夏休み編(7)

「今年の冬からお嬢様と同棲していただけませんか。」

「はえ?」

「お願いします。」

楓さんは腰を折って深く頭を下げる。

「ちょ、ちょっと待ってください。話が読めなくて。」

「もう少し詳しく説明いたします。向こうのベンチに行きましょうか。」

少し歩いて木製のベンチに腰掛けた。

「じゃあ説明お願いしてもいいですか?」

「はい。この引っ越しは旦那様の事業の世界進出に向けた足掛けになるものでどうしても断ることができないものでした。そして旦那様はお嬢様を一人残して海外に行くことに大変不安をお持ちでした。」

「雪伺さんや楓さんが残るわけにはいかないのですか?」

「奥様は旦那様の業務を補佐する仕事に就いていらっしゃるので残ることは難しいです。私も使用人の中で少し特殊な位置にいるので日本に残ることができません。親戚の方もなかなかいないのでそれも頼ることもできず.....」

「そうなんですね。雪伺さんはどう考えているのですか?」

「奥様は私と同じで連れて行きたくはないとお考えです。いきなり異国の地に連れていかれるのはストレスもかかりますので。」

「そこで私が来たってことですか。」

「はい。大変不躾なお願いではございますがぜひご一考ください。」

私は特に考えずに言った。

「いいですよ。」

「本当ですか!」

「でも条件があります。」

「条件ですか。何でしょうか。」

「まずは紗雪ちゃんの気持ちを最優先でお願いします。紗雪ちゃんが着いて行くと言ったら連れて行ってください。紗雪ちゃんが日本に残るなら楓さんのお願い通りに同棲してもいいですよ。」

「本当にありがとうございます。」

楓さんはベンチに腰を下ろしたまま天を仰ぐ。その顔は重圧から解放されたような顔だった。

「部屋に戻ってもいいですか?」

「はい。お時間をいただきありがとうございました。明日旦那様と奥様ともう一度話し合いの場がございますのでその時にまた。」

楓さんに部屋まで送ってもらう。

「おやすみなさい。」

「おやすみなさい。いい夢を。」

楓さんに挨拶をして紗雪ちゃんの部屋に入る。

「お待たせー。」

「こんな遅くまでどこに行ってたの?」

「楓さんに呼ばれて星を見に行ってた。」

「もしかして近くに木製のベンチがあった?」

「うん。」

「綺麗だったでしょう。私のお気にいりの一つね。」

「紗雪ちゃんも連れて行きたかったけどお風呂が長いからー。」

「仕方ないでしょう。少し疲れたのだもの。」

「まあね。もう寝る?」

「そうね。寝ようかしら。あ、そういえば明日の朝ご飯の後に話があるって母さんから連絡があったわ。」

「わかったー。」

枕が二つ置かれた元紗雪ちゃんのベッドに入った。紗雪ちゃんは私の後にベッドに入ってきた。

「おやすみ。」

「おやすみなさい。」

目を閉じてエアコンの風が出る音を聞いていたらいつの間にか眠りに落ちていた。


朝起きて目を開けるとド近距離に紗雪ちゃんの顔があった。びっくりして起きあがると知らない天井だった。ああ、紗雪ちゃんの家に来ているのか。私が飛び起きたせいか紗雪ちゃんも起きたようで目を開けたり閉じたりしている。

「おはよ。紗雪ちゃん。」

「....おはよう?」

「どうしたの?」

「なんで唯がここに?」

「なんでって....」

「本物?」

そういいながら紗雪ちゃんは私のぽっぺをむにむにと握ってくる。しばらくさせたままにしていたら紗雪ちゃんの意識がはっきりしだした。

「......えっと、その、ごめんなさい?」

「おはよ。」

「....おはよう。今のことは忘れなさい。」

「しかたないなぁ。」

ベッドから降りて洗面台に顔を洗いに行く。冷たい水で顔を洗ってシャキッとする。タオルで顔を拭いてから部屋に戻るとドアの前に楓さんがいた。

「おはようございます。」

「おはようございます唯様。ご食事はいつごろにしましょうか。」

「紗雪ちゃんにあわせますー。」

「お嬢様は起きておられますか?」

「多分起きてますよ。」

部屋の扉を開けて入ると紗雪ちゃんはベッドに座っていた。

「おはようございます。お嬢様。」

「おはようございます。楓さん。」

「朝ご飯はいつごろにしましょうか。」

「私はもう食べれるけど、唯は?」

「私も食べれるよ。」

「ではリビングにいらしてください。」

楓さんはドアの前でお辞儀をして行ってしまった。

「リビングって昨日のところ?」

「ええ。」

「じゃあ行こ。」

私が道を何度か間違えながらリビングに着いた。

リビングには朝ご飯としてトーストとベーコンエッグが出されたので食べた。パンも表面はサクッとしていて中はもちもちで美味しかった。食後に出されたヨーグルトを食べ終わると楓さんに呼ばれた。

