Sid.8 顕微鏡と転生者へ頼み事

 アデラには事前に顕微鏡と寒天培地、それとシャーレも用意して欲しい、と手紙で伝えていた。用意できていればテレーサに菌の説明がしやすいし、理解も及びやすいだろう。

 理解が及べば菌の退治と毒素の排出、そして弱った体力の回復だな。

 聖女と呼ばれるかもしれん。

 ソファに腰掛けるアデラだが、少しだけ身を乗り出し説明するようだ。


「顕微鏡ですが」


 これはあれか、無理だったのか。


「対物レンズの倍率は四十倍で、接眼レンズを十倍としました」


 なんと。想定以上の高倍率だな。四百倍ってことか。ならば微生物の観察には問題無しだな。ミジンコどころか、もっと微細な生物の観察も可能だ。

 構造は単純な直筒式で反射ミラーと、コンデンサレンズを使い集光効率を高めているそうで。元の世界の顕微鏡と全く同じ構造。文句なしだ。


「本来であれば千倍は欲しかったのですが」


 レンズ加工技術が追い付かないそうだ。更にレンズの解像度も高められないし、収差の問題解消も難しかったと。計算は難しくないものの加工に無理がある。計算式を書き起こし暫くは悩み抜いていたそうで。結果、標準的なアクロマートレンズが限界だったらしい。

 ゆえに四百倍が限度だったと、少し申し訳なさそうな感じだ。


「いやいや、こっちが想定していた以上の物だし」

「そうですか?」

「最悪はルーペでも、と思ってたからな」

「それでしたら役に立ちそうですね」


 倍率が千倍の顕微鏡であれば菌も観察可能だったが、とりあえず微生物の存在を認知してもらえればいい。四百倍あれば微生物の細胞構造程度は分かるからな。

 まずまずの成果を得たと思う。

 さすがはアデラだ。

 今回顕微鏡を作ったことで、ガラス加工技術が相当向上したと。微細加工ができるようになり、それを元にすれば更に高倍率の顕微鏡も、今後作ることが可能になるらしい。なんか凄いな。戦闘しかできない俺とは比較にならん。


「寒天培地とシャーレですが、こちらはすぐ用意できましたので」


 顕微鏡に比べたら片手間でできるレベルだろう。


「それでですね」


 報酬に関してだが、俺に対して金銭の要求はしたくないと言ってる。


「いや、それだと手間に対して」

「トールさんと婚姻を」

「え」

「すでに妻は居るとは思いますが、私もそこに加えて頂ければ」


 でも住んでる地域が、と言うと「たまに訪れて頂ければ、それで構いません」と、実に殊勝なことを言う。

 でもなあ、冒険者を引退すると、移動の自由が。

 ああ、でもあれか。貴族を引き摺り下ろし民主主義になれば。そのための試練だし。


「じゃあ、当面はそれで」

「婚約の儀も済ませてしまいたいですね」

「公証人は?」

「商業ギルド長と冒険者ギルド長が居ます」


 なんて言うか、いろいろ繋がりがあるのだな。

 婚約が済んだら次に来た時、婚姻の儀を執り行えばいいそうだ。


「それと、トールさんの後ろに居る存在ですが」

「驚かないんだな」

「貴族と懇意にさせて頂いているのですよ」


 知らないわけがないと。そして実行できるのは俺しか居ないとも。

 当然、魔法学院の教員では、ハーピーレベルを生み出すのは不可能だろと。


「魔法学院の教員には教えたのですか?」

「ゴブリンをクリスタが生み出して、それをサンプルとして渡した」

「そうですか。ではそれが限界でしょう」


 化け物部隊の創設は無理だろうと。


「もう少しヒントを与えないと」

「そうか。でもそうなると俺が」

「そうですね。ではクリスタさんに」


 人身御供になってもらうしかないと言ってる。

 いや、それは可愛そうだし、貴族や教員に扱き使わせるのも悪い。


「俺に心底惚れてるし」

「そうですか。では、私が理論だけを教示しておきます」

「大丈夫なのか?」

「魔法は使えませんが、理屈はトールさんが教えてくだされば」


 いや、そうじゃなくて。


「分かると知れば」

「問題ありません。理論だけで私には生み出せないので」


 論文形式で貴族に渡しておくそうだ。

 そのためには俺から少し教えてもらう必要があると。けどなあ、俺も感覚的なものだし、理屈ならクリスタの方が得意そうだし。

 まあでも、顕微鏡を作ってくれたからなあ。ここは何かしらお返しが必要だ。


「分かった。俺の分かる範囲で」

「構いません。不足分はトールさんの記憶を読み取らせてもらいます」


 ああ、そうだった。記憶を読み取れるんだよな。


「ではまず、そこのハルピヤを見せて頂けますか?」


 ここで披露するのか?


