Sid.94 正体を知り怖がる親

 よろしく、と言われても本音では遠慮したかった。


「見た目で選んでないでしょうね?」


 母親がルドミラに言ってるが「見た目だけじゃなくて、凄い活躍してるから」と言って「トール様もなんか言ってくださいよ」じゃないっての。自慢話をする気は無いし俺だっていずれ年老いて死ぬ。冒険者稼業なんて、いつまでも続けられないだろ。


「トール様は偉大な魔法使いで、最強の剣士でクロチッテルなんだから」

「クロチッテル?」

「そう。何を隠そうクリッカはハルピエだから」


 おい、正体を明かすなっての。

 ルドミラが口にした瞬間、母親は椅子から転げ落ち「ね、ネトヴォールなんて、家に上げないでよ」と、少々震えながら言ってる。

 やはりそうなるよな。冒険者の一部が化け物を使役してるとは言っても、戦闘のできない一般人から見たら、猛獣を野放しにしてるのと同義だ。怖いのだろう。


「襲われたらどうすんの!」

「トール様が使役してるから問題無いの」

「あ、あんたねえ」


 俺を見てクリッカを見る母親だが「外に」と言ってる。


「襲ったりしないし大丈夫だから」

「飼い主に慣れてるって言ってもネトヴォールに変わりないでしょ」


 まあ、そうなるよな。俺も迂闊だった。

 クリッカを連れ家の外に出るが、ルドミラには外で待機してると言っておく。一緒にセラフィマも付いて来るけどな。


「あ、別に出なくてもいいんです」

「怖がってるし信用しろなんて言っても、戦えないんだから無理だろ」


 冒険者は化け物の討伐をする側だから、いちいち恐れていられないし、対抗する術を多かれ少なかれ持っている。一般人にはそれがない。身を守る術を持たないのだから、同一の空間に居ることが耐えられないのが普通だ、と言っておく。

 もし同じ空間に居るのであれば、縄で繋いで檻の中に入れて置け、ってなものだろうよ。安心できないだろうからな。


 外に出るとセラフィマが「やはり怖いのですね」と言う。


「ぴぃ」

「可愛らしいですけど」

「普通は問答無用で襲い掛かるからな」

「そうですね」


 少しするとルドミラが家から出てきた。


「なんか、ごめんなさい」

「いいよ。怖いのは事実だろうし、何度も見た光景だからな」


 ファーンクヴィストのギルドで何度も見た。みんな最初は怖がるし、アニタやマルギットは今も慣れない。アデラ姉妹が特別だと思わないとな。

 それでも、いずれ慣れてもらうそうだ。

 無理はしない方がいい。息子を奪った化け物だ。慣れるなどあり得ないだろうよ。むしろ絶滅させて欲しいと願うだろうからな。人間から見れば理不尽極まりない存在だし。


 母親との再会はこれで終わらせ、ギルドで身分証を再発行してもらうそうだ。

 町を出ると十二キロ先は少々時間が掛かるが、ここはのんびり徒歩で向かうことにした。

 とは言え、俺はゴンドラを背負って移動するのだが。これ、もう少し携帯性があればと思わなくもない。折り畳めれば、なんて贅沢だな。作ってくれただけでも感謝しないと。


「持ちます、と言えないんです」

「問題無い」

「荷物持ちは雇わないんですか?」

「居るぞ」


 優秀なスカラリウスがな。


「パーティーメンバーに?」

「小柄だが力持ちで近接戦闘も熟す」

「優秀なんですね」


 本当に優秀だ。俺も助けられたくらいだからな。得難い存在だろう。


 三時間ほど歩くと立派な塀に囲われた町に着いた。

 門衛が二人居て門塔の上にも監視役が居るようだ。弓を装備しているのだな。中々に厳重な体制だと思う。周辺に化け物が多いのか、それとも治安そのものが悪いのか。

 門の前に立つと「身分証を」と言われ、帝国の身分証を出すと通行税を徴収される。

 ここの門衛は見下す感じは無いな。ただ、愛想のひとつも無いし必要最低限の会話しかしない。確かに真面目そうではある。


 ルドミラの身分証は無いが、門衛が顔を覚えていたのか「無くしたのか?」と聞かれ頷いていた。


「再発行だな」

「そうです」

「ならば通って良し」


 ルドミラからは通行税を徴収しないようだ。この町のギルド所属だからか?

