Sid.9 素材の話と今夜の予定
タングステンとボーキサイトを入手したい。
たぶんダンジョンであれば、あると思うのだが。生成条件の異なる素材が、同じ場所に複数転がっていたからな。実に不思議な現象だが、そんなものと割り切れば便利だ。
電機子の素材としてアルミを。レールの素材は銅三割、タングステン七割にすれば、銅だけのレールより耐摩耗性が増す。それはすでに防衛装備庁のデータで立証済みだし。
弾体の初速も一メガアンペアの電流を確保できれば、理論上十キロの弾体を二キロ秒以上で射出可能だそうだ。
ボーキサイトからアルミを取り出すには、水酸化ナトリウム溶液に溶かし、千二百度に加熱し酸化アルミニウムにする。高温の電気炉で還元させるとアルミニウムになる。
水酸化ナトリウム溶液が必要なのと、電気炉? まあ電力は俺が供給すればいいのか。不安定になりそうだけど、炉の方はアデラに何とかしてもらえれば。
ああ、そうだ。
雲母も必要になるかもしれん。ポリカーボネートなんてのが入手不可能ゆえ、絶縁体に雲母を使えばいいわけだ。
いろいろ素材集めから必要になるとは。
そうなると、すぐにでもダンジョンに行きたい。
ただ、ここからだと馬車移動で十日以上は掛かる。クリッカが最高速で飛び、俺が最高速で走れば六時間程度か。休憩を挟んでも十二時間で行けるかもしれん。
ただ、休憩を挟むにしてもクリッカが、どこまで耐えられるかは不明だけどな。
ダンジョン内探索で一日、往復で二日。
やはり最低三日は必要になる。
それでもクリッカが優れていることで、地べたをのろのろ歩む必要は無くなった。これは大きいな。
設計や素材加工に試作とテスト。それらを繰り返す日数も考慮しないと。
凡そ三か月で成果を出さないと失敗扱いだからな。こうなると俺とクリッカだけで移動した方がいい。
全員を連れていると往復だけで無駄に時間が掛かる。
早速、アデラが設計に取り掛かるそうだが、ドリスには素材の加工を頼むそうだ。
そう言えば金属加工をしてるんだっけか。
「苛性ソーダを用意できるか?」
「石鹸を作るのに作り置きがありますよ」
「電気炉も」
と言うと。
「ボーキサイトの入手が可能なのですか?」
「たぶんダンジョンにあると思う」
「ふざけていますね。ダンジョン」
「生成過程の異なる物質が、同じ場所に転がっていたからな」
さすが異世界だと感心するのかと思ったが、呆れているようだ。
「この世界に来た時から思っていましたが」
魔素なんて意味不明な物質が存在し、それが化け物を構成し魔法の元になり、科学を無視したファンタジーだと。
荒唐無稽過ぎて暫くの間、どうにも馴染めなかったらしい。
まあ、科学知識を持っていると、逆に理解不能なものが多いのは確かだ。クリッカの存在もそうだしな。
「異質過ぎるのです」
「俺もそう思ったが、そこは考えるのをやめた」
「そうですね。それが良いのかもしれません」
と言うことでアデラは設計をするそうで、工房に篭もるから明日まで好きにしていていいとなった。
ドリスは素材が集まり次第、加工をしてくれることに。
「じゃあ、明日また来る」
「はい。足腰が立たなくなるまで愛してくださいね」
「えっとだな、そこは善処するってことで」
「期待しておりますので」
期待されてるのか。
しかも報酬はアデラを娶るって、あとでソーニャたちに報告したら騒がれそうだ。それでもガビィは何人でも、と太っ腹さを見せていたし。少々の不満を持たれても受け入れるのだろう。
アデラに挨拶をしてクリッカを伴い、ドリスと一緒に工房を出ると「何の話をしていたのですか?」と聞かれた。
どうやら大半は理解できなかったようだ。
「タングステンとかアルミとか」
「アデラから教わってない?」
「初めて聞きました」
必要のないことは言わないのかもしれん。理解させるにも説明は必要だし、都度、応じて説明するのだろう。
「素材が手に入れば説明されると思う」
