Sid.89 町に紛れる間諜の捕縛
四人目の男だが、どこで仕入れたのか知らないが、食材を少量並べ販売する体を装っている。この場にはひとりしか居ないが、もうひとり居なかったかと問うと、今は席を外していて少しすれば戻ると言う。
「で、あんたは連絡員か?」
髭面でぼさぼさの頭髪、年齢は三十代後半くらいか、行商を装う男が聞いてくる。
ここは信用させた方がいいだろうから、帝国の身分証を見せると「こっちに来い」と言われ、露店の裏手に回りひそひそ話をするようだ。
「見ない顔だが?」
「担当が変わった」
まあ身分証を見せても疑われるのは已む無しだ。その程度の慎重さが無ければ間諜は務まらないだろうし。
「虐殺聖女の居場所は?」
「今はダンサンデトラーナに居る」
「何か指示はあるか?」
「帰還命令が出てる」
虐殺聖女の暗殺に成功したのか聞かれ、何度も失敗し態勢を整え直す、と言うと。
「まさか、英傑が邪魔を?」
「そのまさかだ」
「そうか。ならば暗殺方法を変えないと駄目か」
英傑が相手では数を頼りにしても無駄だろうと。闇に乗じた暗殺にしないと成功しないのだろうとも言ってるな。
精鋭を数名集め囮と実行役に分け、深夜に急襲すれば成功する可能性はある、なんて言ってるが無理だと思うぞ。ここで口にはしないけどな。
「まあ、作戦は上の者が決めるんだろうけどな」
とりあえず一度帰還するとなった。
「集合場所は?」
ああ、どこかに集まるのは当然か。帝国の冒険者ギルド、じゃないよな。そうなると依頼主の元、とも思えるが教会ってことは無いだろう。
実行するしないに関わらず依頼は受けて、詳細を聞いておけばよかったか。
想像でしかないが教会の連中から、直接のやり取りは無いと思う。間に一枚噛んでる奴が居ると考えるのが自然だ。そこからギルドに依頼が行き、引き受けた冒険者は中間に居る奴らから指示を受ける。
ルドミラと会った町の名称でもいいか。それで疑われたら魔素を吸い取って、昏倒させてしまえばいい。
きちんと確認したわけではないが、確かラトマーだったような。
「ラトマーの冒険者ギルド」
僅かではあるが間を置いて「分かった。明日にも向かう」と言ってクリッカを見て「その女は魔法使いか?」なんて聞いてくる。
「風魔法が得意だな」
「てっきりウクラチーチェかと思ったが、五級じゃ連れ歩くのはゴブリンが精一杯だよな」
やはりテイマーと思われるのか。
俺は丸腰に見える上に人とは少し異なるクリッカだ。見る人が見ればバレるのは理解してる。こいつもクリッカを見て違和感を持ったのだろう。歩き方も変だ、と言われたしな。
それでもランクが低いことで、深く疑われることは無いのだろう。
最高ランクと知れているこの国では、ギルド長には速攻でバレるが。
「あんたも帰還するんだろ?」
「ああ」
「一緒に行くか?」
「まだ業務が残ってる」
こいつと、もうひとりは明日出発する、と言って「またあとでな」となった。
行商を装う男と別れるが、離れたら認識阻害と気配遮断を使い監視を続ける。
「ぴ」
「居るから安心しろ」
「ぴぃ」
クリッカにも使えないかと思い、自分に掛けた認識阻害と気配遮断を解除し、クリッカに使うと少し認識し辛くなった。他人にも使えるのだな。分かったところで自分にも使う。
気配遮断を使っている者同士ならば、互いの姿は見えるようだ。何たるご都合主義。以前も思ったが、都合の良いことが魔法ってのは多いな。
暫く監視していると、別の男が合流し話をしているようだ。
「声が聞こえる場所まで近付くぞ」
「ぴぃ」
俺には地獄耳の如き魔法がある。極端に近付く必要はないわけで。
話が聴き取れる距離まで近付くと。
「連絡員が来た」
「なんだって?」
「帰還命令が出てるそうだ」
「暗殺に成功したのか?」
失敗したらしい、なんて言ってる。俺の言葉を信じているような。
理由として態勢を整え直す、などを話してるようだ。
「ただな、集合場所なんだが」
