Sid.138 元聖女に治療院を任せる

 セラフィマの扱いだが、現状では冒険者ではない。当初の予定では治療師として活動してもらうつもりだったし。

 本人の意向も無視はできないが、回復役は二人要らないし。テレーサひとり居れば充分だからなあ。やはり町に残ってもらい治療師として、活動してもらうのがベストだろう。

 フルトグレンではなく、ここで。


「セラフィマ。今後のことなんだが」

「冒険者にはなれないのですね」


 察したのか。

 以前村で会った時に冒険者に、なんて言っていたが、どこまで本気なのか分からなかった。今回の遠征には付いて来たが、魔法の威力はあるも、クリスタ程に活躍できてないんだよな。経験不足もあるにはあるが。


「まああれだ、回復役は二人も要らないし」

「そうですよね」

「町に居た方が助かる人も多いし」

「そうですね」


 ここで聖女のような活動をするのも悪くない、なんて言ってるが本心はどうなのか。


「本音を言ってもいいぞ」


 促してもなかなか本音を言わない。性格的に冒険者には向いてないんだよ。自ら率先して行動できることと、仲間との連携を取れる必要があるわけで。

 最低限、自分の身を守れる必要はあるし。テレーサはクリスタと違い、近接戦闘もある程度できる。ただ守られる存在ではない。クリスタは魔法特化だから、腕力は無いに等しいけどな。純粋な後衛ってことで、魔法の威力を高めているから問題は無い。


 暫し俺を見つめていたが。


「欲しいのは前衛職ですよね」

「そうだ」

「では、私は治療師として町に居ます」


 町は町で守りは必要。威力のある攻撃魔法を使えるセラフィマであれば、俺が不在の時でも町を守れるだろう。

 すでに魔法の威力はクリスタ以上だし。守りの要として町に居てもらった方がいい。アニタやマルギットを守ってもらえるのは大きい。

 多少の戦闘経験を積んだことで、化け物が攻め込んできても対処は可能と見た。


「じゃあ、セラフィマは治療師として」

「はい。住む所は」

「屋敷で一緒だ」

「それでしたら冒険者は諦めます」


 やっぱなりたかったのか。


「どうしても冒険者が」

「いえ。追われる生活が嫌だっただけなので」


 と言うことでセラフィマは、町専属の治療師をすることに。

 決まるとグレーゲルから提案があるようだ。


「治療院を作っては如何ですか?」

「治療院?」

「今は教会が兼務していますが、教会には他にもすべきことがあります」


 教会の本来業務は布教活動と信者のケア、それと結婚式や葬儀関連。

 負担を減らす意味でも診療所はあった方がいいのか。


「どこか開院できる適当な物件はあるのか?」

「ここの隣に空き物件がありますよ」


 領主の許可も得ていて準備もできているとか。

 いつの間に手を回したんだよ。グレーゲルも食えない奴だな。最終的にこうなると予想していたのだろう。セラフィマの存在を知ってから計画していたようだ。

 ギルド長ってのは、どこもそうだが要領が良すぎる。ついでに狡猾だ。荒くれ者を束ねるだけのことはあるな。


「什器やベッドは既に用意してありますが、他に必要なものがあれば手配します」

「俺には分からんから詳細はセラフィマと」

「分かりました。ではセラフィマさんは、こちらで預かりますね」


 冒険者ギルド直轄の治療院として、一か月後には開院を目指すそうだ。


「ギルド直轄ってことは」

「気付きましたか?」

「さすがにな」


 冒険者には保険に入ってもらう。それを原資として治療院の職員の報酬とする。

 保険に入る代わりに治療費を安価に済ませるってことだ。共助の精神だな。治療を受ける度に大きな負担をせずに済むから、初心者レベルの冒険者でも安心して治療を受けられる。

