Sid.93 太っちょ魔法使いの親

 太っちょルドミラに食われ、発情クリッカにも食われ、今ひとつ休んだ気がしない。ルドミラはあれだ、ベルマンでガビィと一緒に鍛えてやろう。鬼教官の如く指導してやるからな。ガビィも全身柔過ぎるし。

 朝になりセラフィマが部屋から出てきて「あの、帰りは一緒の部屋で構いません」と言ってる。


「トール様。抱いちゃえばいいんです」


 無い。

 愛されてるとか子種を欲するならともかく、俺に対して特別な感情を抱いて無いだろ。この世界の慣習に従って抱く、なんてことはしないぞ。

 朝食を適当に済ませると街道を少し進み、人気の無いのを確認し上空へと舞い上がる。


 もう少しハンググライダーで速度が出せれば、と思いもするが、アデラが頑張った上での仕様だからなあ。これ以上は贅沢と言うものだろう。

 凡そ時速百キロ程度で飛行を続け二時間で着地し、休息と化け物狩りをしておく。

 これをもう二度繰り返すと日が傾く頃、やっとルドミラの故郷に到着した。

 移動距離は千三百キロくらいか。直線距離で札幌駅から山口県の新南陽駅くらいだな。実際には山脈を迂回してるから、その半分もないくらいだけど。


 開けた草原に着地し街道を目指し少々歩く。


「この世界にもサマリョートやアフタマビルがあると便利ですね」


 ぼそっとセラフィマがそんなことを口にした。いや、なんでそれを?


