第9話 実験その2 落雷を起こそう

 雷をぶつける。

 先生はそう仰りましたが。


 「先生、私使えるのは初級の『ライトニング』位でして」

 「凡骨の実力は把握はあくしている」

 「また凡骨って言われたぁ」


 雷、授業でも習ったけれど、厳密には静電気の集まり。

 雲の中で分子と分子がぶつかり合い少量の電子が放出され、それが許容限界を超えた時、外に雷として放出される。

 この時電流の流れはプラスとマイナスで直流となる。

 先生の注意は雷は下に落ちるとは限らないということ。


 「ドラゴンが雷で倒せるか? 危険過ぎるぞ」

 「嫌がってくれればそれでいいのだが」


 最大の欠点もあります。

 雷の落とし方です。


 「問題は雷をドラゴンの周囲に落とせるか」

 「そもそもどうやって雷を起こすんです?」


 科学的に言えば、人工の雷は起せる。

 ただその膨大な電力を発生させるのはあまりにも非現実的。

 魔法においてもそうだ、時に天罰として象徴されるいかずちは雷系魔法の最上級にも相当します。

 そのような大魔法を扱えるのは王都の賢者様くらいでしょう。

 しかし先生は鼻を鳴らしました。


 「ふんっ! 魔法とて法則がある、原理を読み解けば必ず科学と紐付ひもづく」

 「科学と魔法が?」

 「【魔法科学マジカルサイエンス】、これから必要になる力だ」


 魔法科学、最初は驚いたメルフィーでしたが、やがて彼女は満面の笑みを浮かべます。

 科学で駄目、魔法で駄目、でも二つを組み合わせれば!


 「先生私にできる事はなんですか!」

 「少し大掛かりになるぞ……レイシィも手伝って欲しい」

 「ふふっ、心得た」


 レイシィは胸を腕で持ち上げると快諾しました。

 先生は方策が定まると、動くのは速い。

 メルフィーは気合を入れると、部屋の奥へ向かいました。

 物置にされた部屋、その中にメルフィーは昔冒険で使っていた杖が眠っています。

 彼女はおもむろにその古びた杖を手に取ると、胸に抱き寄せ呟きました。


 「お願い神様、少しだけ私に勇気を下さい」




          §




 「雨雲を、か」

 「出来るだろうレイシィ?」


 レイシィはウィズダムから「雨雲を作れ」と命じられ思案します。

 雨雲を作ることは出来る。

 今からアトリエに戻れば一時間後には用意出来るでしょう。

 けれど彼女は少し不満顔でした。


 「ねぇタナカ、私はタダ働きは嫌なの、それは分かっているわね?」

 「無論だ、お前のタダは信用出来ん」

 「クスッ、なら何が出せるかしら?」

 「かねは期待するな」

 「期待してないわよ……ふふ、でもそうね、私達はビジネスライク、それが一番似合うもの」


 その顔は妖艶で、けれど寂しくて、ウィズダムは諦めたように首を振りました。


 「俺に何をヽヽ求める?」


 その言葉の意味、彼は受け入れている?

 レイシィがそのまま彼に覆いかぶさり、熱い吐息をぶつけることも可能でした。

 そのままキスだって……けれど。


 「駄目ね、やっぱり駄目だわ……そうだね。報酬は今度お茶を振る舞わせ貰うとしよう」

 「……それでいいなら、俺は一向に構わん」


 レイシィはウィズダムに背を向けると、ギュッと二の腕を掴みました。

 本当は何を求めている?

 ダークエルフの寂しい肉体が何を恋しいと叫んでいるのか?

 レイシィは唇を噛むとすぐにアトリエを出ていきました。

 仕事の依頼を引き受けた以上、彼女はプロの錬金術師に表情は変わっています。

 もう女としてのレイシィではなく、錬金術師としてのレイシィ。

 まだ恋に恋するのは臆病だったかもしれません。


 (彼は刺激的だ、ダークエルフを軽蔑しなかったのも珍しかった……けど、駄目だね……私が受け入れられない……プライド、かな?)


 好意があっても、それを邪魔じゃまする時だってあるように、彼女は気丈でした。

 未練なんて持たないさ、ダークエルフは利己的で邪悪なんだから。

 そう自分に言い聞かせて、彼女はそれっきり仕事に意識を集中させました。


 「雨雲の糸はあったね、後は風系の素材マテリアルを調合して――」


 錬金術は正確無比なレシピの世界です。

 彼女はアトリエにたどり着く前に、既に脳内にはレシピが完成していました。

 彼女は自然とクスッと笑います。乙女のような、好奇心旺盛な子供のような笑顔を。




          §




 「気球ですか」


 メルフィーは先生の作業を邪魔しないように注意しながら、先生の計画を聞きます。


 「気球は助手のお前が操作する。なに簡単だ、バーナーに火を灯すだけだからな」


 熱源はメルフィーそのもの、メルフィーが炎の魔法で灯した火で気球は浮かびます。

 メルフィーはなんとなくで、空を飛ぶ姿を想像しますが、やっぱりピンと来ませんね。


 「ゴーレム弐号、紙束を頼む!」

 「ギガゴゴ!」


 ただいま、というようにレムさんはせわしくなくアトリエと、外を行き来し、先生が必要としている材料をかき集めました。


 「なんだなんだ? 先生何やってるんだい?」

 「これなぁに? 大きい!」


 気がつくとアトリエの前に大勢の人々が詰め寄って来ました。

 メルフィーは慌てて、それを止めますが。


 「あの、先生は気球の制作中でして、今は!」

 「ききゅう〜?」


 初めて聞く名前に、貧民街の住民達は皆首を傾げます。

 先生は骨格を組み立て、その上に薄い紙をのりで貼り付ける作業を繰り返します。

 一連の行動を見ていたあるおばあちゃんは手を叩くと言いました。


 「水漏れ直して貰ったんだ、なにか手伝えることはあるかい?」

 「……む? であるならば、これの貼り付けを手伝って貰えると助かる」

 「おっ、なら俺も手伝えそうだな」

 「僕もー!」

 「あわ、あわわわ!?」


 あれよあれよと、先生の周りに人集りが出来、彼らは一丸となって先生の手伝いを始めました。

 メルフィーは人波に押し出されてしまい、杖を握りながらクスリと微笑みます。


 「これも先生が築き上げた人望なんですね」


 貧民街に居を構え、街の住民を主な顧客にするなんでも屋ウィズダムアトリエ。

 これは彼がこれまで貢献こうけんしてきた功績です。

 老若男女、これだけ多くの人々に先生は接してきたからこそ、頼んでもいないのに、彼らは手伝います。

 これはなにかしなければ、そう思ったメルフィーはキッチンに向かいました。

 せめてお手伝いのお礼くらいはしませんと。


 「ゴンドラの方、竹を編める職人はいるか?」

 「材木加工なら任せとけ!」


 林業関係者のおじさんは力こぶを作ります。

 何人か経験者が集まると、ゴンドラの作成も進みました。

 予想外の助っ人に、思わぬスピードで進む気球製作作業。

 メルフィーは大変で困難ですけど、楽しくもありました。

 さぁ、せめて手伝ってもらうのでしたら、お水位出しましょうか!

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