Sid.16 村人の女性が持つ秘密

 出身地を聞いたら警戒された。理由は不明なれど凡そ察しは付く。こんな片田舎で生活している、と言うことは中大規模な町では、差別や迫害があった可能性がある。

 それらから逃れるために……なのか?


「ああ、今のは無かったことに」


 何にしても複雑な境遇だったのだろう。探りを入れるようなことはしないに限る。

 少しだけ警戒感が薄れたようだ。青い瞳が俺を見据えているが、あの青さってのはどこかで見覚えが。青とひと口に言っても様々あるからな。

 あ、そうか。例のシリーズが持つ青い魔石だ。同じ色味。


「あ、あの。あなたはウクラチーチェなのですか?」

「え」

「す、すみません。違うのでしたら」


 ウクラチーチェ、つまりはテイマーだと言ってる。この国の言語じゃないし、やはりクリッカがハーピーと気付いてる?


「それとは違うが懐いてる」


 この国には化け物の調教師なんて存在しない。彼女、セラフィマの国には居る可能性があるってことか。

 どうやって飼い慣らしているのか知らんが、化け物を調教しているなら、それは戦力としてだろう。この国よりその点で進んでいると言えばいいのか。


「ガーピヤですよね。不思議です。なぜそれ程までに愛らしいのでしょう」


 ガーピヤ? ああ、ハーピーの異国呼びか。やはり他国出身なのは確かだ。

 どこの国から来てるのか知らんが、国を追われたか連れ去られたか。

 ハーピーは醜い化け物として存在する。それが愛らしいとなれば、不思議だと思うのだろう。


「生まれ方が異なるからだな」

「生まれ方?」


 農作業の最中だったのだろうが、手を止め話をする雰囲気になったな。真っ直ぐ見据える青い瞳は吸い込まれそうだ。しかもやたら美形だし。

 あ、まさか、第五の試練だったり。なわけ無いか。試練に出てくる存在の瞳は赤い。


「卵から孵化させた」


 少し驚いた感じだ。


「どこで卵を入手したのですか?」

「ダンジョンで」


 またも驚いて少し前のめりな感じになってる。ダンジョン攻略の経験でもあるのか、それとも興味を抱いているのか。

 良く分からんが、何とか自然に彼女のことを聞き出せれば。


「ラビリントに入ったのですか?」

「入ってる。何度か」

「力のある冒険者なのですね」


 俺のタグを見ていても分からない、ってことは冒険者ランクも知らない。

 この国の人じゃないなら当然かもしれんが。


「そうでもないが、フルトグレンの閉鎖中ダンジョンを攻略してる」

「凄いです。私は入れませんでした」

「行ったことあるの?」

「あ、そうではなくて、その」


 なあ、そろそろ正体を明かしてもいいだろ。ボロが出てるぞ。

 他国の人なのはすでに分かってる。化け物をテイムできる技術もある国だ。そしてセラフィマは冒険者の可能性も出てきた。

 国境を接してる国は中立国だっけか。その先の国辺りからの亡命者。その可能性もあるわけだ。ひっそり、こんな田舎に住んでいるのだから。堂々と大きな町に行くと身元がバレかねない。

 だから田舎で細々だろう。


 俯いて「私も冒険者になりたいのですが」なんて言い出した。

 冒険者になりたい、つまり憧れがあるのか。体は華奢そうだが魔法が使えれば、冒険者になるのは問題無いだろう。


「ダンサンデトラーナで登録すればいいと思うが」


 顔を上げると「それはできません」って、もう分かった。亡命者だ。身分証を持たない。だから冒険者登録はできない。この国には不法入国してるのだろう。

 だから急に訪れた俺を最初に警戒した。セラフィマの国では、テイムした化け物を連れている兵士も居るのだろう。冒険者だけでなく。


「まあ、言いたくないのだろうけど」


 凡そのことは理解したと言うと。


「それに関してはいずれ」

「今は話したくない、ならそれで構わないが」


 今日は散歩がてら寄っただけで、今後来ないかもしれない、と言うと実にもどかしそうだ。こんな田舎暮らしはしたくないのだろうなあ。

 冒険者に興味があるみたいだし。根無し草の風来坊なんだがなあ。

 なんか拝むような感じで俺を見てる。


「あの、もし迷惑でなければ」


 分かった。連れて行けと。

 ダンサンデトラーナでの登録は無理なのだろう。国境に近いから手配書が回ってたりする可能性も。それとこの国での出生記録も無い。俺もだけど。ただ、俺は最初から冒険者だったわけで。なぜかこの国の冒険者だったし。だから問題無く国を好きに移動できる。