「お嬢様、唯様。旦那様と奥様の準備が整ったようです。」

「わかりました。」

私たちはリビングをでて別の部屋に移動した。

「おはようございます。」

「おはよう唯ちゃん。」

「おはよう。よく眠れたか?」

「はい。」

「早速だが席に着いてくれ。」

私たちは雪伺さんと樹さんの正面に座った。

「紗雪に伝えなければならないことがあるのだが..」

そう前置きしながら樹さんは話し始めた。

「私たちは今年の冬に二年くらいアメリカに引っ越すことになった。」

「突然ね。」

「それで私としては紗雪にもついてきてほしいと考えている。」

「無理ね。」

「え。」

紗雪ちゃんのあまりにも早い拒否に樹さんが戸惑う。

「あまりにもいきなりすぎでしょう。それに今も一人暮らししているのだから問題ないでしょう?」

「お前も知っている通り私たちの親戚は大抵海外住みだから頼れる人がいないんだぞ。さすがにお前を一人置いていくのはこっちとしても心配なわけだ。」

「それはわかるけれど。」

「だからもし日本に残るなら私からの日本に残る条件が2つある。」

「条件次第ね。」

「一つ目は一か月に一度テレビ通話で話すこと。」

「わかったわ。」

「二つ目は唯さんと一緒に暮らしてもらう。これは唯さんに了承を貰っている。」

「少しわからないわ。なぜ日本に残るために唯と暮らすのが条件なの?唯に迷惑が掛かるじゃない。」

「娘を残して海外に行く親の気持ちを分かってほしい。」

樹さんはそう頭を下げる。

「それでも唯に迷惑をかけるのは違うのじゃないの?唯だけじゃなくて唯のご両親にも迷惑がかかるだろうし。そこはもちろん連絡を取ったのでしょうね?」

「うっ。それは。」

「まさか許可を取っていないの?」

「紗雪。そこまでになさい。」

雪伺さんが一度ヒートアップしそうになった雰囲気を落ち着かせる。

「確かに紗雪の言う通りだったわ。唯ちゃん、ご両親の都合がつく日はあるかしら。」

「今暇だと思いますよー。」

私は電話をかけてみる。すると2コールもせずに出た。

『おはよ。お母さん。』

『どうしたの?何かあった?』

『じつはかくかくしかじかで。』

『そういうことね。じゃあ変わってもらえる?』

『はーい。』

「私の母です。」

そう言ってスマホを渡す。

「早朝からのお電話失礼します。唯さんの友人の九条紗雪の母の九条雪伺と申します――」

雪伺さんは最初おっかなびっくり電話をしていたが途中から敬語がため口に変わって楽しそうに喋っていた。10分くらい話した後に私のもとにスマホが戻ってきた。

『もしもしお母さん?』

『もしもし唯ちゃん。話は着いたわよ。』

『ありがと』

どんな形であれ一応まとまったようだ。

『でも唯ちゃんに言わなきゃいけないことがあります。』

『何?』

『遠出するときは連絡すること。一人暮らしの時のルールでしょ?』

『あ。』

完全に忘れていた。

『ごめんなさい』

『次から気を付けること。いいわね?』

『うん。』

『じゃあお土産買ってきてね。バイバイ―』

『えっ。お母さん⁉』

電話はもう切れていた。私はとりあえずスマホをポケットにしまった。

「ありがとう唯ちゃん。」

「いえ、それでどうなりました?」

「唯ちゃんのご両親から許可はいただきました。紗雪もどうか折れて頂戴。」

「.....はぁ。まあ日本に残れるならいいわ。」

「唯さん迷惑をかけたね。申し訳ない。」

「いえいえ。全然大丈夫です!」

「またこの件に関しては連絡するわ。」

「じゃあ私は会社に行くから雪伺。あとは頼んだ。」

「ええ。行ってらっしゃい。」

「二人も着替えていらっしゃい。出かけるわよ。」

私たちは一回部屋に戻って着替えてから車に乗って家を出た。

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