Sid.90 蛸の魔石は鳥人間の褒美
「帝都まで行ったのか」
「壊滅的被害を受けてるけどな」
「それをしたのは」
「鯨飲馬食の神官って名乗ってたな」
さっぱり分からない、と言った表情を見せるラスムスだが「暴虐の魔女みたいなものか」と。
そんな存在を相手に倒したのか聞かれ、そうしないと帝都の住人が全滅する。
放置すればいずれ、この国に来て大惨事をもたらす。
「だからやるしかなくてな」
深いため息を吐くラスムスだが「国王が知ればトールを脅威に感じるだろう」だそうだ。俺もそう思う。極端な力を持つ存在は、己の身分を危うくすると考えるだろうし、反旗を翻されれば己の身すら危うくなる。
排除しろとなるのは理解してるわけで。国を挙げて追いやろうとするだろうな。
俺を排除するには醜聞や悪評を立てればいい。何も軍事的な力に頼らずともだ。もしそれで国王や側近だのを俺が殺害すれば、やはり国家転覆を目論む存在だ、と民衆も認識するだろうし。そうなったら味方は居なくなる。
「内緒で」
「口外はしないが、間諜が何を目的に、と言った部分ははっきりさせないと」
投獄するにしても刑を科すにしても、理由なくとは行かないそうだ。
まあ当然だろう。理由なき投獄や刑を科す、なんてのは相手国に戦争吹っ掛けるようなものだし。
ただ、その辺は上手くやるそうだ。
「他にも潜んでる間諜は居るのか?」
「ダンサンデトラーナに居た奴は排除済みだ。あとはベルマンに二人」
「そっちも排除するのか?」
「やらないと落ち着けないしな」
それにしても、と。
「間諜のような活動から大規模な戦闘まで、何でも熟せるんだな」
不可能は無いのかと言われるが、不可能なことは多数ある。死人は生き返らせないし、怪我人の治療もできない。知識経験不足ゆえにアデラのような生産もできない。ひたすら破壊するだけだな。
「最早スーペラティブは人に非ず、だな」
「一応人だが」
「同じことができる人間は存在しない」
事が済んだらおとなしくするのがいい、と言われてしまった。
あまり方々で活動すると、いずれ国王の耳に入る。そうなれば抱き込むより排除だろうと。
制御できない可能性が高いなら、国内に居ない方がましとなる。
倒せずとも奸計を巡らし追い詰めるやり方もあるからな。セラフィマは帝国内では虐殺聖女が定着してるし。ルドミラもまた恐れたくらいだ。クラウフェルトやハルストカでも同じ評価になってる。
当事国は勿論のこと国交のある国には居られなくなる。
「とりあえず自重した方がいいぞ」
「できるならな」
「暴虐の魔女みたいな存在はまだ居るのか?」
「居るようだ。あと一回で打ち止めらしいが」
ならば、それが済んだら当面おとなしくしろ、だそうだ。
一年や二年は何もせずに暮らせるだろうとも。それだけの報酬は手にしてるはずだろうから、と言われた。
まあ、エストラの依頼だけでも一般的な冒険者が、数年遊んで暮らせる報酬を得てるしなあ。
俺の場合は嫁が増え過ぎて、稼がないと養えないけどな。
「間諜の件は引き受けた」
「悪いな。厄介事を持ち込んで」
「盗賊やクラーケンも解決したしな」
誰も成し得ないことをしたから、その辺は持ちつ持たれつだそうだ。
今後も高難易度の依頼があれば、ふらっと立ち寄った際に引き受けてくれ、だそうで。
ギルド長室を出るとフェリシアが「あの人たちは?」と聞いてくる。
「ラスムスが上手くやるそうだ」
「何なんですか? あの人たち」
「ラスムスに聞いて。俺からは何とも」
「はあ」
それで、と「もう発つんですか」と聞かれるから、ダンサンデトラーナに行くと言うと。
「ここには?」
「そう遠くない時期に」
「時々は来てくださいね」
名残惜しそうだが戻らないとな。
ギルド内でキスして抱き締めるのも照れ臭く、また来る、と言ってあとにした。
さて、帰りもまた荷物を背負って帰る必要がある。
背中にレールガンを背負い、ハンググライダーを町外れの開けた場所で展開。上昇気流を発生させ浮上させクリッカと共に戻る。
