Sid.140 元聖女ができること

 夕方になりギルドの業務終了後に、アニタとマルギット、それにセラフィマも帰宅したようだ。

 夕食のあとにセラフィマから治療院の話が出た。


「私に何ができるか聞かれました」

「なんて答えたんだ?」

「感染症から臓器の破損、骨折に擦過傷や切創と熱傷の治療ですね」


 できないのは失った四肢の復活や、死者の蘇生だと言ってるが、それは当たり前のことではなかろうか。俺の腕が生えるのはイレギュラーなだけで。


「悪性腫瘍は?」

「それも対応できます」

「万能だな」

「ですが患者の体力次第の面もあります」


 生命維持ができない大量出血の場合は治療ができない。輸血をした上で治療するからだそうで。


「この世界の医療レベルでは輸血はできません」

「だよなあ」

「輸血って?」

「簡単に言って他人の血を与える行為だ」


 元の世界でも十七世紀に試みられたが、血液型の概念も無く羊の血を人に移したなんて、無茶苦茶なことをして死者を出して禁止された。

 その後、長い間輸血に関心が向かず、十九世紀になって若干の救命例を得て、再び輸血に関心が向くも、血液を採り出した際に凝固してしまう。解消法が無く副作用も出て困難を極めた。

 二十世紀になりABO型を発見し、クエン酸ナトリウムにより凝固を防ぐことも発見。やっと本格的な輸血ができる状態になる。


 ああ、そうか。


「アデラが居る」

「あの方ですか」

「器具とクエン酸ナトリウムを用意してもらえれば」

「保存は全血製剤の場合二度から六度で二十日程度ですが」


 血漿だけは冷凍保存が可能らしい。赤血球だけの場合は二度から六度の冷蔵保存。血小板は冷蔵すると凝固するらしく二十度から二十四度。いろいろ条件があり各製剤にしての保存は無理。各成分に分離するのも難しそうだし。

 冷蔵庫は無いから、全血を都度集める方が無理が無さそうだ。


「輸血が可能になれば治療の幅も広がります」

「頼んでみるよ」


 セラフィマとこんな話をしていると、やはりみんな理解不能となっている。

 メイには日本語で伝えれば理解が及ぶが「へえ、そうなんだ」となるだけだった。まあ細かいことは知らないよな。献血には時々行っていたらしいが。


「トールさんの居た世界は、私では理解が及ばない程に進歩してるのですね」

「あたしも分かんない」

「時々わけの分からないことを言ってたから」

「古代魔法の呪文かと思うくらいだったし」


 医療技術はこの世界とは比較にもならん。ただ、治療魔法までがファンタジーにはならんとは。フィクションの治療魔法は出鱈目すぎるけどな。

 そう言えばフィクションでは、治癒魔法とか治癒師なんて言い方だったが。治癒ってのは治ることを言うのだがな。治療が治すことであって、治癒と治療は明確に異なるのだが、どこで混同したのやら。

 作家が知らずに使ったのか、それで良しと出版社が判断したのか。


 治療院には後日、診察に必要な器具を用意してもらうらしい。

 アデラにも頼んでおこう。元の世界レベルの医療器具を提供してくれそうだ。


「きちんとした医療では無いのですが」

「それでもこの世界の治療師より高度だ」

「もっと広められると良いのですが」

「それはいずれの話しだな」


 あ、そうだ。


「X線検査装置」

「あると良いですね」


 さすがにアデラでも無理があるとは思うが、一応聞いてみるか。


 一日置いて早朝、クリッカにゴンドラを掴んでもらい、ルドミラとガビィを乗せ一路ダンサンデトラーナへ。大型のトランクを各々持参していた。替えの服だの下着だので結構な量になっていたが。重過ぎるかと思ったが、俺とギガントソードを運ぶよりは軽いようで。