「え、この世界? サマリョ?」

「知りませんか? 動力を持った空を飛ぶ機械や、動力で走る道具のことです」

「と、トールさまぁ。聖女が妙なことを」


 セラフィマは元の世界のことを隠す気は無いのか、それとも俺と一緒だから油断しているのか。


「トール様。昨日も、この世界がとか言ってました」


 どういうことか、きちんと説明しろと喚き出したぞ。

 セラフィマもその様子を見て、少々気まずそうだが「すみません。つい口が滑りました」とか言ってるし。

 セラフィマが居るとボロが出捲りそうだ。


「えっとだな」

「トール様。何を隠し立てしているのです?」

「隠してるつもりは無いんだが」

「ですが、昨日も今日も、です」


 言っても理解が及ぶとは思わない。ただのお伽噺程度で済ませれば問題は無い、かもしれんな。


「想像の産物だ」

「なんですか、それ」

「こんなのあったらいいな、とか」

「意味分かりません」


 吟遊詩人が奏でるメロディに乗せ歌う物語に出てくる、架空の道具をどこかで聞いたのだろうと。

 想像力を働かせ、この世界に無いものを考え伝える。詩人ならではだろ、なんて惚けて言ってみると納得したのかしないのか。


「どんな話なんですか?」

「俺は知らん」

「じゃあ、聖女は知ってるんですよね」

「それはそれは遠い未来の話です」


 その世界では機械が高度に発展し、人々はその恩恵に与り便利さを享受している。

 機械とは人が人のために作った道具。それにより移動時間を短縮し、世界中を気軽に旅して回れるのだと。

 そこで様々な人との出会いと別れを経験する男性の話だ、なんて言ってるし。よく即興でそんな話を思い付くな。


「そうなんですか」

「ええ。とても感銘を受けました」


 どうやらこれ以上、突っ込んでも意味が無いと思ったようだ。


「今回はそれで納得しますけど」

「なんだよ。まだ何かあるのか?」

「トール様も聖女も、まだ何か隠してます」

「無いぞ」


 完全に疑いが晴れたわけではないな。まあいずれ、落ち着いたら全てを打ち明けてもいいのかもしれん。理解するしないに関わらず。

 街道に出て歩くこと十五分程度で、塀に囲われた町が見えてきた。


「ここがユレチェク。あたしの故郷ですね」


 人口五千人程度の小さな町だそうで、この町には冒険者ギルドは存在しない。ここから十二キロ程度先にある町は、人口一万八千人程居て、そこに冒険者ギルドがあるそうだ。

 冒険者が常駐していないから、普段は兵士が化け物を排除してるらしい。


「親もここに?」

「居ますよ」

「他には?」


 俺を見て「覚えてないんですね」と。記憶喪失ってのは何なのかと疑問を持っているようだ。


「姉と兄が居ました。それと弟も」

「で?」

「姉は別の町に嫁いでます。兄はネトヴォールに」

「聞かない方が良かったか?」


 もう八年も前の話だそうだ。弟は飲食店の従業員らしい。


「ダリミル、あ、兄の名前ですけど、冒険者を志してました」


 冒険者登録のために隣町へ行ったその日、化け物に襲われ友人諸共死亡したそうだ。

 友人含め三人で移動していたそうだが、成す術もなく命を散らしてしまったと。

 剣士として練習は積んでいた。しかし状況から見て全く歯が立たなかった。襲ってきた化け物は後日討伐されたが、チェレヴェニーヴルクと呼ばれる、狼の化け物だったようで。

 群れで行動していたらしい。


「なんか言った方がいいか?」

「不要です。もう過去のことですし、冒険者にリスクはつきものです」


 ただ、せめて少しは活躍してから、と思ったそうだ。何もしない内から死んでたら意味が無いとも。

 確かになあ。

 亡き兄の跡を継いで冒険者を目指すことにしたそうだが、両親にはこれでもかと反対されたそうだ。そりゃそうだろ。親として見れば兄が死んで、娘までなど耐え難いだろうし、わざわざ危険なことをせずと思うだろうからな。


「あ、ここが実家です」


 とりあえず俺のことを紹介するから、挨拶だけでもとか言ってるし。

 旦那として紹介する気だろ。

 二階建てだが、こじんまりした建物。ティンバーフレーム構造で漆喰壁だな。所謂木造軸組み住宅だ。


 玄関ドアを開けると風除室になっているのだろう、その奥にドアがあり居間に続いているようだ。

 ルドミラが「喧嘩して家を出てるから、ちょっと揉めるかもしれないです」なんて言ってるし。

 そのまま室内ドアを開けると、そっと「ただいまぁ」なんて言ってる。少しは罪悪感を持っているようだな。親の反対を押し切って冒険者になったのであれば。


 少し離れて様子を窺っていると、部屋の中から女性の声で「あんた誰?」なんて言われてる。

 暫し説教されているようで「何年も帰らず生きてるのか死んでるのか、それも分からなくて」と言ったと思ったら、泣き声に変わり「たまには帰って来なさい」だって。

 どれだけ喧嘩しても娘は大切なのだろう。


「ごめんなさい」

「もう。こうして生きていただけでも良かったけど」


 久しぶりの親子の対面を邪魔する気はないが、ルドミラが紹介したい人が居ると言って、俺に部屋に入るよう促してきた。

 仕方なく部屋に入ると、少々草臥れた感のある母親だろうか、俺を見て「ルドミラの男?」なんて言ってる。


「結婚するから」


 その言葉に上から下まで、しっかり品定めされているようだ。後ろに控えるセラフィマとクリッカはなんだ? と聞かれて「旅の仲間」なんて言ってるし。


「冒険者?」

「そう。トール様」

「様?」

「世界最強の冒険者だから」


 いや、世界にはもっと凄い奴が居るかもしれんぞ。俺の知る国には居ないにしても、海の向こう側には想像を絶する存在もあっておかしくない。

 まあ、そんなことを言ってもあれだ、親としてはいつ死んでもおかしくない冒険者だ。


「やめときなさい」

「トール様は、そこらの冒険者とは違うから」

「同じでしょ。強いなんて言っても、みんな結局死ぬんだから」


 息子を失った親ならやめろと言うのも頷ける。どうせ死ぬと思うだろうからな。

 暫しまたも話し合いと言うか、母親からの説教だろう、延々と「そこに座りなさい」と言われ「冒険者はやめろ」と諭され続けていた。

 それでもルドミラもまた「二年も探し続けて再会できた」と言って、譲る気はないようだ。


 呆れ気味に見ているセラフィマだが「親が居るって、ありがたいですね」だそうだ。

 クリッカは外を見てる。暇なんだろうなあ。


「何を言っても無駄なのね」

「トール様と一緒なら死なない」


 呆れていたが俺を見て「娘をよろしく」だって。

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