第4話 談笑をして

 飛行に関する講義、それが終わる頃、三人は再びテーブルを囲んで談笑していました。

 メルフィーはクッキーを用意しますと、ゴーレムのレムさんがそれをテーブルに運びます。


 「ふふっ、意外と愛らしいな、このゴーレム」

 「ゴゴ?」

 「デザインに関しては洞窟ダンジョンで徘徊していた野良ゴーレムをベースにしただけだが」


 大きな青い一つ目に全身が土塊つちくれのゴーレム。

 彼に可愛いはまだ早いらしく、意味不明という反応です。

 まぁ先生からすれば、なんとも面白くない造形といったところのようですが。

 先生はクッキーを摘むと、レムさんについて一言。


 「いずれバージョンアップはするつもりだ」

 「ふふっ、君の秘密の力ヽヽヽヽでか?」


 レイシィは妖艶ようえん微笑ほほえみますと、先生を流し見ました。

 この三人の秘密、先生にはある『特異能力ユニークスキル』があります。

 その詳細は……また後ほどとしておきましょう。

 レムさんは先生の下に駆け寄ると、執事のようにたたずみました。

 先生はレムさんの頭を優しくでます。


 「健気ではある。反逆する位の思考回路は与えてやりたいものだ」

 「反逆を望むのかい? ゴーレムは使役されてこそだろう?」

 「そうかも知れんが……そこで停滞している限り限界突破ブレイクスルーは訪れん」


 レムさんは、メルフィーにとって先生と初めて出会った時から付き合いがあります。

 先生の忠実な下僕で、今日まで本当に健気に仕えました。

 最初は不気味に思えた一つ目も、気が付けば可愛らしいと思えましたし、ですが先生はそこで満足していないのでしょう。


 「うーん、とはいえゴーレムって、どうやって思考しているんでしょう?」

 「人族の思考でさえ、どうなっているのか不明だからね……だからこそゴーレムは魔法使いの秘技ひぎなのでしょう?」


 無機に生命いのちを与える魔法使いの秘技。

 先生はそれを解析かいせきして運用していますが、ほとんど我流に近く、しかも【科学者サイエンティスト】であって【魔法使いマジカルユーザー】ではありません。

 そんな先生に、はたしてゴーレムをどう改良するのか、疑問は絶えませんね。


 「レムさんは、進化したいですか?」


 メルフィーはそっと屈みますと、レムさんに聞きました。

 レムさんは振り返ると、なんとも言えない雰囲気です。


 「レレゴ、レゴ」

 「うーん、ゴーレム語はいまいちわかりませんねぇ?」

 「察するに発音には『ゴ』『レ』『ガ』『ギ』の四つの組み合わせのようだが」

 「いつか言語野の拡張は行いたいものだ」


 製作者の先生自身、レムさんのゴーレム語は分かっていないようです。

 あまりそれを問題視していないのは「ネコの言葉を理解出来るか?」とのこと。

 レムさんも、先生にかかってはペットみたいなものかもしれません。

 なんとなく猫耳に尻尾しっぽのあるレムさんを想像すると、思わずメルフィーは吹いてしまいます。


 「ぷっ、ちょっと可愛いかも」

 「おい凡骨、何を笑っている?」

 「も、申し訳ございません! あうぅ」


 先生に凡骨と言われると、反骨心よりも自身の反省の方が強くでますね。

 もっとしっかりしないといけません。

 目標はいつだって高く、特にレイシィさんには負けたくありませんもの。


 「レムさんも一緒にクッキー食べられたら、それは素敵ですよね?」

 「そうか?」

 「そうですよ」

 「そうか」


 先生はクッキーを食べるレムさんを想像して首をかしげますが、メルフィーはごり押しで納得させます。

 だって、ご飯は大人数で食べる方が楽しいじゃないですか。

 まぁ……そういう点ではレイシィさんがいても良いですかね?


 「……食費がかさむな」

 「ゴレゴ?」

 「もう夢がないですっ! 先生は現実主義者リアリストですっ!」


 先生は「むぅ」とうなります。

 夢想主義者ロマンチストと言うには、先生はいささか現実寄り、逆にメルフィーは夢想寄り。

 二人のあべこべ差は、レイシィには随分ずいぶん微笑ましく思えたようです。

 彼女は月のような黄色い鮮やかな瞳を細め、二人を見守りました。

 メルフィーには嫌われているようだけど、レイシィ自身はそれほど彼女を嫌ってはいないのですから。


 「夢は成功の秘訣ひけつだよ、私はそう思っている」

 「レイシィがか?」

 「意外かい?」

 「いや……ただ、冷めていると思っていた」

 「心外だな、冷めているなんて」


 メルフィーから見たレイシィさんは大人の女性で、頭脳明晰ずのうめいせきでかつ聡明そうめい、しかも蠱惑こわく的な美貌びぼうは、女でさえ息を呑むほど。

 ダークエルフの魅力とはこれ程なのかと、女としての自信を失うほどです。

 そんな彼女の性格は、正直なところ掴みきれていません。

 情熱とか、愛とか……どうなのでしょう?


