Sid.143 最前線へ向かうことに
新人が加入した直後ではあるが、ガリカ帝国の様子を見ておきたい。
リビングに集合した際に切り出す。
「一週間か二週間くらいなんだが」
「またですか」
「トール。新人が馴染むまでは一緒に」
「まだ加入したばっかりなのに」
今を逃すと戦況が悪化しかねない、と思っているわけで。だからすぐにでも見に行きたいと説明する。
必要とあらば武力行使も辞さない。帝都を吹き飛ばすことも考えにあるからな。
「メリカントが負けると次はこの国だ」
物騒な事態になる前に叩けるならば叩く。これは譲らない、としておいた。
「この国の人を戦争に駆り出したくないからな」
勿論、リーリャユングフルのメンバーもだ。戦地に赴けば戦死する可能性は極めて高い。冒険者を最前線に送り込み、まずは敵をかく乱させるだろうからな。戦争に於いては使い捨ての駒だ。冒険者が掻き回し正規兵が、後方から冒険者ごと薙ぎ払う、と踏んでいるわけで。
生き残れる保証なんぞ、どこにもない。俺はともかくとして。
「まあそう言うわけで、まずは威力偵察を試みる」
「トールじゃないと駄目なの?」
「俺にしかできないだろ。それだけの力はある」
クリッカと共に空から急襲すれば、地べたを這いずるだけの兵士なんぞ、敵ではない。
攻撃すら及ばないだろうし。上空から魔法を行使すれば、大混乱に陥るだろうからな。まさに空襲。空を飛べないこの世界の人にとって、俺の存在はひたすら恐怖でしかないわけだ。
「対空戦の経験もろくに無いだろ」
せいぜいがハーピー相手。知能も低く大したこともできない化け物だし。
クリッカレベルだと冒険者も相当苦戦するだろうけどな。矢なんて届かない位置から、一方的に攻撃ができるのだから。
魔法も高所に向けて発したところで届くわけも無い。それは以前クリスタがラビリント・レッティアで試して、役に立たないと立証されてる。
「まあ、危険はほぼ無いから問題無い」
と言うことで明日にも向かうことに。
心配するメンバーだがセラフィマだけは「爆撃機があれば楽でしたね」なんて言ってるし。そう言えばアデラも心配はしてなかったな。俺に何ができるか理解してるからだろう。
爆撃機があれば帝都を直接攻撃できるだろうが、生憎、この世界には航空機が存在しない。爆弾すら無いのだから。魔法があるせいだ。せいぜい黒色火薬と言っていたな。
あんなの大した効果は無い。
「あの方は作れないのですか?」
「あの方? ああ、アデラ」
「作れそうですけど」
「幾らなんでも無理だって」
今の時点で作れそうな航空機は、グライダーが限度だろう。エンジンが無い。燃料も無い。
それでも蒸気タービンを作っている。成功すればタービンエンジンへの応用も利いたり。さすがに、そう都合よくはいかないだろうけど。まずはレシプロエンジンだ。
フィクションのような錬成とか錬金術が使えればなあ。容易に航空機も作れたりするのだろう。
それか、魔法を使った飛行船とかな。何でも魔法と言っておけば、それで済むフィクションはつくづく楽だよなあ。
現実は甘くない。
俺が居ない間メイの言語習得が滞る、かと思ったが。
「私が何とかします」
クリスタが率先して教えるそうだ。元の世界でも日本語の通じない相手は幾らでも居た。そこに飛び込めば案外、必死になって言語なんて覚えるものだ。
あとはメイ次第だな。一応大学生だったのであれば、相応の教養はあるはずだし、会話から学んで行けばいい。
「じゃあ頼んだ」
「任せてください。戻ってきた際には驚いてもらいます」
クリスタは極めて優秀ではあるが、メイも同様と考えない方がいいのだが。学ぶ側が付いて来れない可能性も。とは言え、俺よりは教え方が上手いのは確か。任せっきりの方がいいかもしれん。
この日の夜も大乱交となったのは言うまでもない。明日から居なくなるから、揃って抱けと迫るわけで。