「スタルッカじゃないのか?」
「ラトマーと言っていた」
「おかしいな。その町は一度も集合場所に指定されてないぞ」
あいつ、惚けていたのか。互いに顔を見合わせて「嵌められた可能性は?」と、ひとりが言うと「探して吐かせるか?」となった。
「虐殺聖女の協力者かもしれん」
「どんな男だ?」
「足元まで隠す外套を纏った女を連れた、若くてガタイのいい奴だった」
冒険者ランクは五級だったと言ってるな。左手だけガントレットを装備していて目立つから、町中でも見ればすぐ分かるとも。
「捕まえよう」
「暗殺に失敗した、と思わせて引かせる手かもしれん」
急いで露店を畳み少ない商品をバッグに詰め、周囲を見回しているようだ。
「どっちに行った?」
「向こうだ」
「急ぐぞ。虐殺聖女を連れて逃げ出すかもしれん」
こっちに向かって来るが奴らには見えてない。通り過ぎてしまうから、奴らの先に現れるように移動しておくか。
間諜を追い越し一度路地裏に引っ込み、姿を現して再度人混みの中へ。
適当に後方を気にしながら歩いていると、しっかり尾行してくる二人が居る。すぐに見つけてくれたようだ。
人気のない路地裏に入り、更に少し入り組んだ場所へと向かう。しっかり尾行してきているな。
少し進むと袋小路になる場所があり、周囲には家屋だけがあり、町の喧騒からはかけ離れているようだ。ここでいいか。
しっかり壁を背に立って待っていると、二人が来て「待ち伏せか」なんて言ってるし。
「誘い込んだってことか」
「女は風魔法を使うそうだ」
「ふん。ならば」
懐からダガーを取り出し一気に詰めてくるようだ。魔法使いは都度魔法名を唱えるからな。少しだけ魔法を使う上でタイムラグが生じる。距離さえ詰めてしまえば楽に倒せる相手でもあるわけで。
セオリー通りにダガーを突き立てようとするが、義手で弾き返すと「こいつ」なんて言ってるし。俺の実力まで考慮してないのか。まさか本気で五級などと思ってたとしたら、こいつらのレベルは低過ぎる。
「おい、ガントレット野郎」
「虐殺聖女の協力者だな」
少し焦ってるな。風魔法とは言ったが、クリッカが使うと洒落にならん。こんな狭い場所だと被害が大きくなる。
「まだ生き残りが居たとはな」
「全く。どこから湧いてくるんだか」
二人が目配せすると同時に突進してくるが、動きが遅いんだよ。右手を出して対象を絞り魔素を吸い取ると強く意識する。
すぐにフラフラになる二人だ。
「な、なに、が」
「こいつ、魔法か」
ダガーが刺さる前に倒れ込み意識を失ったようだ。
しっかり使えるな。魔素の吸い取り。傷ひとつ負わせずに昏倒させられる。便利だ。
「ぴぃ」
クリッカに影響は出ていない。
さて、こいつらをどうするか。ギルドに言って身柄の拘束と行きたいが、それをするためには正直に申告する必要があるし。その場しのぎの嘘は容易にバレる。
ベルマンやフルトグレンなら話はしてるから、拘束して持って行けば対処するだろう。ここでは相談もしてないし。
仕方ない。協力してもらおう。
二人の襟首を掴みずるずる引き摺り、ギルドに向かい中に入ると、驚くフェリシアが居るな。少々周囲の目が痛い。何を引き摺ってるのか、って感じだし。
「と、トール様、その人たちは?」
「ラスムスを呼んでくれるか」
「あ、はい」
呼びに行き少ししてラスムスが出てくると「魔石を売る気になったか?」なんて言ってる。
「違う。プラヴィット帝国の間諜を捕まえた」
「は?」
奥で話そうとなり責任者室に入ると「で、間諜ってのは?」と。
経緯を話すと頭を抱えているが首謀者はすでに死んでいる。それも説明したことで「報復は無いんだな?」と安堵する感じだ。
「で、その虐殺聖女がダンサンデトラーナに?」
「匿ってる」
蛸退治の準備で奔走していたかと思えば、と呆れ気味だ。
「まさか他国に行くとは」
想定外だと。
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