 「レイシィさんは、錬金術で何を成すんですか?」

 「学派の質問かい? 以前に答えたと思うけれど、私は金の創造を究極としている」

 「でもそれはレイシィさんの学派の悲願ですよね? レイシィさんは金を生み出して何をしたいんです?」

 「何をしたい……何をしたいか……?」


 レイシィさんは胸を片腕で持ち上げると、真剣に沈思黙考ちんしもっこうしました。

 魅惑的な仕草、先生は僅かに顔を背くと、ぼそりと呟きます。


 「ダイヤモンドを生成する方が楽だな……」


 先生ならきっと金の生成方法も知っているのでしょう。

 けれど先生がレイシィの悲願を奪うような無粋ぶすいな真似はしません。

 それをレイシィ自身が求めていないのです。

 彼女はダークエルフ、その寿命は人族の比ではなく、既に数百年を生きていると噂されます。

 ある意味で無限の時間を有するダークエルフにとって、学問とは何か?


 「考えたこともなかった。金を生み出せたら? ふむ、興味深い議題だ」

 「普通なら大金持ちになりたいとか」

 「金の物価レートが暴落するだけだ、もしくは経済がハイパーインフレするだろうな」

 「……っ!」


 そういう現実的な解答はいいですから! メルフィーは無言で先生に水平チョップを放ちました。

 「ぐえ!」とつぶれた蛙のような悲鳴を上げて、先生はぐったり椅子にもたれ掛かります。

 相変わらず凄く貧弱ひんじゃく虚弱きょじゃくさはメルフィー以下ですからね。


 「うむ、そうだな……私は金のレシピを手に入れたら、次の神秘を追い求めるよ」

 「例えば?」

 「不死……とか、いいかもね?」


 レイシィはテーブルに両肘を突くと妖艶に微笑み、目を細めました。

 その耽美たんびな視線はぐったりする先生を見据みすえます。


 「先生は不死とかどうだい?」

 「ぅ、ぐ? 不死? 魅力的ではあるが、怠惰たいだだな……無限に時間があってはやる気を削ぐだろう、結局は有限の生命だから、人ってのは走るのだろう」

 「先生、先生ってそんな事考えてたんですか?」


 メルフィーには不死と言われても、ピンと来ませんでした。

 真理を探究している未来が永遠に続くのでしょうか?

 それは有益にも思えますが。


 「大体不死と言って、永遠に生きるなど拷問ごうもんと言うぞ? 真理を追求し続け、果てに辿り着いたらどうする? 俺は虚無きょむを求めん。科学者は探究すべき求道者であるべきだ」


 「無論俺は真理を求めるが」、と付け加えて先生は首を横に振りました。

 メルフィーは思い足らなかった事に、てのひらを強く握ってしまいます。

 なんてこと、もし不死を得たなら、その人生に終わりがない……それはどれだけ退屈を経験するのでしょう?

 そんな事を想像もしなかった彼女は、もし不死を提示されえば浅慮せんりょにも不死を選んでしまっていたでしょう。

 でも後悔してからでは遅い、不死とはきっと虚しい。


 「レイシィさんはやっぱり退屈、なのでしょうか?」

 「ふふっ……その逆だよ、私は今が一番楽しい。がいるからね?」


 先生がいるから、それはメルフィーにも同じでした。

 先生はそれはもう不思議な方です。突然現れて、様々な知見ちけんを与えてくださる。

 まるで神の御使いと、疑ってしまうほどです。


 「さて……そろそろ私は帰ろうかな」


 しばらく談笑を楽しんでいたレイシィさんは、ゆっくり腰を上げます。

 メルフィーは一応見送りましょうと、続いて腰を上げました。


 「ふふっ、タナカ、今度は私のアトリエで語り合おう」

 「ウィズダムだ、間違えるな」

 「クスッ」


 レイシィが玄関の取手に手を掛けます。

 メルフィーとレムさんはそれをお見送りしようと……したその時です。


 「レイシィ、お前の研究に実りあること、俺は願っているぞ」


 先生でした。

 先生は照れたように顔を背け、腕を組でいます。

 そんな先生を見て、レイシィは「ぷっ」と破顔しました。


 「あぁ、また来るよ」

 「出来れば来るときは連絡を」


 メルフィーはこんな態度でも、来客の帰宅にこうべを下げます。

 レイシィは軽く手を振り出ていきました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る