第8話 実験その1 音波検証

 ウィズダムアトリエに戻った先生は早速作業台に向かいました。

 頑丈な木製のテーブルには設計図のような物がかれ、更にメルフィーでもよくわからない器具が乱雑に広げられています。


 「やはり現物うろこがあれば、様々な実験が出来るのだがな」

 「先生はドラゴン相手にどうするんです?」


 メルフィーは不安げに先生を後ろから見守りました。

 冒険者なら一度は夢見るドラゴンの征伐せいばつ

 けれど本物を見た時、メルフィーの心が砕けたのが簡単に実感出来ました。

 あれは人が戦うべき存在ではない。

 おとぎ話でドラゴンを殺す英雄は、やっぱりおとぎ話だけの物なのでしょうか?

 少なくともメルフィーにはドラゴンを殺せる自信がありません。

 きっと辺境の街の冒険者だれにも自信なんてないのではないでしょうか?


 「メルフィー、ドラゴンについてどの程度知っている?」

 「魔物図鑑モンスターマニュアルに記載されている知識程度ですよ」

 「それでいい、教えてくれ」

 「えと、幼体で体長2メドル2メートル程度、確認された最長個体は全長60メドル60メートル程度

 「全長は頭から尻尾の先端までか?」

 「そうだと思います。飛行能力を有し、雲の上にも飛び、火炎袋を持つドラゴンは、鉄の装備を溶かす程の高温のブレスを吐きます」

 「1000度以上の火炎放射か、厄介だな……射程もあるならこの街をマグマの海に変えられるだろうな」


 実際、ドラゴンに街を地図から消滅させられた事件はいくつもあります。

 人類の栄華も、ドラゴンの気分次第といったところなのでしょう。


 「まるで怪獣退治か、やれやれだな」

 「体重は4.8メグ5トン程度ほどと記録されています」

 「体長の割に軽いな、シロナガスクジラと比べたら百分の一か」


 先生は紙に情報を箇条かじょうきしていきます。

 メルフィーには本当に当たり前の事しか説明できない。

 悔しいけれど、専門的なことはレイシィさんには敵わないわ。


 「先生……なにかわかりました?」

 「ドラゴンといえど飛行するために軽量化されているというのは理解した」

 「軽量、ですか?」

 「飛ぶ生き物は骨まで軽量化する、昨日説明しただろう?」

 「あれ、ドラゴンもそうなのでしょうか?」

 「体長からしたら軽すぎる、まぁそれでもアレが飛行するのは非現実的だが」


 鳥のように翼を広げ、空力を得るには、揚力ようりょくが必要になります。

 とはいえそれにも限度はある、先生の見立てでは、滑空飛行なら可能とのこと。


 「ドラゴンは魔法を使うか?」

 「使う種も確認されていますが、全てのドラゴンが使う訳でもないですね」

 「魔法を使うなら厄介だな、魔法は専門外だ」

 「わ、私は魔法なら任せて下さい!」


 メルフィーはこういう時こそ、先生のお役に立ちたかった。

 とはいえ相手はドラゴンだ、何が出来るのか。


 「……ふむ、一先ず現実的な手段から講じてみるか」


 先生はそう言うと、作業台でなにかを制作しだした。




          §




 辺境の街北の門前、門を出てすぐに先生とメルフィーはいました。

 メルフィーは改めてドラゴンの威容を間近で見て、震えが止まりません。

 あの大きなお口なんて、人間を一口で食べちゃいますよ?

 そんな今は睡眠中ドラゴンを前に、先生はというと淡々とアトリエから持ってきた機械のセッティングをしていました。


 「とりあえず高周波から試してみるか」


 メガホンのような機材からメルフィーには聞き取れない高周波の音波が出ているそうです。

 先生は目盛りを調節しながら、色んな周波数を試していきます。


 「あの、先生……? これになんの意味が?」

 「生物には可聴域というものがあってな、ドラゴンが苦手な音を探している」


 先生の住んでいた世界では定番の害獣駆除方法だそうですが、ドラゴンに効くのでしょうか?

 キィィィイイイイイイン!

 やがて耳障りなハウリング音がけたたましく鳴り響きました。

 人の可聴域に入った音は、やかましいにも程があるくらいで、これにはドラゴンも……。


 「グルルル……」

 「あっ、ど、ドラゴンが、め、目を覚まし……」

 「グゴォォ」


 ぶわわあっと、強風が二人を吹き飛ばしました。

 ドラゴンの鼻息、天地が逆さまになりながら先生は「うーむ」と唸りました。


 「高周波は聞き取れない、収穫だな」

 「もうやーだー! 命が何個あっても足りませんよぉ〜!」


 ドラゴンは欠伸をすると、元の姿勢に戻ります。

 そんな様を見て、先生はどんな手を思い付くのでしょうか?

