第7話 緊急依頼、レッドドラゴン対処せよ

 ドンドンと、ウィズダムアトリエの扉がノックされます。

 メルフィーは慌てて、玄関を開きますと、目の前には背の小さな身なりの良い茶髪の少年がいました。


 「ウィズダムアトリエですが……ボクは一体?」


 依頼者にしては幼すぎる気もして、けれど貧民街では見慣れない上等な洋服を纏った少年は、玄関を潜ると、慌てた調子で叫びます。


 「はぁ、はぁ! ウィズダム殿はおられるでありますかーっ!」


 少年は酷く息を切らして、そして憔悴しょうすいしきっていました。

 緊急事態? メルフィーの後ろには立っていた先生は、迷わず少年の前に出ます。


 「俺がウィズダムだが?」

 「はぁ、はぁ緊急の依頼でありますっ! 一大事でありますっ!」


 茶髪茶目の少年は右往左往する慌てっぷりでした。

 メルフィーは、そんな少年を見兼ねて、急いでキッチンに向かい、水の入ったコップを持って来ました。


 「お水どうぞ」

 「か、かたじけないでありますっ! ごくっごくっ……ぷはぁ!」

 「落ち着いたか、手短に要件を言え」

 「う……貴方あなたがウィ、ウィズダム殿でありますか?」


 少年の前に立つ先生、少年は先生の腰ほどの身長しかなく、あの死んだ魚の目のような目に顔を青くします。

 恐怖するにも無理はありませんが、もう少し仏頂面を柔らかくして、依頼者を安心させましょうよ。

 テーブルでゆっくり水を飲んでいたレイシィは辟易へきえきするように、胸を両腕で持ち上げました。


 「要領の悪い客だな」

 「貴方は迷惑を顧みない客ですけどね」

 「やれやれ、ゲストはもてなしたまえ」


 悪態をつくメルフィーに、レイシィはやれやれと両手を振りました。

 この凡骨とダークエルフはどうでもいい、と先生はやや不機嫌に腕組みして、少年応対をします。


 「俺がウィズダムだが?」

 「ど、どどど!」

 「どどど?」

 「ドラゴンをなんとかしてほしいでありますーっ!!」


 少年は声が裏返るような素っ頓狂な声でドラゴンと叫んだのです。

 ドラゴン? あのドラゴン?

 ドラゴンって言えば、鉄より硬い鱗があって、身体も大きく、空を飛び、火を吹くあのドラゴン?


 「しょ、しょしょしょ、正直胡散うさん臭い科学者風情など信用は出来ないでありますが! 兎に角一大事でありますー!」

 「胡散臭い……まぁいい、状況を説明しろ」


 ククッ、胡散臭いと言われてレイシィは鼻で笑いますが、先生は若干イラッとしながら、それを無視しました。

 兎に角少年の説明を聞かないことには、先生でも対処のしようがわかりません。

 少年はよほど動転しているのか、どたどた床を足踏みをしながら捲し立てました。


 「街の北門にレッドドラゴンが現れたのであります! 冒険者ギルドにも声を掛けましたでありますがドラゴンを相手に出来る冒険者など辺境のこの街にはいるはずも無く……あううっ!」

 「落ち着け、つまり貴様は科学者風情ヽヽにドラゴンを駆除しろと、そう言っているのか?」


 少年は何度もこくこくと首を縦に振ります。

 この辺境の街の領主、その小間使いの少年は、ドラゴン対処の為によほど奔走したのでしょう。

 冒険者ギルドに拒否され、騎士団もアテに出来ず、そしてたらい回しされたのは、なんでも屋で知られるウィズダムアトリエでした。


 「お、お前なんでも屋なのであろう! 評判も良いと聞いているであります!」

 「……現物を見せてもらおうか」


 なんでも屋、というのは心外な先生は複雑な顔で玄関に向かって歩き出しました。

 少年は慌てて先導しますと、ドラゴンの下へと先生を案内します。

 レイシィは「面白そうだな」と呟き立ち上がると、メルフィーと一緒に先生の背中を追いかけました。


 「こ、こっちでありますー!」

 「せ、先生……ドラゴンって、あのドラゴンですよね?」

 「どのドラゴンか皆目分からんが」


 大丈夫なのでしょうか?

 メルフィーは先生の隣を歩くと、不安げに胸を抑えます。

 先生は神妙な顔でした。果たしてこの依頼……どうするつもりでしょうか?


 「やれやれ……面倒なことになったかな?」

 「むぅ、レイシィさん、どうしてそんなに楽しそうなんです?」

 「だってドラゴンだよ? こんなサプライズそうそうないよ?」


 レイシィさんは本当に愉快そうにスキップする始末、ある意味傍観者の余裕ですね。

 ダークエルフとなると、大抵の出来事は既に経験してそうですが、ドラゴンとなると経験が少ないのでしょうか。

 何にせよ不吉です。メルフィーはもう頭が痛くなりそうです。


 「ドラゴン、か……非現実的な」


 先生は眉間を寄せると、そう呟きました。

 まるで信じたくない……そんな風に思えたのです。

 あの先生が……?


 「こっちであります!」


 外壁までたどり着くと、くすんだ石の階段を登っていきます。

 先生は終始しゅうし無言で少年の後を追いかけました。

 元来がんらい外からの異物から街を守ってきた強固な外壁。

 しかしメルフィーは、『アレ』を見て、はたしてこの壁に意味はあるのか……そう戦慄せんりつしてしまいました。


 風が吹き抜ける、穏やかな平原は一斉に背丈の短い原っぱが同じ方向に傾きます。

 それは一見平穏に見えましょう?

