Sid.7 元案内嬢と元受付嬢と
どうにもスーペラティブってのは、どこに行っても疑われるな。アヴァンシエラですら疑われるのだから、その上ともなるとお飾りの称号ゆえか。
だが、俺のことを覚えていたようだ。
「そう言えば見覚えがあるな」
前回は商人と一緒だったが今回は、と俺の隣に居るクリッカを見て、少し顔をしかめてるようだが。顔を見れば人だが体はなあ。外套で誤魔化してはいても、どうにも不自然な感じになるからな。
「太ってるのか?」
「まあ、少々大食らいだからな」
「そうか。まあいい」
入町税を支払い門を潜り抜ける。
町に入る寸前で「厄介事は起こすなよ」と言われた。気付いてるのか? クリッカが人ではないと。
門衛に背を向けたまま手だけ振って、町中へと歩みを進める。
久しぶりの町だ。俺的には舞鶴、なんて勝手に思っているが、意味は似たようなものだし。
ああ、そうだ。冒険者ギルドに寄ってみよう。近く縮小されて冒険者も減らされる、なんて前回言っていたし。平和な町らしいからな。冒険者なんて殆ど不要で、カーリンはアデラの宿で手伝いをするとか。
受付嬢も減らされてるとなれば、案内嬢も居ないかもしれん。
少し街中を歩くと以前見た市場があり、南国フルーツやらスパイスが売られている。
クリッカが物珍しそうに、辺りを見回しているが、足が止まるとコーヒーの実を見てる。
「興味あるのか?」
クリッカに声を掛けると俺を見て、羽で示そうとするから慌てて止める。外套から羽が出たら大騒ぎになるからな。
露店のおっさんにコーヒーの実を一キロ、と言うと「珍しいな。こんなの買う奴は早々居ないぞ」とか言ってるし。以前も来た時に買ってるんだがな。布袋に詰めて手渡され金を渡す。
「そう言えば前も来たか?」
「随分前だけどな」
「こんなの買う奴だからな。やっぱりそうか」
実を食うのかと問われ、実を取り除いて豆の状態にし、乾燥焙煎し細かく粉砕し湯で抽出する、と言うと。
「食うわけじゃないのか」
「実も食えるが飲み物にした方がいい」
「どんな飲み物になる?」
「茶褐色で苦みはあるが香りの良い飲み物だな」
手順を詳しく教えろ、と言われ教えると追加でコーヒーの実を一キロ渡された。
「いいのか?」
「試して良かったら売れるだろ?」
「その可能性は十分ある」
「売れるならな、この程度は」
少し甘みを足したりミルクを入れると、苦みが和らいで飲みやすくなる、とも言っておく。さらに、実を取り除き乾燥させておけば、何か月でも持つことも伝えておいた。輸出元で生豆の状態に加工させて輸入すれば、あとは焙煎して豆を挽けばすぐ飲めるからな。
どこでそんな知識を、と聞かれたが、適当に誤魔化すしかない。人伝にと言っておいたが。
ついでに眠気覚ましになるのと、寝る前に飲むと寝つきが悪くなる、排尿を促す作用があると言っておいた。カフェインの作用だ。この世界の住人は知らないだろうからな。
これで、この世界でもコーヒーが飲まれるようになるかもな。
最初は泥水なんて言って忌避される可能性もあるが、一度飲めば嵌まること間違いなし。多少の依存性もあるし。
コーヒーを買って、おっさんとの会話を終えるとギルドに向かう。
見覚えのある建物。
こじんまりしてるんだよな。
扉を開けると正面にデスクがある。だが、案内嬢は居ないのか。ちょっと残念だな。
白い壁と天井、グレーの腰壁。ダークグレーの床。以前と同じだが。
右奥を見ると受付カウンターがひとつだけ。そこに居た女性は見目麗しい、あの案内嬢だった。
目が合うと驚いてるなあ。
傍に行くと目を潤ませ「抱いてください」って、いきなりそれか。
「待ち焦がれていたんです。今夜は私を」
「えっとだな」
「溢れてびしょびしょになりました。責任取ってください」
まあ仕方ない、と言うか少し期待していたし。やたら美形なんだよな。抱けと迫ってるのだから、ご相伴に与るのが筋と言うものだ。
いや、カーリンはどうしたか聞こうと思ってたんだ。
