第5話 辺境の街の夜

 つつがなくあるい怠惰たいだな一日が過ぎていきます。

 メルフィーは夜になると、帰宅準備を整え、先生に最後の挨拶あいさつをします。


 「では、先生、レムさん。お疲れさまでした」

 「うむ、また明日」


 ペコリ、見送りに来た先生とレムさんに頭を下げると、彼女は玄関の扉を締めます。

 もう空は真っ暗で、彼女は少し早足で下宿先の宿へと向かいます。

 彼女は日々朝には先生のアトリエに向かい、夜になると宿に戻り、その日学んだ復習を行うのです。

 今日学んだ事は忘れないように、そう心がけます。


 辺境の街は夜を迎えると、表通りでは夜店が活気出します。

 メルフィーは表通りを通り抜けながら、美味しそうな臭いに、お腹を鳴らしてしまいました。

 むぅ? あまり持ち合わせはないのですが。


 「少し買って帰ろうかな?」


 メルフィーは歩をゆるめますと、ピンと来る夜店を探しました。

 まだ夜とはいえ、辺境の街は初夏、少しだけぬるい風が吹きます。

 熱々よりも、さっぱりした物が良さそうですね。


 「いらっしゃいいらっしゃい! お酒と一緒になら、うちはどうだい!」

 「はぁい、今日はサービスするよっ」


 先ず目に入ったのは、お酒を取り扱う大衆酒場に、ちょっと如何わしいガールズバー。

 論外ですね、お酒は飲みませんし、あの手の店は思ったより出費しますか。

 うーん……。意外とこれっていうのは、見当たらないですね。

 本格的な晩ごはんは宿で食べるので、今は小腹に入れたいだけですし。

 そうなると軽食が良いですね、お菓子もいいかも。

 なんて考えていると、不意に鼻に爽やかな匂いがしました。

 どこからでしょうか? 彼女は匂いの元を探すと、小さなお店があります。

 香りに誘われるように、小さな店に近づくと、目に映ったのは、黄色いレモンが店先に置いていました。

 屋台の奥には、人族の青年がエプロンを着けて、店番しています。


 「いらっしゃいお嬢さん」

 「あ……えと、ここは何のお店でしょうか?」

 「シャーベット、知っているかい?」


 シャーベット? 屋台の中を見ますと、どうやらアイスクリームのようなもののようです。

 氷を砕き、口触りを良くした氷菓のようですね。

 段々暑くなるこの時期なら、悪くないかもしれません。

 フレーバーは、レモンの他にイチゴやハチミツなんてものもありました。

 うぅ、これはちょっと悩みますね。


 「レモン……うぅん、いえ、やっぱりハチミツで、一つください」

 「ハチミツだね」


 温和な笑みの青年は、シャーベットを冷えたスプーンで掬うと、木製の器に盛り付けて仕上げにハチミツがたっぷり塗りつけられます。

 ごくり、思わず喉が鳴ってしまいました。


 「はい、どうぞ」

 「あっ、これで」


 代金を支払うと、ハチミツシャーベットを受け取ります。

 早速備えつけの使い捨てスプーンで頂くと、冷たさと優しい甘みが、彼女に幸福感をもたらしました。


 「美味しい、これは贅沢ですねぇ」


 冷たくて甘いなんて、こんなの女の子はイチコロですよ。

 甘いものは太るので、出来れば遠慮したいのですが、シャーベットは殆どカロリーが無いはずですので、これはプラマイゼロですねっ。

 美味しかったのもあって、パクパク食べるとあっという間になくなっていきます。

 急いで食べると、頭がキーンと来ますが、それさえ彼女には今は幸福が上回るよう。

 結局、軽食にする筈が、思ったよりがっつりしていた気がします。

 たはは、苦笑いを浮かべた彼女は、晩御飯を控えましょうと、誓いました。


 「ごちそうさまです」

 「ゴミはそっちにね」

 「はい、とっても美味しかったです」

 「あはは、喜んで貰えてなによりだよ」


 メルフィーはゴミを指定されたゴミ箱に捨てると、店を離れます。

 お店を振り返ると、二人組の女性が店を訪れています。

 最近出来た店でしょうか、女性に人気のようです。

 先生は、どうでしょうか?

 今度先生を連れてくれば、分かりますよね。


 「さて、急いで帰らないと」


 徐々に活気づく街並み、混む前に彼女は慣れた調子で歩きます。

 この時間になると、やはり冒険者の顔が目に見えて増えていました。


 「……っ」


 メルフィーは元冒険者、とある新人達で組んだ冒険者一行の魔法使いでした。

 ですが、過去にあるヘマをして、彼女は自主的に冒険者を引退、今でも冒険者を見ると、昔を思い出してしまいます。

 過去に後悔はないけれど、もしあの時ヘマをしなかったら、やっぱり私は冒険者をやっていたのでしょうか?

 ううん、首を横に振る。

 そのヘマのお陰で先生と出逢えたの、その出逢いが間違いだなんて、思わない。


 「早く帰って、今日の復習しないと」


 やがて彼女は目当ての宿屋を見つけました。

 宿屋の窓からは灯りが漏れており、メルフィーは笑顔で門を潜ります。


 「ただいま帰りましたっ」

 「あらメルフィーちゃん、お帰りなさい」


 玄関を潜ると、エントランスに女将さんがいました。

 獣人族の女性で、背は高く灰色の毛並みに、ピンと頭から立った獣耳、ふさふさの尻尾しっぽが腰から生えています。

 女将さんはメルフィーが帰ってくると、笑顔で手を振りました。

 ここは宿屋であり、一階は食堂も兼ねていました。

 借りている部屋は二階にあり、メルフィーは足早に階段を登ります。


 「メルフィーちゃん! 晩御飯まだでしょ! すぐ降りてらっしゃい!」


 女将さんの声に「はーい!」と元気よく返事をします。

 女将さんの好意で晩飯は、賄い料理が出されるので、彼女は直ぐに部屋に、専用キーを使い、入ります。

 小さなベッドと書斎ある部屋、窓からは外から灯りが部屋を照らしており、メルフィーは直ぐにベッドに荷物を置きました。

 待たせるのは申し訳ないので、メルフィーは直ぐに部屋を出ると、階段を降りていきます。


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