 俺はと言えばハンググライダーで移動だ。

 出発の前日にはクリッカ用に、化け物の魔石を確保しておいた。ベルマン近隣は魔素が多いが、ダンサンデトラーナは魔素が殆どない。クリッカには厳しい環境だからな。


 空路で凡そ四時間掛け到着し、二人を預けるのだが、夜は三人姉妹とマデレイネに食われた。アデラが旺盛になっていたのには驚かされたが。すっかり染まったようだ。

 クリッカはルドミラが預かってくれるからな。割り込んでくる心配もなく、しかしガビィとルドミラに「私たちも」なんて言われたが。次に来た時だ、と言っておく。

 相手しきれん。


 翌日の昼過ぎにベルマンに帰る。

 総勢六人に見送られ「週に一回ですよ」とアデラに念を押されたが。

 ハンググライダーは畳んでゴンドラに俺が乗り、クリッカに運んでもらうのだが、畳んで尚も五メートルのサイズは邪魔そうだった。

 小一時間で到着しゴンドラとハンググライダーを担ぎ、ベルマンの町に入ると「時々何を背負ってるんだ?」なんて住民に聞かれる。


「グンガと空を飛ぶための道具」

「グンガは分かるんだけど」

「空を飛ぶって?」


 説明しても理解が及ばずなのは定番だな。


「それにしても英傑様はいつも忙しそうだ」

「町にも殆ど居ないようだし」

「あまり無理をしないで、任せられることは任せた方がいい」

「倒れられたら困るからな」


 まあ気遣いしてくれる住民は多いな。今も感謝の気持ちを持っているようだし。

 女性たちは年齢問わず「抱いて」と迫ってくることが多いが、パーティーメンバーの人数を見て「飽きたらでいいよ」なんて言ってるし。飽きるなんて無いぞ。揃って魅力のある女性たちだからな。

 あとな、五十歳以上は申し訳ないが、さすがに無理だ。反応しない。いろいろ草臥れてるし。それと十七歳以下もごめんなさいだ。


 翌日、やっとアニタと婚姻することができた。

 ついでにマルギットやリーリャユングフルのメンバーも一緒に、だったが。


「過去に無いですね」

「この人数でとなると、さすがは英傑様だなと」


 教会の助祭やら司祭までが「英傑様の婚姻を祝して」なんて言ってるし。

 グレーゲルやら久しぶりの商人が公証人になって、マルギットの両親も参加してるし。初めて顔を合わせたが「英傑様の嫁になれるとは実に光栄」なんて、手放しで喜ぶ有様だ。嫁が何人居ても構わんのか。


「トールさん。やっとです」

「そうだな」

「私は何番目ですか?」

「えっとだな」


 五番目。第一夫人はガビィ。これは問答無用だったからノーカンでいいだろ。次いでアデラ三姉妹。これもなあ、アデラに催促されたし、借りが多過ぎて断れるわけもない。

 結果、アニタは五番目になってしまったが、実質四番目ってことにしよう。


「実質四番目。実態は五番目」

「いいですけど、しっかり子作りしましょうね」

「はい」


 今夜は張り切るそうだ。

 一気に嫁が六人も増えた。総勢十人。後日ルドミラとも行う予定になってる。十一人。更にはセラフィマも望んでいるようだし。なあ、元の世界は重婚禁止じゃなかったのか? この世界に馴染み過ぎだろ。

 近くマデレイネもだ。十三人。

 どこまで膨れ上がるのか俺には分からん。モテ過ぎるのも困りものだな。何事も適度に、がいいと思うのだが。


 それとだ、新たに前衛を募集しているのだが。

 グレーゲルに紹介されたのは、またも女性だし。


「ユリア・セーデルホルムです。メランニーヴォ、フェルシュタクラスです。英傑様のパーティーに推薦してもらいました。よろしくお願いします!」


 溌剌とした女性でブレストプレートに、ガントレットを装備し、細長い両手剣を装備している。更に脛と太ももの一部をカバーする、足鎧まで装備していて、かなり重装備な気もするが。

 ミドルボブの茶色い髪色で顔は少し幼い感じだ。実力がどの程度かは分からんが、グレーゲルの紹介だから多少は腕に覚えのある人だろう。


「採用前に試験をしたいんだが」

「はい! 頑張ります」

「まずは単独でモンスター狩り、そして連携を見たい」

「分かりました! どこでやるんですか?」


 近場でいい。遠出しなくても強めの化け物が居るし。

 早速町を出てテストとなったが、いや、驚かされた。

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