「誰も来ない?」

「そうでした。人には見せられませんね。では工房の方へ」


 カーリンには受付に居てもらい、アデラとドリスに俺の三人で工房に向かう。

 工房には職人が複数居るが、アデラ専用工房とドリス専用工房がある。とりあえずアデラ専用工房で見せることに。

 外套を脱がせると折り畳まれた羽が目立つな。

 まじまじと見つめるアデラだ。ドリスは少々恐れているが、姉が堂々としていることで、カーリンのように腰を抜かすことはなかった。


「見事ですね。ですが、なぜ愛らしい姿なのでしょう?」

「それは、俺のイメージが反映されたと言えばいいのか」


 クリッカが生まれた際のことを詳細に説明するが、やはり感覚的な説明だと分かりにくいようだ。俺に理屈を求められてもな。そこまで優秀じゃない。

 結局、アデラの胸に手を当て、柔い感触を愉しみつつ記憶を読み取られた。


「よく分かりました」

「そうか?」

「忘れない内に論文にしておきます」


 柔い感触が無くなったが「今夜は先約があるのですね」と言われ、明日ならと言うと嬉しそうだ。

 まあ二泊三日なら問題あるまい。予定通りと言えばいいのか、予想外にクリッカが高速で飛行できたからだ。クリッカが一時間最高速で飛行し、俺が普通に走れば二時間で着くからな。


「あ、そうだ。もうひとつお願いがあるんだが」


 こっちが今回の本命だ。


「なんでしょう?」

「図面を引いて欲しい」

「図面? 何のですか?」

「ハンググライダー」


 二つ返事で引き受けてくれるようだ。


「他にもありますよね」

「レールガン」

「原理は単純ですが問題は強度面と絶縁体ですね」

「二発か三発放てればいい」


 電力は俺のブリクスト。高電圧で大電流の必要はあるが、大丈夫だろうと踏んでいる。


「長さは?」

「俺が持てるサイズ」

「あの、それだと」

「二メートル以内なら」


 ミサイルでも撃ち落とすのかと言われたが、クラーケンが相手なら必要だと思うそうだ。

 分かってるなら話は早い。

 二発で足りるのかと言われるが、可能なら撃てるだけ撃てればと思う。とは言え、こっちには素材も無ければ、加工技術も無いからなあ。

 弾体に関しても電機子アーマチュア装弾筒サボ弾芯ペネトレーターと言った構造になる。自衛隊のレールガンはそんな構造だったな。導電素材じゃないと意味が無いし。


「タングステンがあれば、強度不足を補えるのですが」

「無いよなあ」

「アーマチュアにアルミを使えれば」

「それも無いんだよなあ」


 とりあえず設計図は作成しておくそうだ。

 それにしてもレールガンも知ってるとは。俺の居た世界と同じ科学技術レベルだな。元々何をしていた人だったのだろうか。何かしらの技術者だったのかもな。高度な知識を持ってるし。

 複数ある並行世界の内のひとつ。アデラもまた俺とは異なる世界から来ている。

 お陰で助かるな。


「ペネトレーターの重さは?」

「重い方がいいんだが、強度の問題もあるしサイズもか」


 この世界の素材で八発から十発放てる程度で考えるそうだ。

 早速、今夜から取り掛かるそうで、代わりに明日は目一杯愛してください、だそうで。

 金を積んでの礼なら簡単だが、そうじゃない礼は以前の俺なら難しかったな。さすがに経験を積んだ今なら、アデラを喜ばせることも可能だろう。

 あ、そう言えば。


「タングステンならダンジョンにあるかもしれん」


 持ってきてくれれば加工はするそうだ。

 どうせ行くことになるからな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る