メイまでもが参加するとは思わなかった。ここで好奇心旺盛なクリスタが「体の構造を見てみたいです」なんて言ってたが。性交の際に露になる部分の観察を、なんて言ってメイを困らせていた。
まあ特殊な構造なのだろう。
翌日、全員に見送られ屋敷をあとにする。
飛行にはハーネスを使いクリッカに吊り下げてもらう。ついでに予備の魔石をバッグに入れ腰に提げておくことも忘れない。緊急離脱が必要な際には、纏めてクリッカに食わせる必要があるからな。
「じゃあ、遅くとも二週間後には戻る」
「もっと早くていいんですよ」
「ガリカ帝国に行く必要があるんだよ」
「大丈夫でしょ。クリッカも居るし」
無理だっての。戦況確認と威力偵察に続いて、帝都の攻撃までがセットだ。
それなりに時間は掛かる。野宿はご免だからメリカントでは宿泊も予定する。
交易のある国だから冒険者タグは有効だと、グレーゲルは言っていたしな。
全員が引き留める感じで話し掛けるが、きりが無いってことで、屋敷を離れるが付いて来るクリスタとテレーサにミリヤムだ。ソーニャとセラフィマとメイは屋敷で見送り。
アニタとマルギットは途中まで一緒で、ギルドに向かう二人だ。
「で、どこまで付いて来る気だ?」
「飛ぶまでですよ」
「大丈夫って言っても心配だし」
「あたしなら荷物も持てるのに」
まあ一緒に来たいのだろうけど、さすがにお荷物になる。それに敵兵とは言え人だ。家族などの身内が居たり、結婚して妻が居たり恋人が居たり。我々と同じく生活しているわけだ。罪人でもない。それらを殺害するのだから、精神的に参ってしまう可能性もある。
化け物相手とは違うからな。そんな過酷な十字架を背負わせる気はない。
戦争によるPTSDは元の世界でもあった。社会復帰も難しくなるからな。それだけ精神を病むんだよ。
きりが無いから街道をある程度進むと、クリッカに飛ぶよう指示し上空へと舞い上がる。
下では手を振ってる三人が居るな。大声で「すぐ戻って来てよ」とか「早く帰って来ないとメイを解剖しますよ」なんて、恐ろしいことを言うクリスタだ。
やれやれだ。
上空千メートル程度まで上昇すると、水平飛行に移行し加速すると、時速五百キロは出ていそうだ。
これなら午前中にこの国を抜けられそうだ。
「ぴぃ」
「なんだ?」
「ぴぃぴぃ」
分からん。
空を飛ぶ化け物でも居るのかと思ったが、周囲に反応は一切無いし。
そう言えば、この国の首都には行ったことが無かったな。その先もよく分からん。
メリカントとの国境がどこかも分からず出てきた。ただ、首都から西へ進めばメリカントに辿り着くとか。
まあ何とかなるだろう。
一時間程度飛ぶと休息をと思ったのだが、クリッカには下降しようとする気配がない。
「クリッカ、休憩だ」
「ぴぃ」
い、いやいや、何で加速した?
「クリッカ、下りて休んだ方がいいぞ」
「ぴぃ」
結局プラス四十分の飛行で休憩を取ることになった。
距離にして八百三十キロ程度は飛んだってことか。途中で首都らしき場所を通過していた。巨大な城塞都市があったからな。その周辺にも複数の都市があり、間違いなくあれが首都だったのだろう。
降下した場所には何も無い。見渡す限り枯れ草だらけの平原。寒風吹き荒ぶ中、クリッカは意外にも元気だし。とりあえず魔石を与えると、嬉しそうに与えた分を全て食らった。
「ぴぃ」
「満たされたか?」
「ぴぃ」
「そうか」
周囲に化け物の気配もない。この場所は魔素も少ないのだろうか。
実に寂れた風景だなあ。
暫し休息を取ると再び空へと舞い上がり、メリカントへ向かうことに。
二十分程度飛行していると眼下に町が見える。一度降下して場所の確認をした方が良さそうだ。
「クリッカ、町の近くに下りてくれ」
「ぴぃ」
今度は言うことを聞いてくれた。町が見える場所に降下し、そこからは徒歩で向かい町に着くが。
少々険しい表情をする門衛が居るようだ。
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