 ファーンクヴィストは出入りの度にふんだくられたが、ここは違うようだ。

 町の中に入ると、それなりに栄えているようだな。


「ギルドはこっちです」


 ルドミラに案内され冒険者ギルドに向かうと、ここもだがティンバーフレーム構造の木造建築だ。この国の標準仕様なのだな。

 中に入ると個別に窓口が二つあり、各々間仕切りで隔てられている。剥き出しのカウンターではなく木製の格子で冒険者側とも隔てられているな。格子の下は金銭などのやり取り用に隙間がある。門の周辺が厳重と思ったが、ギルドもまた防犯体制を強化してるのか、容易に窓口内に立ち入れないようになってるな。


「少し待っててください」


 そう言って窓口に向かうルドミラだ。

 待つ間、ギルド内を見回すがラウンジなんて無い。椅子もテーブルも無いから用件が済めば、すぐに立ち去る仕様なのか。

 内装もシンプル。掲示板はあるがギルドからの連絡事項や、何某かの統計情報が掲示されている程度。依頼の類は窓口で直接ってことだな。

 人が滞留しないから静かなもので。

 ルドミラが戻ってきて「再発行まで少し時間があるんですけど」と言う。

 一時間程度らしい。


「どうする? 飯でも食ってから来るか?」

「そうしましょう」


 ぞろぞろと連なりギルドをあとにし、適当な店に入り腹ごしらえを済ませるのだが。


「トール様、依頼とか受けてみますか?」

「この国の金を稼いでもなあ」

「実家に少し入れたいんです」

「ああ、そうだな。親孝行も兼ねてってことで」


 少しは付き合うか。

 食事を済ませるとギルドに戻り、ルドミラが窓口に行き身分証を受け取った。

 プレートを持ち「お待たせです。できました」とぶらぶらさせるルドミラだ。新たに発行された冒険者証兼身分証だが、銀色のプレートに赤い石が嵌ってる。どうやらルビーのようで、だからルビノヴァ級なのか。

 嵌めてる宝石の種類でランクが分かるのだな。


「ちょっと見せてくれるか?」

「いいですけど」


 手に取ると幅三十ミリ、高さ五十五ミリ、厚みは七ミリくらいありそうだ。少し重みを感じる。偽造防止の細工はあるんだろうなあ。

 表面には「rubínováルビノヴァ třídaチーダ」と等級の刻印が成され「Ludmilaルドミラ Koženáコジェナー」と名前が入ってるな。

 裏面を見ると「Jurečekユレチェク prefekturaプレフェクトラ údolíウドリ královstvíクラオスティ Hrstkaハルストカ」と「Cechチェ dobrodruhůドブロドルフ Rýdlリードル」の記載があった。

 住所と登録冒険者ギルド名だな。ハルストカ王国ウドリ県ユレチェク。リードル冒険者ギルドってことだ。


「これって無料で発行してくれるのか?」

「お金掛かります」

「幾ら?」

「三十四ストハです」


 分からん。中立国の通貨レートで言ってもらうと、五千五百ベルリ相当だそうだ。つまりは日本円で五千五百円強。一ストハ百六十二円弱か。

 クラウフェルト公国通貨が日本円換算しやすい。他は面倒だ。

 そう言えば元の世界で十分弱、十分強を本来の解釈から離れて、十分弱だから十分以上と上振れした捉え方だとする調査があったな。若い人に多く見られるらしい。十分弱とは十分未満が本来の解釈なのだが。ああ、そんなのはこの世界ではどうでもいいことだった。


「ストハの下の単位はあるのか?」

「ありますよ。チェチヴァです」


 ストハの百分の一だそうで。


「トール様、依頼ですけど」

「ああ、何があるんだ?」

「ちょっと言い難いんですが」

「なんだ?」


 ハルピエの討伐だと言ってる。つまりはハーピー。

 クリッカを見る。この姿形だったら討伐は無理。だがハーピーは基本的に醜い姿をしている。


「ぴぃ」

「クリッカとは違うだろ」

「ですけど」


 同じ仲間じゃないのかと。

 クリッカが同族と見るか他種族と認識するか。ダンジョンでは気にする様子は無かったが分からんな。

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