Sid.29 想定外に進んでいた
言葉も動作もなく魔法が発動し、ギルド内に強風が吹き荒れると、一斉に驚く面々が居て受付嬢もだな。
何が起こったのか咄嗟に判断できなかったのだろう。それでも受付嬢はクリッカが、ハーピーと分かっているからか、少し恐れを抱いたようで。
「クリッカ。駄目だ」
小声で制止し体を抱き寄せ頭を撫でると静かになった。
化け物であっても嫉妬するのだと思うも、犬猫でも嫉妬くらいはするのだったな。
今後さらに知能が発達すれば、より円滑な意思疎通が図れるようになるかもしれん。
現状まだ三歳児程度か。せめて五歳児くらいにとは思う。
「い、今のは?」
「なんか急に風が」
「魔法?」
驚く女性冒険者たちだがギルド内を見回し、誰が魔法を放ったのかなんて探しているようだ。
「悪い、俺だ」
「え」
「そうなんですか?」
「でも、そんな
昨日も騒いで迷惑になっている。だから魔法を使ったということにしておく。
クリッカが、となると面倒だし俺が使ったことにした方がいい。
素振りだが、それも適当に誤魔化す。
「伊達にスーペラティブをやってない」
まあこんなのでも肩書のお陰で納得したようだ。
アヴァンシエラですらお目に掛れないのだからな。スーペラティブの冒険者の能力なんて未知そのものだろ。
そういうものだ、と思わせるのは容易そうだ。
少しするとエステルが戻ってきて、リスベツと一緒に食事に出る。
「あとお願い」
「なんかずるいな」
「ずるくないでしょ」
「まあいいけど」
いいのかよ。
まあ、宿で乱痴気騒ぎになるのだろうけど。俺も良く受け入れてると自ら感心するぞ。
これもそれも元の世界での不遇があればこそか。
まともに相手をしてくれるどころか、異様な程に愛されるからな。ちょっと怖いぞ。
昼飯が済むと再びダンジョンに向かい、背嚢に入れられるだけ鉱石を詰め込み、現れる化け物は蹴散らしダンジョンをあとにした。
この日の夜は先日同様、宿の一室で受付嬢の相手をさせられる。
クリッカまで混ざるのが、そろそろデフォルトになりそうな。まさか化け物を相手に萌えるとは。でもな、どんどん人間らしい表情を見せ、感情を示すようになってきてる。
そうなると羽も気にならん。いや、変態を極めてきてる。
こうして四日間で素材を集めに集め、ボーキサイトだけで百五十キロ。重石華を二百キロ集めたが、倉庫内がかなり圧迫されてるようだ。
一度に三百五十キロは運べない。ギガントソードを預かってもらい、鉱石だけをダンサンデトラーナへ運ぶことに。
「二往復すれば終わるな」
「ぴぃ」
午前と午後で今日はそれで終わりになりそうだが。
鉱石は布で巻き紐で硬く縛っておく。荷崩れしないようにだ。それを俺が背中に背負う。ハーネスを装備しクリッカにはハーネスを掴んでもらう。重量増し増しだからな。
飛行する際の重量オーバーの懸念はあるが、補助的に俺が風魔法を使えば、なんとかなるとは思うが今のクリッカなら大丈夫だろう。
「午後にもまた来る」
「今夜はどちらに?」
「ダンサンデトラーナ」
「明日は?」
少々名残惜しそうな受付嬢だが、一週間程度は来れないと思う、と言っておいた。
アルミの精錬と加工組立がある。一週間で済むかどうかも分からんが。とにかくそれが済まないと何も始められん。
ガビィとセラフィマを、ここに連れてくる必要もあるし。クリッカに俺ともうひとり同時に運べってのは無理があるだろう。だからこそのハンググライダーだ。
「じゃあ、あとで」
「いってらっしゃい」
受付嬢に見送られギルドを出て町をあとにする。
門衛に「えらい荷物を背負ってるな」と言われるが、背負ってみるかと言うと顔を引きつらせ「遠慮しておく」だそうだ。凡そ百八十キロだからな。人に背負える重量じゃない。
つくづく俺ってクリッカと同様のバケモンだ。
フルトグレンを出ると五分程度歩き、人気が無いのを見計らい、クリッカに俺を掴んで飛ぶよう指示を出す。
「ぴぃぃぃ」
