Sid.28 説明しても理解は及ばず
さて、極めて面倒な事態になった。
この移動に制限のある世界では、自由自在に町から町へとはいかない。俺とクリッカの組み合わせで、時間を短縮して移動できるだけで。
とりあえずセラフィマとガビィを連れて来る。だが、飛ぶにしてもハンググライダーが無いと無理だな。鉄製、なんて考えていたがアルミがいい。加工のしやすさはあるが、精錬する上では面倒極まりないけどな。
すっかり話し込んでしまったが、まずは当事者を交え真偽を確かめる、となった。
虐殺が事実とすれば、亡命を受け入れるわけにいかない。戦争になるからな。すぐにでも叩き出す必要に迫られるそうだ。
身柄引き渡しが不可能となれば、俺にお鉢が回るのだろうとも。
対抗できるのは俺くらいだと。
でもなあ、俺には無理だ。哀れみを感じてしまうし、人道的なんて言う気はないが、事の発端は聖女を貶め処刑しようとした連中だろ。
何があったか詳しくは知らないが。
まあ、その辺はリッカルドが聞き出すだろう。
ギルド長室をあとにし受付嬢に挨拶しておく。
「長かったけど」
「随分話し込んでたよね」
「何か大切な話ですか?」
君ら、興味津々だね。
「俺からは言えないからリッカルドから聞いて」
「機密事項?」
「だから俺には判断できないから」
そう言ってギルドをあとにした。
さっさと材料集めてダンサンデトラーナに行かないと。
アロガンスに向かい守衛に「精が出るな」なんて言われ洞窟に入る。
浅いところに出る化け物は殴り倒す。殴って倒せない相手は魔法で葬る。
クリッカには魔石を与えておく。あとで移動を繰り返すからな。そのためにしっかりチャージしておいてもらおう。
鉱石鉱物資源の採取場所に来ると、真っ先にボーキサイトを探す。
無かったらペグマタイトや長石や雲母になるが、コランダムがあれば、まんま酸化アルミニウムだからな。手っ取り早い。そう言えばサファイヤとかルビーは、ここにあったな。幾らか集めて持ち帰ってるし。ただ、量としては少ない。
いろいろ手にして見てみるが、知識の範囲内で判断するから、どれがどれかは確証が持てない。
「どうするか」
アデラが居れば選別可能かもしれんが。
岩石の壁を見てみると、様々な鉱物が混ざっているのが分かる。その程度はな。
まあ基本アルミは、様々な鉱物に多かれ少なかれ含まれる。化学活性が高いから容易に他の元素と結びつく。結果、効率を無視すれば、何を持って行ってもいいのだが。
非効率すぎるからボーキサイトを選択する。
これ、と目星をつけ手にして観察してみる。
灰色や赤褐色なのと粘土が固まった程度の柔い岩石だ。手に持って力を入れれば砕けず潰れそうだが。
試すと赤褐色の岩石が該当しそうだ。
似たようなものは周囲にかなりある。壁にめり込んでると言うか、多数あるようだし。
ツルハシ、なんて思ったがミリヤムが居ない。
何にしてもミリヤムが居るのと居ないのでは、大きく違って来るなあ。
スカラリウスって、やはり優れた職種だ。居れば重宝する存在なんだよ。
まあ惜しんでも仕方ない。さっさと壁を振動魔法で破壊し、背嚢に詰め込み一杯になったら、洞窟をあとにする。
帰り掛けに遭遇する化け物は、片っ端から燃やす。面倒だ。
魔石を穿りウエストバッグに仕舞っておく。これは明日以降にクリッカに与える分だ。
食いたそうに見ていたが「今日は充分食っただろ」と言って、頭を撫でて宥めておいた。
外に出ると守衛が「早いな」とか言ってるし。
「岩石を集めただけだからな」
「岩?」
「そうだ。精錬すれば金属を得られる」
「鉄か?」
鉄も少量含まれるが、それ以上に多いのが酸化アルミだ。たぶんな。
説明しても理解は及ばないだろ。この世界にアルミはまだ無いのだから。
「あとでまた来る」
「夕方には閉めるぞ」
「問題無い」
昼飯を食って、また潜ることにしよう。
まず荷物を預かってもらうために、ギルドに行きカウンターにリスベツが居るから、預かって欲しいと言うと。
