Sid.91 三姉妹と婚姻の儀を
クラーケンの退治が済み帝国の件も暫くは問題無し、としてベルマンに戻ろうと思っていたのだが。
「トールさん。婚姻の儀を」
そうだった。
なぜか揃いも揃って結婚したがる。既にガビィが正妻になっていて、他の女性たちは第二第三夫人にしかならんのだが。それに本当ならばアニタが、と思っても今更だけどな。
ここの三人に序列を設ける気は無いが、一気に第四夫人までできてしまうのか。
そうなるとアニタは第五夫人。そしてリーリャユングフルのメンバー以降、第六夫人から第九夫人。ルドミラも煩そうだから第十夫人。
要らん。
両手で収まらない数の妻。元の世界では考えられん。死を意識したかもな。あ、いや、死んだんだった。
神様の余計なお節介で転生して、次の人生はモテまくりも悪くはないが、物事には限度ってものがあるだろうに。生まれ変わってハーレムとか無茶苦茶だよなあ。
結局、アデラ姉妹に押し切られ、と言うか約束として婚姻の儀を執り行った。
正式に妻となった三姉妹だ。離婚なんて制度は存在しないからな。神の御前に於ける誓いは制約となり破棄することは通常できない。神との契約だからだ。
まあ俺から離婚をする気は無いし、いつか歳を取ってヨボヨボ爺になったら、女性陣全てが俺なんぞ要らんと言って家を出るかもしれん。
残った余生はひとり寂しく、なんてどんでん返しがあったりして。
ちょっと身震いした。
婚姻の儀は実にシンプル。教会で誓いを立て指輪の交換でキスして終了だ。
「全員分は指に嵌められませんね」
嫁の人数が多い俺だ。結婚指輪の数も多くなる。儀式の際にはとりあえず各自の指輪を嵌めたが、普段は邪魔になるから特別に外していていい、となってる。下手すれば消滅するからな。大切なものだから戦闘が必要な時は預かるそうだ。
ただし、依頼の無い時はちゃんと指に嵌めておけと。
第二夫人はアデラ。これまでの功績を考えれば当然だろう。返し切れない恩義もあるし。
第三夫人はドリス。アデラの設計したものを形にした功績は大きい。
第四夫人はカーリン。姉と妹の功績に比べたら、何も無いに等しいがのけ者ってのもな。
さて、そうなると煩いのがひとり。いや、二人。
「トール様! 私も」
「あたしも生涯を共にするんですよ」
マデレイネとルドミラだ。
泣いて縋るマデレイネが居て、一日滞在を延長し二人と婚約の儀を執り行う羽目に。
次に来た際にマデレイネとは婚姻の儀をすることに。まあいつ来るかは分からんが、嫁が三人居るから来ないと駄目だろうな。それにアデラには今後も開発依頼をするだろう。頻繁に訪れることになりそうだ。
ルドミラは俺と行動を供にすることで、婚姻自体はいつでも可能だから暫し待て、と言っておいた。
先にアニタだ。これ以上あとにはできん。
出発の前にセラフィマをどうするか、ここで全員の意見を参考とすることに。
ホテルに残せば場合によっては襲撃が無いとも限らない。そうなるとアデラたちが危険になる。彼女たちに戦闘は不可能だからな。
セラフィマとしては一緒に付いて行くのがいい、と思うそうで。
「ホテルの従業員として雇用しても構いませんが」
「リスクはあるぞ」
「トールさんが住んでいれば問題ありません」
「いや、あの、活動拠点はベルマン」
ルドミラによれば聖女としての能力は貴重だと。
「病気も怪我も治せるんですよね」
「そうみたいだ」
「でしたら仲間に居て損は無いです」
「俺のパーティーメンバーにも居るぞ」
テレーサが治療できるし。ある程度は自分の身も守れる。菌を教えれば黒死病にも対処可能だろう。ある程度の病や怪我も問題は無くなるはず。
ひとりで充分だろう。
「一応、俺の意見も言っていいか?」
「どうぞ」
「フルトグレンで冒険者の治療」
医療スタッフとしてギルドで雇用してもらう。
凡そ、この世界に於いては万能と言える治療能力だ。怪我人の多そうな町に居た方が人の役に立つ。
「ギルドでの雇用に問題は無いのですか?」