 けれど、少年は外壁の見張り台から、わなわな震えて指差します。


 「あれでありますっ!」

 「……目算で20メートルってところか?」

 「ぁ、あ……!」


 メルフィーは思わず絶句しました。

 平原の中央には身体を丸める真紅のドラゴンが一匹いたのです。

 ドラゴンは眠っているのか、今は大人しいですが、その巨体がもし起き上がれば。


 「ふむ、レッドドラゴンの成熟個体だね」


 昼行灯ひるあんどんとして落下防止用のさくにもたれ掛かったレイシィは淡々と語りました。

 先生はいくつかレイシィに質問します。


 「あれは飛ぶのか?」

 「ドラゴンならば飛ぶだろうね、やつらは空の王者だ」

 「物理法則もクソもないな……オカルトじみて」


 先生はそういうと苦虫を噛み潰すような顔をしました。

 ドラゴンを憎々しげに見つめ、けれど己の不甲斐なさを悔いるように。


 「あ、あの……ドラゴンをなんとかしてもらえるでしょうか?」

 「最後の質問だ、お前は『ウィズダムアトリエ』になにを求めている?」

 「それは! ど、ドラゴンをなんとかして欲しいと……!」

 「了承した」


 メルフィーには先生が何を求めたのかわかりませんでした。

 何故、少年からもう一度聞く必要があったのでしょう。

 小間使いのようですが、幼い少年には街を護ろうという必死さが、不安さと綯い交ぜになっています。

 そんな姿見せられちゃ先生が断る訳がない。

 無理なら逃げましょう、なんて臆病にも後ろ向きに考えていましたメルフィーは、今一度自分の顔を手で叩きます。


 「先生、頑張りましょう! 私も出来るだけ頑張ります!」

 「ふん…言質げんちはとったからな」

 「言質だって? それは?」

 「あのガキの依頼は、ドラゴンをなんとかしろ、だ。殺せでも追い返せでもない。選択肢が多いなら、策は得られるだろう」


 あっ、だから先生はもう一度確認したんだ。

 メルフィーはドラゴンを殺すものとばかり考えていたけれど、追い返せばそれでも十分なのか。


 「そういえばレイシィさん、なんでついてきたんです?」

 「何故って、そりゃあこんなに面白そうなこと、見逃せないだろう?」

 「でも依頼を受けたのは先生で、レイシィさんは部外者じゃないですか」

 「いや、レイシィにも居てもらいたい、こいつの知見は役に立つ」


 先生はドラゴンを直視して、そう言いました。

 にんまり微笑むレイシィに対して、メルフィーはほおを膨らませ不満顔。

 明確にライバル心がめらめらと燃え上がるようですね。


 「ドラゴンの鱗が鉄より硬いというのは本当か?」

 「あぁ、事実だね。その上軽い、だから垂涎すいぜんまとにもなるんだろうね」

 「問題は耐衝撃なのか摩擦まもう抵抗なのか?」

 「はい? 先生?」

 「ここにダイアモンドがある」


 先生は無言でふところから小さなダイアモンドを取り出しました。

 綺麗なブリリアントカットされた結晶は、見事で先生の隠し財産でしょうか?

 いいえ、それこそが彼の秘密の力【万能工作マルチビルド】という異能によって生み出されたダイアモンドなのです。


 「ダイアモンドは知っての通り硬い、だがそれはモース硬度の話で、ビッカース硬度はそれほどでもない、つまりダイアモンドは碎けるという訳だ」


 先生はそう言うとダイヤモンドを後ろには投げました。

 レイシィさんは極めて真剣に先生の言っていたことを錬金術師として吟味しますと。


 「ドラゴンの鱗は確かに鉄より硬く剣が通じない……しかし砕かれた実例ならある」

 「錬金術師の観点から聞くぞ、ドラゴンの鱗はどうやって処理する?」

 「レッドドラゴンの鱗は熱耐性が高いから、まず粉末状にするだろうね」

 「つまり一枚一枚の鱗そのものは『加工』出来るんだな?」

 「あぁ、出来る」


 先生は「ふむり」と小さく呟きますと、ドラゴンに背を向けました。

 そして先生は何も言わず階段を降りていきます。

 流石に困惑したのは少年でした。

 少年は泣き喚くような奇声を発して先生を呼び止めます。


 「ど、どこ行くでありますかぁぁぁぁぁっ!? ウィズダム殿ーーーーっ!?」

 「少し検証したい、アトリエに戻る」

 「も、もう先生っ! 少しは言葉にしてください!」


 あきれてメルフィーは先生を追いかけ、頭を叩きました。

 首を曲げ、痛がる先生にメルフィーは言葉で追い打ちします。


 「報連相! ちゃんと実行しましょう先生……!」

 「う、うむ……とにかく、アトリエに戻るぞ」

 「やれやれ……私も自分のアトリエに戻るとするか」


 今は大人しく眠っているレッドドラゴン。

 しかし一度暴れれば、辺境の街は火の海となり、地図から街が一つ消滅するでしょう。

 それほどの猛威に、わらにもすがる者、天命てんめいを祈る者、答えは見えずとも懸命けんめいに生きる者、そして……科学はオカルトになぞ負けんと奮起する者。

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