「何を持ってきたのですか?」
「岩石」
「え」
「とにかく一時的に預けたい」
マルティナが「じゃあ、あたしが」とか言って、また案内するから一緒に来てとなるが。
「トール様は私に」
「誰が案内しても一緒でしょ」
結局、二人に案内されギガントソードの側に転がしておく。
「本当に岩だ」
「これ、何に使うんですか?」
「精錬すれば金属を得られる」
「鉄?」
まあ、この世界じゃ鉄か銅か金、銀が主な金属だろうな。アルミもタングステンも知らない。
「鉄じゃなくてアルミニウム」
「えっと、何それ」
「銀色で熱伝導性に優れた軽量金属」
「ねえトール。説明する気無いの?」
説明してるが理解の範疇に無いだけだろ。元の世界ならアルミと言うだけで、すぐにそれが何かを理解する。家の中を漁ればアルミ製品は多数あるからな。アルミ合金含め。代表的なのは一円玉だ。エアコンの熱交換器に使われてるし、電化製品には大概使われてる。CPUのヒートシンクの多くはアルミ製だ。
アルミ製のフライパンや鍋もあるし。
ハイファイオーディオの世界だとJBLだな。ボイスコイルにアルミリボン線エッジワイズ巻き、なんてのがあった。他社は真似する気も無かったようだが。
「説明してる。ただ、専門知識が無いと、説明しても今のように理解ができない」
「あ、そうなんだ」
鉱山に居る人なら分かるのか、と聞かれるが。
「人によるだろ。ただの鉱夫じゃ分からんだろうし」
「じゃあ鍛冶師」
「それも扱う製品次第じゃないのか」
「なんか、トールって」
自分たちの知り得ないことを知ってそうだと。
そりゃなあ。異世界人だからな。こことは違って科学が発展した世界だ。知識の量は比較にもならん。五歳児と大学生くらい違うぞ。
クリスタにも疑われてたな。
こんな俺でもアデラには全く敵わない。あっちの知識は実践を経た強みがある。
じっと見つめてくるマルティナが居る。リスベツも気になるのか?
「強さもそうだけど、モンスターまで従えちゃうし」
「トール様って、何かの化身ですか?」
「あ、それありそうだよね」
「違うからな。クリスタにも言われたけどな」
雷神トール。
神様じゃないっての。ただの冴えないおっさんだったんだから。
腹減った、ってことでギルドをあとにするが、リスベツに「一緒にお昼」なんて言われた。
「エステルが戻って来たら、次は私なので」
「あ、ずるい」
「ずるくない」
「トール。あたしとも」
二回も飯食えるかっての。
さっさとダンジョンに潜りたいんだが。時間的猶予はそれ程無いだろうし。何しろ戦争になるか否かまできてる、かもしれないし。
こんな風に呑気になんて、まあいいか。
「じゃあ待ってるぞ」
「はい」
クリッカを見ると、まあ何か知らんが笑顔だな。感情を読み取ってるのか、盛りの付いたメス、なんて認識なのか。
暫しギルド内で待つことにするが、離れた位置から女性冒険者が見てるんだよ。先日騒いで一喝されてるから、今日は大人しいものだが。
暇だから剣でも見てみるか。
展示される剣を見ていると、やはり声が掛かるわけで。
「あの、剣を買うんですか?」
「買わない。見てるだけ」
「そう言えば、あの大きな剣ですか、あれは?」
「預かってもらってる」
こいつも潤んだ瞳で俺を見つめてくる。他にも群がり始めた。
五人くらいの女性冒険者が周囲に集まり「一緒にダンジョンに」とか「指導してください」だの「一夜を共に」なんてのまで。
カウンター内から白い目で見る、リスベツとマルティナだな。迂闊に出てきて騒ぐとリッカルドに怒られるからな。目で訴えてきてるよ。
「悪いが、このあとリスベツと飯だから」
「あ、あたしとも」
「ご一緒しても?」
「どうせだし、みんなで」
きりがねえ。
なんか風が吹いてきてる。と思ってクリッカを見ると、むくれ気味に俺を見てるし。
まさか嫉妬?
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