他国の人間でかつ虐殺聖女なんて言われている。国交のある国の人であればまだしも、国交のない国の人であれば一筋縄では行かない、と。
ただな。
「帝国は今、元締めだった総主教や大主教が居ない」
ミノが潰してくれたからな。首謀者が居なくなり帝都が破壊され、国内は大混乱に陥っていることだろう。
皇帝が暫し実権を握るとしても、帝都復興に尽力する必要もあり、他国に逃げ出したセラフィマに構う余裕は無いはず。それでもダンサンデトラーナに居ると、再びちょっかい掛けてくる可能性もある。ならば遠く離れた間諜の居ないフルトグレンが、滞在先として良いのではと言ってみる。
「居場所も分からない状態で、この国に戦争を吹っ掛けるとは思わないしな」
まずは帝都の復興。虐殺聖女なんて後回しだろうよ。
これを好機と捉えフルトグレンのギルド長に交渉を持ちかける。
「なんとかなると思うぞ」
当事者の意見も一応は聞いておこう。
「セラフィマから何か希望はあるか?」
暫し全員の顔を見て「私からは何もありません」だそうだ。決定には従うし邪魔であれば国に帰り裁きを受けると。
不当でしかない裁きなんて受ける必要は無いと思うんだがな。
従わないからと言って家族を殺し、感情の暴走で虐殺聖女と喧伝し、徹底的に追い詰めることをした。奴らに正義は無いのだから、奴らの流儀に従う必要もない。
「トールさん。本当にフルトグレンで受け入れてくれるのですか?」
アデラの疑問は当然だろう。だが状況は変化した。可能性は高い。
一番の問題である戦争の危機はほぼ無いからな。
「確証がある、とは言えないが可能性は高い」
流行り病の治療。怪我人の治療。それだけでも恩恵は充分にあると思う。
特に黒死病に対して有効な手立てができる。ダンジョン内にはゾンビがうろついてるからな。感染したら死ぬしかない状況が一変する。
メリットの方が大きいだろうよ。
「と言うことだ」
しかもウィルスにも対抗できるようになった。これはアデラ以外には理解が及ばないから言わないけどな。
不活化によって感染は防げなくとも発症は防げる。無駄に命を落とさず済むのだから。
結論として俺の言う通りにするそうだ。
フルトグレンに連れて行き交渉して、ギルド職員として雇用してもらおう。
それと。
「ルドミラの件も考えないと」
「え」
「ハルストカと国交は無いぞ」
「そこはトール様が」
ダンサンデトラーナはアデラの信用で誤魔化せたが、ベルマンでも通用するわけではない。
「誤魔化しが利かないから、何かしら理由を付けて住民になるしかない」
「トール様の妻では駄目なのですか?」
「いや、あのな」
「問題無いと思いますよ」
あの、アデラさん?
人の流出は避けたいが流入に関しては緩い、ってのがこの世界だそうで。犯罪者は入国を拒否されるが、一般的な冒険者であれば歓迎、とまでは言わないまでも住民登録は可能。
ましてや揉めている国ではなく、単に国交がないだけならば問題無し、だそうだ。
「身分証は?」
「無くしました」
「トールさん」
「えっと」
一度ルドミラの出身国へ行き、再度身分証を発行してもらえと。正規の身分証があれば問題無く入国できるそうだ。
その内と思っていたが、すぐに行くことになるのか。
やれやれだ。
「クリッカにひと働きしてもらうしかないな」
「クラーケンの魔石を食べてるんです。そのくらいは」
「これまでのご褒美だ」
そもそもルドミラより遥かに役立ってるっての。空を飛べるってのが、どれだけ貴重だと思ってるのやら。クリッカのお陰で時間短縮ができてる。タイムイズマネーだ。得られる恩恵は凄まじいものがあるぞ。最早クリッカ無しの旅なんぞ考えられん。
ルドミラは居なくても全く支障はない。
わざわざ言う気はないけどな。
話は纏まり明日にもハルストカ王国へ向かうことに。
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