Sid.92 太めの魔法使いの出身国

 ハルストカ王国へ出発当日早朝。日が昇る前だと言うのに、町の門まで見送りに来るアデラ姉妹とマデレイネだ。

 門衛はいつもの人ではないが「美人に見送られるなんて、いい身分だな」とか言ってるし。

 今回はセラフィマも連れて行くから、クリッカにはゴンドラを持ってもらう。俺はハンググライダーで移動することに。アデラからダマスカス鋼の剣を持たされた。

 せっかく受け取っても帝国に行く際には置いてったからな。腰に提げておく。


「必要になることもあるでしょう」


 無くても何とかしてきたが、あった方が戦闘は楽になるのは確かだ。

 俺の力で振り回すと壊れかねないけどな。


「次はいつ来られますか?」

「分からんが、できるだけ間隔を空けず来れるよう努力する」

「お待ちしていますね。子種のこともあるので」


 だよなあ。子どもが欲しいってことだし。

 俺や女性たちの生きた証。ましてや俺の場合は、どこで命を落とすか分からない。強いとは言っても首を落とせば死ぬ。心臓を貫かれても死ぬ。基本は人だ。

 だからこそ、生きた証を求めるのだろう。


 四人に見送られ門を抜けると、日が昇り始め朝焼けの空が目に入る。

 門から離れ十分程度歩くとハンググライダーを展開。クリッカにはゴンドラを持ってもらい、セラフィマとルドミラに乗ってもらう。


「ルートだが」

「南西に進んでもらえれば」

「大雑把だな」

「普通はクラウフェルトを通って帝国に入って」


 そこからハルストカを目指すから、空を飛んで行くルートは分からないと。それでも景色や建物を見れば分かるそうだ。らしき場所になれば、凡その方角は指示できるとか。

 セラフィマには帝国の身分証を偽造して渡してある。元々の身分証は剥奪されていて持ってない。新たに偽名を使い帝国冒険者の第五級としてある。

 国交のある国だから入国自体はそれで問題無い。顔が知れているわけでも無いだろう。写真がない世界だ。正確な人相なんぞ誰も知らないってことで。


 セラフィマの偽名は「タマラ」とした。

 なぜ、その名にしたかと言えば、俺が覚えている名前だからだ。ポーランド出身の画家、タマラ・ド・レンピッカってのが居て、それで名を覚えているわけで。

 下手に名付けても間違えるからな。

 また、帝国にその名を持つ女性はそれなりに居るってのもある。


 移動を開始するがクリッカは元気そうだ。がっつりクラーケンの魔石を食ったからな。活力に溢れる状態であろう。速度も出せそうだが、ハンググライダーに合わせて飛んでる。

 こっちは速度が出せないからな。

 高度千メートル程度を飛行し二時間毎に休憩する。


 つもりだったんだが。

 険しい山脈があり麓には大森林。山脈の多くは標高五千メートル程度はありそうだ。そうなると高度を上げることになるが、五千メートルともなると寒すぎる。

 雪が降り積もり白い山肌を見せているし、これは迂回しないと寒さに耐えられんだろう。


「クリッカ」

「ぴぃ」

「迂回する。南へ」

「ぴぃ」


 大声で叫べば聞き取れるようで、指示通り南へと向けて飛ぶことに。

 国交のない理由が理解できた。ハルストカとファーンクヴィストの間にある山脈と大森林のせいだ。山脈を乗り越え森林を踏破、なんて普通は考えないだろうからな。なんか知らんが化け物も無数に確認できるし。並みの冒険者では入ったら出てこれないのだろう。

 もっとも、それこそが冒険じゃないのか、と思いもする。

 意外と本気で冒険する奴は居ないのかもしれん。


 予定と異なり大回りをすることで、一度着陸し休息を取ることに。

 森林が途切れた平原に下りると、見たことのない化け物が多数。まるでダチョウのようだが、爛々と赤く光る目のせいで凶悪な感じだな。走って突っ込んでくるし、足で蹴りを入れてくる。しかも動きも早いから、ルドミラは翻弄されるばかりで。

