Sid.18 予定変更で単独行動を

 ダンサンデトラーナからグルヴスタッドまで所要時間、僅か四十二分。時速四百キロでだ。エストラまでなら三十六分。

 馬車で五日掛かる距離も、魔石を大量に食ったクリッカならな。とは言え、いずれ消費し尽くすだろう。今後の補充はダンジョンでミノタウルスを倒して、それを食らわせれば充分かもしれない。

 俺から補充すると時速二百キロ程度。吸収効率の問題だとは思うが、魔石を直接食う方が取り込みやすいのか。


 だが、やはりと言うか後日判明したが、高速移動は燃費が悪いようだ。


 グルヴスタッドに程近い路上に着地し、そこから徒歩で町へ入り、まずは商人と合流し帆布を受け取っておく。勿論、仕入れ値に対して手数料を上乗せした額を払う。

 遠慮して仕入れ値でいい、なんて言っていたが利益が出ないだろ。常識的な利益は載せておけと言っておいた。

 それと顕微鏡を見せることに。

 バッグから取り出すとワインカラーのベルベットに包まれているな。中には黒い鏡筒とグレーのスタンドで、現代の顕微鏡と全く変わらない外観。対物レンズはひとつと思っていたら、実際には二十倍、三十倍、四十倍の三つが装着されていた。レンズに倍率が刻印されていたからな。

 実に興味深そうに顕微鏡を見る商人だ。


「これが顕微鏡なのですね」

「倍率は四百倍と言っていたからな」

「メリカント製のものと、どの程度の性能差があるのでしょう」


 そもそも顕微鏡は元の世界では、十六世紀の終わり頃に発明されてる。元の世界基準で考えると顕微鏡を発明した時点では、それほどの倍率は無かったと思う。当初は玩具みたいなものだったそうだし。

 十七世紀に作成された単式顕微鏡では、二百六十六倍の高倍率顕微鏡もあった。当時の複式顕微鏡が百五十倍程度だったらしい。

 そう考えると。


「初期のものだと二十倍程度とか」

「では、ダンサンデトラーナ製はそれを上回るのですね」

「そう言うことになると思う」


 素晴らしいと言って称賛し「ぜひ扱わせて頂きたい」だそうだ。

 扱うのはいいが量産は無理だろうなあ。現時点ではひとつひとつ手作業だろうし。ひとつ作るのにどの程度の時間が掛かるのやら。

 苦労させてるなあ、アデラには。貢献度から考えると、結婚した程度じゃ割に合わないよな。

 どうすれば献身に報いることができるのやら。


「これでダンサンデトラーナの用件は済んだのですか?」

「いや、まだ全部は済んでない」

「このあとの予定は?」

「部品の製造を鍛冶屋に依頼したい」


 図面はあるから忠実に作ることのできる、有能な鍛冶屋がいいと言うと。


「武器防具が得意な鍛冶屋、日用品が得意な鍛冶屋など居ますよ」


 そりゃそうか。刀鍛冶に鉄瓶を作れと言ってもな。製法からして異なるわけだし。

 物干し竿を作るような鍛冶屋がいいのか。ひたすら真っ直ぐ伸ばすわけで。


「物干し竿を作るような職人は?」

「物干し竿?」


 ああ。欧米ではロープに引っ掛けるのが普通だったな。物干し竿なんてのは日本人の発想だ。


「中空で真っ直ぐな棒を作れる職人」


 暫し考えているようだが「中空とは?」と言い出した。

 これも難しいのか。圧延鋼板を丸めて溶接するだけなのだが。いや、確か鋳鉄管が十七世紀頃だったか。ルイ十四世の時代に、ベルサイユ宮殿と街に水道を引いたんだっけか。だが鋳鉄では硬いが靭性に劣る。粘りが無いと風の抵抗次第で折れるな。