さすがに少々重いのか持ち上げるのに苦労してるが、それでも竜巻レベルの暴風を発生させ、体が浮きだすと一気に上空まで飛び上がった。
俺も補助的に竜巻系の魔法を使ったからな。
上空三百メートル程度まで上昇し、あとは水平飛行となり時速四百キロで移動する。
眼下に流れる景色を見て、どの辺を飛行しているか判断。
遠方の地形からも判断しダンサンデトラーナに向かう。
「疲れたか?」
小声だと聞き取れないだろうから、大声で聞いてみると「ぴぃ!」と言ってる。表情が窺えないことで、疲れてるのか問題無いのか、今ひとつ分からん。
ただ、疲れが出てくると速度と高度が落ちる。それで判断はできるな。
一時間みっちり飛んでもらう気は無い。重いんだよ。どう考えても。
五十分程度の飛行で一旦着地してもらう。
「疲れただろ。魔石を食わせてやるからな」
「ぴぃぴぃ」
嬉しそうだな。それと俺が思う程には疲れていないようだ。
ウエストバッグから小さめの魔石を二個取り出し、クリッカに食わせると元気が出たようだな。
魔素の補充が即座に疲労回復に繋がるようだ。人間は飯を食っただけじゃ回復しない。時間が掛かるからな。
そこが化け物と人間の違いなのかもしれない。
さて、俺は楽しっぱなしになるから、クリッカを前に抱え走ることに。軽いから大した負荷にはならないのが救いだ。
一時間も走ればクリッカも万全になるだろう。
一時間走り続けると俺にも限界が来る。三十分程度休憩し、その後はクリッカに運んでもらいトータル三時間少々で到着。
町の近くに降下し徒歩で町に入りアデラのホテルへ。
重厚な扉を開けると受付カウンターにカーリンが居るな。
「あ、トールさん」
「アデラは居るか?」
「姉さんに用事?」
少し待つよう言われ待っているとアデラが来て「そろそろだと思っていました」だそうだ。
すでに苛性ソーダは用意してあり、電気炉も組み上がりつつあるとかで。電力は完全に俺を当てにしているようだが、雷の電気をそのままは使えない。
昇圧降圧トランスにインバーターや整流回路、大容量コンデンサなども用意したとか。一部はレールガンでも必要になる部品だからだ。
「そんな簡単にできるのか?」
「元々電気を使いたかったので、必要な部品はコツコツ作っていました」
最初に接した時に雷系の魔法を使うのは分かった。その電気を有効利用したいと思ったらしい。
あの時から作っていたとすれば、充分な時間はあったわけか。
「発電機も作ってはいたのですが、水車や風車は領主の許可が必要ですし」
火力発電は蒸気タービンが必要。少々面倒なのと常時稼働できない。
当初はダイナモを作っていたが、現在はオルタネーターを作り発電する予定だったそうだ。頓挫している状況らしいが。
なんか、凄過ぎて言葉も出ないな。俺なんかと比較にならない程にチートだ。
「鉛蓄電池も作っている最中です」
「まじで?」
「現状では発電と電力消費の釣り合いが取れないので」
結果、蓄電する方法にしたそうだ。つまりは消費される電力量が少ない、または消費できないからってことか。発電量と消費量が等量でないと、周波数が乱れてしまい、不安定な電源となってしまうからな。
「鉛蓄電池ってことは」
「硫酸もありますよ」
俺が以前この町を離れて以降、様々なものを作っていたようだ。
前回来た時は何も無いと思っていたが。
「この前来た時、何も」
「サプライズですよ」
俺の驚く顔が見たかったのかもしれない。意外とお茶目だな。
「ひとつお願いがあります」
「俺にできることなら」
「石油が欲しいのです」
「石油……掘らないと出ないよなあ」
いや、そうじゃなくて内燃機関を作ろうとしてる?
「エンジン?」
「作れると良いのですが」
さすがに構造が複雑になり、相応の開発期間が必要らしい。
「一番欲しいのは合成樹脂です」
それは俺も欲しい。
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