時速百キロ巡行で二時間半程度掛け、適当な場所に着陸するとハンググライダーは畳んで、これもまた手に提げてダンサンデトラーナの町に入る。
今日はいつもの門衛じゃないようだ。
「何だ、それは?」
「翼と携帯型魔砲」
「ブロルから聞いてはいたが、あんたがそうだったのか」
ブロルってのが、いつも居る顔馴染みの門衛のようだ。
「ブロルはどうした?」
「休暇中だ」
休暇なんてあるんだ。こんな世界でも福利厚生はあるんだな。
門を潜り抜けホテルに行くと、ロビーに思いっきり不機嫌そうなルドミラが居た。俺に気付くとソファから立ち上がり「酷いです! なんで黙って居なくなるんですか」と文句言って詰め寄って来るし。
「また勝手に他の国に行ったかと思っちゃったじゃないですか」
文句が止まらないようだ。暫し次々と不満を口にし「トール様に一生付いて行くって言いましたよ」と。
絶対に置き去りは嫌だとも。
寝てたから起こさないように、なんて気遣いは意味を成さなかった。
結局、涙を流しながら「もう嫌なんです。トール様が居ない生活は」と、何ともストーカー気質なことを言ってくれる。
まあ、それだけ愛されているのだろうけれど、さすがに重いぞ。
「首に縄を付けないと駄目ですね」
「犬じゃないんだから要らんぞ」
カウンターから白い目で見るカーリンがため息吐いてる。
「あ、そうだ」
「なんですか?」
「クリッカに食わせないと」
「はい? 何をです?」
蛸の魔石だ。
でかいからレールガンの弾体を入れていたバッグに仕舞っておいた。さすがにウエストバッグには入らなかったし。
バッグから出すと驚くルドミラが居て、カウンターに居たカーリンも出てきて「何の魔石ですか」と。
「クラーケンの魔石」
「え、あの」
「倒したんですか?」
「あまり苦労しないで倒せたな」
倒れそうなカーリンだ。ルドミラは俺の最強魔法を見てるから、俺なら当たり前に熟すんだろうと。
「それで、食べさせるって」
「魔石を」
「あ、え?」
「まさか、トール様?」
そのまさかだ。
クリッカに渡すと嬉しそうに「ぴぃぴぃ」と鳴き、豪快に齧りだすと悲鳴が上がる。
「トールさまぁ! 本気だったんですかぁ」
「ちょ、あの、幾らなんでも」
「いいんだよ」
「よくないです!」
クラーケンの魔石ともなれば、博物館に陳列されるレベルだとか言ってる。まず倒せないのと倒せても回収が不可能なこと、そして何より研究対象にもなり得る、国宝級の物になるはずだとかで。
それをクリッカの餌にするなど、狂気の沙汰だとまで言われた。
大袈裟なと思わなくもない。海に居るってことで少々手古摺らされるが、それほど労なく入手できてるからな。機会があれば狩ればいいだけのことだ。
膝から崩れ落ちるルドミラとカーリンが居るな。
「トールさまぁ……滅茶苦茶ですぅ」
「ほんとに、気軽に与えちゃうなんて」
打ちひしがれる二人の前で嬉しそうに齧るクリッカが居て、俺としてはクリッカが喜ぶからそれで良しだ。
苦労させてるからな。ご褒美は豪華なものの方がいい。
カーリンも元ギルド職員だからか、魔石の価値くらいは分かるんだな。
俺には保有魔素の量のみが気になるだけのことだ。どうせクリッカの食事にしてしまうのだから。
金は依頼を受けて稼げばいいだけで、魔石で稼ごうとは思ってないし。
「ルドミラさん」
「なんですか?」
「トールさんは無茶苦茶なので、手綱をしっかり握っていてください」
「分かりました!」
いや、何それ。
「あのさ」
「トール様は価値を理解してません」
「そうですよ。クラーケンの魔石」
「今後はあたしが管理します」
クリッカの食事だっての。人が飯を食うのと同じくクリッカにも、なんて言っても意味が無かった。
「安価なものをたくさんでいいんです」
褒美は豪華な方が嬉しいだろうに。所帯染みてけち臭い。
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