 化け物どもが、ぎゃあぎゃあと喚くから実に煩い。


「あの。トールさまぁ」

「ルビノヴァ級魔法使いの本領発揮してみろ」

「む、無理ですぅ」


 使えん。

 最初の数発は威勢が良かったが、暫くすると火力が一気に落ちてるし。


「ブリクスネスラグ!」


 纏めて処分だ。

 あっさり倒されるダチョウだな。手応えは無い。


「ルドミラ。魔石の回収」

「トール様は人使いが荒いです」

「クリッカより楽してると思うぞ」


 魔石はクリッカの飯だな。いい具合で手に入った。

 こんなことを繰り返しながら山脈を避け、再び元のルートに戻ると最初の町が見えてきた。


「ハルストカに入りま、ひゃああぁ!」


 大声を出し俺に教えるが、ゴンドラから落ちそうになってるし。やはり魔法使いは鈍いな。あとやはりダイエットは必須だろう。クリッカに余計な負荷を与えてるだけだ。


 移動距離は凡そ七百キロ程度だろうか、町が見えたことで今夜はそこで一泊することに。

 日も暮れそうだしな。夜通し飛ぶのは無理があるし。野宿は御免被る。

 開けた場所に下りるとハンググライダーを畳み、抱えて徒歩で町に向かう。


 低めの城壁に囲まれた小さな町だが、一応門衛は居るようで身分証を見せろとなる。言葉自体は今ひとつ良く分からん。ルドミラが居ることで、門衛との会話は任せっきりにした。

 ルドミラの国の言語はきちんと覚えていないのだな。つまりはルドミラがプラヴィット語を覚えたってことか。

 何か国語も操る辺りは頭の出来は悪く無いのかもしれん。魔法使いは一般人より多くのことを学ぶからか。


「なあ」

「なんですか?」

「ファーンクヴィストの言葉だが」


 なんで喋れるのかと。


「国外追放処分されたって人から学んでます」


 あの国から追放される奴が居たのか。どうせ貴族の不興を買ったのだろうけどな。国交のあるメリカントには行けず、クラウフェルトを通りハルストカに辿り着いたか。苦労してそうだよなあ。

 犯罪者の可能性もあるが、ルドミラに言葉を教えるくらいだ。その線は少なそうだな。

 いつか戻れるならば戻りたい、と言っていたそうだ。

 暫くは教えてもらっていたが、ある日を境に姿を見なくなったらしい。


「トール様はいつ覚えたんですか?」

「分からん」

「あ、ですよねえ」


 宿を探し、ここでもルドミラに会話を任せ部屋を借りる。

 三人と一羽、と思ったがセラフィマは、この世界に馴染んでない。酒池肉林の一夜なんて経験していなさそうだし。


「セラフィマをどうるするか」

「一緒じゃないんですか?」

「元とは言え聖女様だぞ」

「あ、そうなんですね」


 セラフィマだけ単独で、としたら「一緒で構いません」って、大丈夫か? ルドミラが発情したらクリッカも発情するし、そうなると目の前で痴態が繰り広げられるぞ。

 それを言うと。


「私からは何のお礼もできません」


 体くらいしか差し出せるものがない、とか言ってるし。いやいや、そうじゃなくて、気持ちの伴わない行為はしない。

 ここで遠慮せずひとり部屋で寝ればいい、と言うと恐縮しながらも「あの、この世界の慣習は理解してます」と言う。

 この会話内容に違和感しか持たないルドミラが居るな。


「あの、トール様」

「なんだよ」

「この世界って?」


 そうなるよなあ。セラフィマはあまり意識しないようだが、転生者ってのは秘密にしてるのだから、下手なことを言えば勘繰られる。


「この国、の間違いだろ」

「え、でも」

「あまり深く考えるな」

「トール様。何か隠してますね」


 普段はお惚けルドミラの癖に。こんな時だけ鋭くなるな。普段通りボケていればいい。

 とにかくセラフィマはひとり部屋。俺とクリッカとルドミラが同室、とした。

 愛してもいない奴に抱かれたくないだろ。元の世界の常識で考えればな。


 各々部屋に篭もると発情するルドミラが居て、釣られて発情するクリッカだった。

 貪られるだけの俺って。

 肉感が凄まじいルドミラも悪くはないが、やはりもう少し痩せろ。ベルマンに着いたら走り込みだな。弛んだ体を引き締める。

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