「カーリンは?」
「退職しています」
「そうか。じゃあアデラの宿?」
「そうみたいです」
ギルドを出ようとすると「そちらの方は?」と、前回見た時には居なかったことで気になるようだ。それと他のメンバーはどうしたのかと。
「他のメンバーはグルヴスタッドに居る」
クリッカは俺が保護している、と言うと。
「とても愛らしいですね。トール様の趣味ですか?」
「いや、違う」
夕方には業務が終わるから、ギルドに来て欲しいと言われ、頃合いを見て来ると言っておいた。
ギルドを出るとクリッカが、布袋に顔を近付けてるし。そう言えば興味を示していたんだっけか。
「興味あるのか」
にこっと微笑み袋に顔を擦り付け、開けろと催促しているような。
袋を開け中身を幾つか掴んで取り出すと、勢い齧り付いて食ってるし。今まで魔石以外に関心を示さなかったのに、なぜコーヒーの実に関心を示し、更には食うのか。
つくづく化け物の思考や生態は分からん。
それにしても、丸呑みするのだな。その点は鳥そのものだ。
「パパぁ」
もっと寄越せってか?
まあ全部で二キロあるし。一キロ食われても問題は無いな。
追加で食わせると片っ端から飲み込んでる。半分程度食らうとゲップをして、笑顔になってるし。
「満足したか?」
笑顔を見せるから満足したのだろう。
人の言葉は認識して理解してる。しかし言葉は「パパ」意外に発しない。六歳児程度でいいから会話を交わせればなあ。
暫く歩くとアデラの宿に着いた。
以前見た時と同様、飾り柱と彫刻が施された外壁。実に豪華なホテルだな。
木製の重厚な扉を開けて中に入ると、ルネッサンス様式の如き内装だ。少し進むとカウンターがあり人が居て、俺に気付くとカウンターから飛び出してくる。
久しぶりのカーリンだ。
「トールさん!」
実に嬉しそうだなあ。傍に駆け寄って来て「どうしたんですか? 急に来てくれて嬉しいですけど」と言ってるな。
クリッカに視線を移すと「あの、こちらの方は?」と疑問を抱いたようだ。
「クリッカ。俺が保護してる」
「保護?」
顔を見て上から下まで見ると「目の色」と気になってるようだな。
まさかハーピーとは言いにくいが、それでも説明しておいた方がいいか。
「実はな」
ハーピーだ、と言うと腰が抜けたか? 転がって恐怖心を抱いているような。
声すらも出ないのか。
「安心していい。人には一切危害を加えない」
「あ、え、あの」
「アデラにも説明しておきたい。居るか?」
手を取り立ち上がらせるが、かなり震えているようだ。まあ仕方ないな。戦闘職ではないから恐れるのも已む無し。戦闘経験があればハーピーは、そこまで脅威ではないし。メランニーヴォレベルなら、ハーピーの討伐だってできるからな。
俺が居る以上、化け物如き好きにはできない。軽く捻り殺せるわけだし。それを言うと多少は落ち着いたか「トールさんの言うことなので、そこは信用しますが」と言いながらも、クリッカから距離を取ろうとしてるし。
「アデラを呼んで欲しい」
「あ、じゃあ、待っていてください」
足早に離れるとカウンター横の扉を開け、中に入って行った。
クリッカを見ると膨れてるな。あまりに怖がられて心外って奴かもしれん。まあ、そこらの化け物と違って知能は高くなってる。会話内容も理解するからな。
「アデラなら大丈夫だと思うぞ」
べったり体を寄せて顔を上げ「ぴぃ」なんて言ってるし。
少しして扉が開くとカーリンに続いて、アデラとドリスまで出てきた。
俺を見ると「お久しぶりです。そちらがハルピヤなのですね」と、やはり落ち着いた感じで傍に来る。
前に立つと「そちらのソファでお話ししましょう」と、ロビーにあるソファに腰掛けるよう促された。
互いにソファに腰を下ろすと、カーリンとドリスもソファに腰掛ける。
「まずは顕微鏡と寒天培地でしたね」
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