 勿論、町の住人も同様に保険に入れる。入っていれば都度の治療費は安く済む。

 現状、治療は教会が受け持ち寄付になるが、それよりは負担が大きくなるか。まあ、その辺は治療の成果を見て判断してもらうしかない。

 黒死病や梅毒なんかは確実に治療可能だから、宣伝すれば各地から患者を集められるな。それで充分やって行けると考える。


 本来ならば投資による運用益、なんてのも考えたいが、まだそこまでシステムが整っていない。

 いずれの話しだな。


「患者第一号は英傑様ですかね」

「俺には不要だ」

「冗談ですよ。英傑様は自力で回復するので」


 周りの女性たちが「トールって毎回大怪我するから」だの「死にそうになるし」だの「腕まで失うんだから、お世話第一号ですね」なんて言ってるし。

 自己治癒力が出鱈目な程に強烈だから、俺に治療は要らないんだっての。


 話が纏まり明日よりセラフィマは、ギルド長と詳細を詰めることに。

 さて、そうなるとガビィをまずはアデラの下へ預けたい。


「明日だが」

「どこか行くんですか?」

「ダンサンデトラーナ」

「愉しむんだ」


 違うっての。ガビィとルドミラの世話を頼むのだから。最低三か月は見る必要があると思う。科学の基礎から学ばせるからな。

 俺がメイに言葉を教える。補佐としてクリスタを付けよう。

 他に教えられるものがあれば教えておいてもいいし、教え上手なクリスタも居るし。


 用件が済んで屋敷に帰るが残る難題。メイだ。

 ここでの生活を望んでるし、しかし、見た目の問題があり現状無理がある。メイが居ることによるメリットは大きいのだが、それを理解させるのは至難の業だな。

 化け物の行動をコントロールできる、と言うことは安全を確保したも同然。商人の護衛にしても道中は極めて安全になる。メイより格上の化け物なんて、早々現れないのだから。

 まあ、今は仕方ない。もう少し様子を見て、だな。


 屋敷に全員が揃うと今後のことを話し合う。


「ガビィとルドミラにはダンサンデトラーナへ」

「トール様。毎週会いに来てくれますか?」

「無理だろ。せいぜい十日に一回くらいだ」


 科学の基礎を叩き込んでもらう。基礎でも三か月は掛かるだろうなあ。アデラも毎日のようには教えられないだろうからな。何かと忙しい身でもあるし。

 二人揃って寂しい、とか言ってるが少しは我慢しろっての。今生の別れじゃないのだから。

 アニタなんて、ずっと放置してるんだぞ。結婚する意志を決めてから。未だに婚姻関係に至れていない。ああそうだ。明後日くらいに済ませてしまおう。


「それとだな」

「なんですか?」

「メリカントの様子を見ておきたい」

「危ないって」


 危険すぎる、とか言い出す面々だが気になるし。もしメリカントが落ちれば次はこの国だ。

 そうなる前に打てる手があれば対処しておきたい。

 人に振るう力ではないと思うが、守るために必要最低限は行使する覚悟もある。侵略者に言葉での説得は不可能だ。抗い難い暴力でしか止められん。

 こんなのは元の世界でも同じ。核を持つ国には容易に攻撃できない。抑止力になってるからな。


「俺とクリッカだけで見て来る」

「置き去りですか」

「危険だからな」


 化け物相手と戦争は違う。知恵の無い化け物なんぞ、幾ら群れても大した脅威にならん。人間はそうはいかない。あらゆる手段で追い詰めようとするだろうから。

 顔なんて覚えられたら目も当てられんぞ。


「たぶんだが、ガリカ帝国の皇帝を抹殺すれば、時間は稼げると思うぞ」


 首謀者を叩くのはボーグプラヴィットと同じだ。あっちは総主教と大主教だったが、ガリカの場合は皇帝だろう。

 皇帝の居城を吹き飛ばせば、戦闘を一時的であれ終了せざるを得まい。時間稼ぎにはなる。その間にメリカントが態勢を立て直せばいい。


「後日になるが、まずはメリカントに向かい、そこからガリカを目指す」

「なんでトールがそんな危険なことを」

「そうですよ。戦争に首を突っ込むなんて」

「俺しかできないからだ」


 どうせ戦争に巻き込まれれば冒険者も駆り出される。

 ならば俺だけで対処した方がいい。この国の被害者を生み出さずに済む。

 暴君には抗い難い暴力を、だ。目には目、以上のな。

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