 彼女、セラフィマは冒険者ですらない。そうなると登録するのも厄介だな。


「い、今のは無しです」

「連れて行ってもいい」

「え」

「冒険者登録できる可能性もある」


 ダンサンデトラーナやベルマンは無理だ。だが、フルトグレンならば、あの爺さんギルド長に頼めば誤魔化してくれそうだし。さすがにフルトグレンに手配書なんて、回って来てはいないだろうからな。

 ただ、普通に移動していると身分証が無い。門衛に詰め寄られたらアウトだ。

 そうなると、クリッカに視線を向けセラフィマを見ると。


「何か当てがあるのですね」

「行ってみないと分からんが」


 さて、どうするか。

 今すぐ連れ出すのは無理だが、事前に準備を済ませれば可能だろう。


「少し日数をもらうが」

「え、はい」


 ハンググライダーが完成すれば、彼女を連れて行く目処が立つ。

 空から行けばいいだけで。夜間なら監視の目も誤魔化せるし。往来に人は居ないからな。


「何日後、と確約できないが迎えに来る」

「あ、はい。お願いできるのですね」

「代わりにひとつ条件が」

「なんでしょうか」


 正体を明かして欲しいと言うと。

 かなり躊躇しているなあ。明かせない事情があるのは分かる。何かは知らんが。だが、何も知らない状態で冒険者登録の便宜を、なんてのは無理があるぞ。

 こっちもリスクを負うのだから、隠し事だらけでは協力もできない。


 激しく悩んでいたようだが「あなたは信用できると思いますので」と、どうやら踏ん切りがついたようだな。

 周囲を見回し人気が無いのを確認してるようだ。

 そして向き合うと。


「神聖ボーグプラヴィット帝国はご存知ですか?」


 知らんなあ。


「その国では聖女として崇められていました」


 まじか。

 聖女とかなんか凄い存在だな。


「ですが、ある日を境に」


 何かあったわけだ。悲しそうな表情をして俯いてしまった。


「私は何か間違えたのでしょう」

「間違えた?」

「取り返しの付かないことを」


 深い事情がありそうだ。


「私にはある不名誉な称号を与えられています」


 それが元で国から逃亡する羽目に陥ったと。数名の協力者を得て逃亡したものの、協力者は途中で排除され、命からがら、この国に逃げ込んだのだそうだ。

 反撃するだけの力はある。しかしそれをすれば、不名誉な称号が増えてしまう可能性も。ゆえにただ逃げるのみ。

 その称号ってのはなんだ?


「虐殺聖女」

「え」

「少なくとも五千人は」


 自らの手で殺害していると。

 い、いやいや。五千人?


「何があった?」

「大主教による謀略です」


 内部抗争って奴か。


「聖女が邪魔にでもなったか」

「そうです」


 国の実質的な最高権力者は皇帝に非ず。ボーグ聖教会の総主教こそが、最高権力者であり宗教国家であると。バチカン市国みたいなものか。厳密には違うかもしれんけど。とりあえず民衆向けに皇帝を据え、実権は教会が握ってるってことのようだし。


「処刑されそうになりました」

「まじか」

「ですが、処刑は実行できませんでした」


 聖女が聖女である所以。誰も抗うことのできない神の権能が発動したと。

 この世界に神は存在しない、と例の存在は言っていたけどな。神の権能じゃなくて逃れるために魔法を行使しただけ、と思うのだが。

 五千人を一度に葬れるのであれば、その能力は俺に次いで強力かもしれん。


「使ったのは魔法じゃないのか?」

「分かりません。ですが民衆含め殺害したのは事実です」


 重過ぎるだろ。

 自らの手で五千人も殺害したとなれば。

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