 じゃなくて、それ以前の問題だ。

 これもアデラに頼むしか無いのか。つくづく原始的過ぎて頭が痛いぞ。

 この世界に圧延鋼板製造技術は無い。当然だが円筒にする技術も無い。


 仕方ないな。


「フルトグレンに行く」

「え」


 素材を全て集めて全部アデラに丸投げ、これが一番確実で間違いがない方法だ。

 完成まで俺が傍で付き添えばいい。必要に応じてクリッカと一緒に移動すれば、国内ならばどこにでも短時間で行けるし。


「ひとつ、相談なんだが」

「なんでしょう?」

「俺以外のメンバーを護衛にして欲しい」

「え、あの、英傑様は?」


 俺は単独行動をする。

 リーリャユングフルのメンバーだけでも、道中の安全に問題は無いはず。

 全員が魔法を使うしクリスタの魔法の威力は強力だ。ソーニャも剣の腕前は知り合った当初に比べて、とんでもなく上達している。

 それにミリヤムも戦闘慣れしているからな。テレーサも同様に回復職としてならアヴァンシエラで通じそうだし。

 足手纏いなのはガビィくらいで。

 と言うと、何か考えがあるのですねと。


「全員で移動しているとクラーケンの討伐に支障が出る」


 商人も相手が強大過ぎるとは理解しているのだろう。


「三か月では間に合わないと言うことですね」

「そうだ」

「分かりました。まあ、あのメンバーであれば」


 商人から見てもすでにメランニーヴォのレベルには無いと。アヴァンシエラに近い存在だから、護衛としては何ら申し分ないそうだ。

 そうなると、顕微鏡はどうするのかと。


「預かっていてくれるか?」

「構いませんが何か用途があったのでしょう?」

「俺の用事が済めば不要になる程度だ」


 テレーサに教えれば顕微鏡は不要になる。その際には商人に譲るとしておいた。

 物凄く恐縮する商人だが、サンプル品として営業で使えばいいと。


「じゃあ仲間に言っておくから、あとはそっちでスケジュールを決めてくれ」

「分かりました」


 商人とは一旦別れメンバーが居る場所に向かう。

 たぶん、ホテルで暇を持て余してるだろうからな。

 坑道内を移動し宿泊しているであろうホテルの部屋へ。


 ドアをノックし開けると「あ、トール」とテレーサが駆け寄ってくる。

 傍まで来ると上目遣いをしながら、不満そうな表情を見せる。


「もうずっと放置されっぱなしなんだけど」

「それなんだがな」

「何? まだ用事が済まないの?」

「暫く単独行動をしたい」


 全員の目が俺に集中し暫しの間、固まっているようだが。


「どうしてですか?」


 クリスタが聞いてきた。


「道具の製造が間に合わない」

「だったらトールの魔法で」

「被害が大きくなり過ぎるんだよ」


 たぶんソルフランマ一発で倒せる。でかい、と言っても全体で五十メートル程度。ソルフランマの影響範囲は半径二キロに及ぶ。魔法が発動したら逃げられるわけもない。

 さらには、使えば同時に水蒸気爆発を引き起こす。そうなると港に津波が押し寄せかねない。

 町に被害を生じてしまうと、俺自身が災害になるからな。迷惑極まりないだろ。


「だからこその道具が必要なんだよ」

「じゃあ、討伐が済んだら」

「戻る」

「どのくらい?」


 まずフルトグレンに向かう。その後ダンサンデトラーナに行き、アデラに道具を作ってもらいエストラで化け物退治。済んだらダンサンデトラーナの外れにある村へ行く。セラフィマを連れてフルトグレンまで。

 道具が完成してしまえば、すぐに事は済むはずだな。


「道具の完成次第」


 目安としては一か月程度か。


「そんなに?」

「あのな、アニタやマルギットはもっと待たされてるぞ」

「そうだけど」

「トール様が決めたのでしたら」


 どうやらガビィは単独行動を認めるようだ。テレーサはなあ、俺の体が欲しいだけだろうなあ。クリスタもまあ似たようなものか。性豪だし。

 おとなしく話を聞いているのは、ソーニャとミリヤムだ。意外と従順な性格かもしれん。


「正妻のガビィは許可してるぞ」


 なんか悔しそうなテレーサとクリスタだな。


「やむを得ません」

「あたしが正妻だったらなあ」


 結果、単独行動することになったが、もうひとつあった。


「アデラ姉妹だけどな」


 口にする前に「妻ですか。何号になるのですか」なんて言われてしまった。


「何人娶れば気が済むのかなあ」

「俺が望んだわけじゃないぞ」

「分かりますが、それでも」


 全員に節操が無い、と言われてしまう。


「まあでも、トールだからね。放っておけないよ」


 どうせだからこの国の女性全て娶れ、だってよ。

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