからの上半身を乗り出すと、精一杯手を振りました。


 「任せてくださーい!」


 どおっと、まるで街中が一体になったような声援が上がります。

 少し怖いくらい、でも興奮しちゃいます。

 やがて声も聞こえなくなる程上昇しますと、代わりに強風が迎えました。

 メルフィーは姿勢制御用の紐を引っ張りながら、ドラゴンの頭上へと向かいます。


 『気球確認、いけるな?』

 「大丈夫です……後はやるだけ、ですから」


 もうここまで来たら逃げられませんよ。

 彼女は杖を片手で抱き寄せると、空を見上げます。

 雨雲が……空に急速に生成されていく……『雨雲の宝玉たま』が使用されたのですね。


 ポツポツ……ザァァァァァ。


 『雨雲の宝玉たま』が壊されると、ものの数分で大雨が気球に降り注ぎます。

 直後、先生から通信が入りました。


 『ドラゴンが雨に気付いて目覚めた、今のうちにやれ!』

 「はいっ先生! 《ライトニング》」


 彼女は杖を中心に魔力を空気中からかき集めます。

 紫色の燐光パーティクルがメルフィーの足元から昇っていき、メルフィーはそれを杖の先端へと向けました。

 直後、魔力は因果いんがを歪め、杖の先端から稲光いなびかりが真っ黒な雨雲へと直撃ちょくげきします。


 『何度でもて! 一発で二億ボルトには達せん!』

 「《ライトニング》! 《ライトニング》!」


 何度でも、稲光が雨雲を打ち付けます。

 暗雲の中で光が広がると、彼女は怖くて杖を持つ手が震えました。

 怖い、あのエネルギーが気球に向かえばきっとひとたまりもない。

 それでも、彼女はきっと唇を噛むと、健気に電撃魔法を雨雲に放ちます。


 そして不意に、閃光がメルフィーの網膜もうまくを焼き付けます。

 直後、轟音ごうおんが彼女の鼓膜こまくを突き刺したのです。

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