普段から金属加工を手掛けているドリスは、作業服が少々薄汚れているし、手も汚れ気味ではあるが姉と同じく美形だ。
そんな彼女が俺を見て「教えてはくれないんですね」と。
「俺は説明が下手だからな。アデラが説明した方が理解しやすいぞ」
きちんと学んで実践してきた人と、興味本位で調べた程度の俺。どう考えても理解度には差がある。ゆえに説明もできない。
多少の理屈を知ってる程度だ。それで説明しようとすれば、無理が来るのも当然。
と言うと。
「そう。じゃあ、あとで姉さんに聞いてみます」
「あやふやな知識は邪魔になるからな」
俺をじっと見つめて「でも、姉さんを除けば誰よりも優秀」だそうだ。
理由は姉が惚れ込み、一目置く存在だからだそうだ。常々原始的な世界だと文句を零しているらしい。
俺もそう思う。この世界は原始的過ぎる。
「その姉さんがトールさんだけは真剣に相手してます」
「まあ、何か知らんが認められたようだ」
冒険者のランクではない、他の要因が大きいのだろうと。
アデラは教養のある人が好みだそうだ。力で押し切る脳筋は好かないとか。いや、それを言ったら俺がまさに脳筋。化け物相手に力押しだし。
まあいい。好かれてるのは確かなようだからな。
「あたしとも結婚」
「え」
「駄目?」
「あ、いや。アデラに相談してくれ」
分かったと言うと「まだ仕事があるので」と自分の工房に向かったようだ。
工房を出てホテルのロビーに出ると、カーリンが受付カウンターに居るが、俺を見ると「あの、本当にそのハルピヤって、大丈夫なんですか」と。
「問題無い」
「懐いてるんですね」
「鳥の習性まんまだ」
まだ少しクリッカを怖がっているようだが、実におとなしく俺に寄り添ってるからな。
その様子を見て「トールさんだから、大丈夫だと思いますけど」と、クリッカから目を逸らしながら言ってるし。
「人の言葉も理解するぞ」
「え」
「話しの内容はある程度理解する」
「あり得ないです」
化け物に人語を理解する知能は無いはず、と言うが、クリッカは理解してる。俺の指示で動くからな。
それでも怖がるのは分かる。ガビィも怖がるし、アニタだって怖がるからな。戦闘ができない人から見れば、どれだけ懐いていても化け物に変わりない。
アデラが怖がらないのは、俺に対する絶大な信頼って奴か?
分からんけど。
「あの、今夜は泊まらないのですか?」
「先約があるし」
「マデレイネですか?」
元案内嬢、現受付嬢の名前ってマデレイネと言うのか。今知ったぞ。
「まあ、それだ」
「仕方ないですね。でも明日は」
「アデラへご奉仕があるんだが」
「私もですよ」
やはり三姉妹丼になりそうだ。腰が無事ならいいんだが。
「もう行くんですか?」
「まだ時間的には早いけどな」
ならば、もう少し話をなんて言ってるし。
話じゃなくて繋がりたいのでは、と思うが仕事があるだろうから、それを口にすることはないのだろう。
「前回放置したからな。今回はきちんと相手をしたい」
「泣くほど悔しがってましたからね」
それは余計なことを言うからだろ。
「じゃあ、また明日来る」
「マデレイネと一緒に泊まればいいんです」
「ああ、そうか」
「姉さんがハルピヤの面倒見てくれますよ」
その手があったか。マデレイネの相手をしている間、クリッカをどうしようかと思っていたが。
怖がらず平然としていれば、クリッカも警戒しないだろうし。
「分かった。あとで来る」
「私も混ぜてくれると」
「あのなあ」
「冗談です。明日に期待してますね」
ホテルをあとにしギルドに向かい、中に入ると華やぐ笑顔を見せるマデレイネだ。
だが、俺に寄り添うクリッカが気になるのだろう。
「トール様。そちらの方も一緒ですか?」
「あとでアデラに押し付ける」
「では私と二人きりで」
「それなんだが、アデラのホテルで」
本来であれば自分の部屋で朝まで、なんて思っていたらしい。
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