 メルフィーの受難じゅなんはまだまだ続きそうで、彼女はみっともなく泣いちゃいました。




          §




 「アッハッハッハ!」


 再びアトリエに戻った先生とメルフィー。

 結果を聞いたレイシィは大笑いでした。

 あれから自分のアトリエに戻ったレイシィはいくつか道具を持ってウィズダムアトリエに訪れたのです。

 先生は大真面目な顔でレポートを書き、次の手を思案します。


 「笑い事じゃないですよぉ、死ぬかと思いましたもの……」

 「だが信用したからドラゴンの前まで出たのでしょう? 結果的には生きているじゃない」

 「むぅ……だからってこんな危険なこと何度も続けたら……」


 先生も私も持ちませんよ。


 「ドラゴンはある程度低周波を好むようだ、大型生物の定番だな」

 「へぇ、それは初耳だ! まぁドラゴンの耳を調べようなんて世界で君だけだろうけどね」


 確かに魔物図鑑モンスターマニュアルにもそんなこと書いてませんでした。

 耳が分かったら何なんでしょう?


 「あの耳が分かったら、何が出来るんです?」

 「ドラゴンは高周波の会話は聞き取りづらいってことだ、おそらくだか人間の声は判別しにくいだろう」


 可聴域で被る周波数はあると思うが、先生の言うことは難しくてメルフィーは頭を捻りっぱなしです。

 一方でレイシィは別の目線から先生に協力を持ちかけました。


 「ところでドラゴンの鱗、試してみたくないかい?」


 そう言ってレイシィさんは手の甲ほどもある大きな竜鱗を顔の前で左右に振りました。

 それは紛れもなくドラゴンの鱗、先生は目の色を変えました。


 「持っていたのか?」

 「随分昔にね? おっとタダじゃないよ? いくら君でも、ねぇ?」

 「むぅ……、いくらで売る?」

 「うぅん、お金はあまり魅力的じゃない」


 あまり持ち合わせのないウィズダムアトリエでは、ドラゴンの鱗を購入するなど出来る訳もありません。

 なのにレイシィは足元を見てにやけました。

 明らかに先生を誘うように腰を振り、たわわな胸を揺らして誘惑、メルフィーはぐぬぬと唸ります。


 「先生駄目です! レイシィさんの見え透いた誘惑に引っかかっちゃ駄目です!」

 「誘惑ではない、交渉だよ。君は少しだけ黙っていてくれないかい?」

 「いいえ黙りません! エッチな誘惑をするダークエルフは必要ありませーんっ!」


 甲高い叫び声を上げると、メルフィーは魔力を練り出します。

 あ、やばっ、と思うも、行動よりも速く彼女は紫色の燐光パーティクルを帯び出しました。


 「《ライトニング》!」

 「あばばばばばっ!?」


 全身から放出する電撃ライトニングに、レイシィも流石さすが悶絶もんぜつ

 プスプスと、ちじれた髪の毛の先端から白い煙を上げ、ノックアウトでした。


 「この癇癪娘かんしゃくむすめめぇ……!」

 「ふーんだ! 悪い魔女に制裁を与えたんです!」


 とことん反りが合わない二人、ですが不意にメルフィーの頭が後ろからぽかんと小突かれます。


 「あだ! ……先生?」

 「精密機械を壊す気か、凡骨め」

 「あぅ……それは、その」

 「くくく、いい気味だ」

 「レイシィも挑発はよせ、ウサギでも追い詰めれば凶暴だぞ」

 「……きもめいじる、さてドラゴンの鱗の件だが」


 エッチなのは駄目ですから! 凶悪な眼差しで爆乳ダークエルフをにらみつければ、さしもの彼女も下手は打てません。

 ドラゴンの鱗、レイシィはそれを持ち上げると、ドラゴンの鱗は僅かに変形していました。


 「む? これは?」

 「おや……竜の鱗が反っている?」

 「え? ドラゴンってとても魔法抵抗力が高いはずですけど」


 三人は鱗の変化に注目しました。

 熱に強く、魔法防御力の高いドラゴンの鱗がどうして変形したのでしょう?


 「熱によるダメージは見られない、電気抵抗が関係しているのか? メルフィー、ドラゴンに雷は効くのか?」

 「報告はありません」

 「人より何倍も長生きした私でも知らないな」


 「ふむり」と呟いた先生は、考え込むように部屋の中を歩き出します。

 ドラゴンの魔法防御力は高い、ドラゴンの鱗で作った鎧はあらゆる魔法を弾くという。

 けれど電撃は通った? 鱗そのものには電気に弱い?

 いやしかし、それを生きたドラゴンに当てはめていいものか。

 先生の思考は速い、そしてそれはメルフィーには理解が及ばない。

 先生が考えている時間が長いほど、先生は思い悩み、そして突飛な思考をするものです。


 「雷をぶつけてみるか?」

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