Sid.6 予定とは異なる行動に
全員が起床すると一度商人と合流しておく。
商人の泊まる部屋の前に行くと、すでに起きていたようで「おはようございます。今日の予定は?」と聞いてくる。
まずは朝飯を食って俺の頭の中にあるものを、具体化してくれる腕利きの鍛冶屋を探したい、と言うと。
「どのようなものを」
「えっとだな」
口頭で説明しても無理だ。絵に描くと意味不明と言われる。
それでも一応言ってみる。
「空を飛ぶ翼だ」
「翼?」
「まあ、見た目はそうだな」
幅は最大で十メートルくらい、三角形の翼またはブーメランのような、と説明しても理解は無理だろう。フレームは鍛冶屋で作れるとして、セイルとなると布製になるな。フレームに関してはアルミ合金がいいのだが、この世界では入手不可能だし。結局は鉄を使うしかない。セイルもポリエステルが軽量でいいんだが、入手不可能だ。ダブルサーフェスが希望だが、無理ならシングルでもいいか。
まあ、重量はあっても魔法で補助するから、その辺は問題無いと思ってる。
少し考え込んでるようだ。
「あとは布だが帆布がいい」
丈夫だからな。破けたりしたら目も当てられない。
「帆布、ですか。それでしたらエストラで手に入りますよ」
鍛冶職人に関しては紹介するそうだ。俺の要望に応えられるかは不明だそうだが。
ああ、そうだ。ダンサンデトラーナに居るアデラなら、名称を言えばすぐ理解してくれるよな。作れるかどうかは別にして。
図面くらいは引けるかもしれん。
あ、もうひとつのアイテムもアデラなら理解できそうな。これはあれか、ダンサンデトラーナに行って、図面を引いてもらってから再度、ここに来た方がいいかもしれん。
「これからダンサンデトラーナには行けないか?」
「え。ダンサンデトラーナ、ですか?」
「無理ならいいんだが」
「四日は掛かりますよ」
四日。
順番を間違えたな。最初にダンサンデトラーナに行き、アデラの協力を仰いだ上でグルヴスタッドに来ればよかった。そうすれば移動に余計な時間を取られず済んだ。
「では、こうしましょう」
とりあえず装備品を注文しておいて、ダンサンデトラーナに行き、そこで用を済ませたらここに戻ると。ただ、その場合は商人のスケジュール上、ダンサンデトラーナには長くは滞在できないと。
「二日くらいでしょうか」
「そうか」
俺ひとりなら四日掛かる行程も四時間だな。
四時間走り続けることができれば、だが。まあ途中で休憩を挟んでも、半日で行けるだろう。一時間程度は走り続けられると分かってるし。
無駄が多くなるから、俺だけで行った方がいいな。
「いや、やはりそれは無しで」
「いいのですか?」
「俺が走れば一日で行ける」
引いてる、って言うか全員引いてるし。
「トール。無茶苦茶」
「なんか、どんどん人間離れしてきます」
「トール様。走るとは?」
「四日を一日って」
呆れ返ってるし。
「クリッカはどうするのです?」
「そうだな。連れて行く」
とりあえず俺とクリッカだけで、一度ダンサンデトラーナに行くことにした。
往復で二日。現地で一日滞在したとしても三日だ。装備もひとつくらい出来上がってる頃だろう。
「あたしたちは?」
「適当に遊んでいてくれて構わん」
「トールが居ないのに?」
「みんなで行くと無駄が多い」
まずは鍛冶職人に装備の依頼をしておく。
商人の案内で職人の工房に向かい紹介され、ウーツ鋼で装備を作ってくれるようだ。
髭面で濃い顔のおっさんだったが、愛想は悪くないし気前の良さもあった。
ただ、金額面では容赦がなかった。仕方ない。ウーツ鋼が量産できる体制でも無いからな。
工房をあとにしクリッカとダンサンデトラーナに向かうが。
商人が、この町でじっとしてるわけがなかったな。
「三日ですか?」
「そうだな」
「それでしたら、私は一度エストラで帆布を仕入れておきますよ」
「じゃあ、リーリャユングフルのメンバーを護衛で使ってくれ」
安全確保のためだ。俺が居なくても今のメンバーなら、街道に出現する化け物程度は楽に排除できるからな。クリスタなら手数が少し多くなるが、ミノタウルスだって倒せる。外に湧き出す化け物なら敵じゃない。
町の外でぞろぞろ見送りする面々だ。
「本当に走るんだ」
「走れると踏んでるからな」
「クリッカに運んでもらうとか」
「それは負担が大きいだろ」
俺とギガントソードで二百六十キロくらい。短時間なら可能でも長時間は無理だと思う。
四百キロの鹿を持ち上げたが、あれは短時間だったからな。
「じゃあひとっ走りしてくる」
俺が走り出すとクリッカは飛び立つ。クリッカの外套は俺が纏っておく。
土煙を巻き上げ空に舞い上がるクリッカ。そして地面を蹴って勢い進む俺だ。
山道を転がるように突き進むと、すぐにグルヴスタッドは見えなくなった。
上を見ると飛行するクリッカが居て、俺の速度に合わせてるようだな。
あ、そうだ。試してみよう。
「クリッカ」
立ち止まって声を掛けると降りてくる。
「俺を抱えて飛べるか?」
首を傾げているが飛び上がると、鉤爪で俺の肩を掴んだ。少し突き刺さる感じはあるが問題は無いな。周囲に暴風が発生し浮かび上がると、俺も魔法を使い上昇気流を発生させる。
難なく舞い上がり上空二百メートル程度に達すると、水平飛行となり速度を上げるクリッカだ。
これでクリッカが疲れて落とされたら死ぬかもしれん。ただ、万が一落下した際の対策は考えてある。
眼下に流れる景色からの推測だが、速度は百キロを超えてそうだ。
俺が走るより速い。これを維持できれば二時間半で着くぞ。
だが、さすがに甘かったようだ。
ピイピイと情けない声を出して、歯を食い縛りながら飛ぶクリッカが居る。
「一旦休憩しよう、下りていいぞ」
速度を落とし街道沿いに着地すると、へばるクリッカが居る。
凡そ一時間程度経過してる。どの程度休憩すれば回復するか。まあ、俺は楽できたから、クリッカを抱えて走ればいいだけのことか。
「よし。今度は俺の番だ」
外套を纏わせクリッカをお姫様抱っこだ。やはり軽い。骨の構造が人とは違うからだな。せいぜい四十キロ程度だろう。衝撃に弱そうだし。
抱えるとなんだか嬉しそうだな。にこにこして顔を胸元に埋めてくるし。
走りだすと前方に視線を移し「ぴゃああ」とか言ってるし。楽しんでるよなあ。
しかし、これ、客観的に見て化け物コンビだな。俺も化け物染みてる。
流れる景色で凡その速度は分かる。以前と同様六十キロくらいだろう。これなら一時間走り続けられる。
途中で三十分程度休息を取れば、また一時間は走れる。町が近付いたら徒歩で向かえばいいな。
途中、馬車を一台追い抜いた。
驚いてるのだろうなあ。人があり得ない速度で走ってるのだから。
一時間程でやはり疲れが出てきて、速度を落とし歩くことに。
クリッカを下ろし一緒に歩くが、外套を落とし飛び上がって俺を掴もうとする。
「なんだ? 飛べるのか?」
首肯してる。そうか、一時間程度休めば飛べるのだな。
「じゃあ、頼むとするか」
笑顔になると鉤爪で俺を掴み、再び上空へ舞い上がると水平飛行に。
一気に加速し今度は百キロどころじゃない。二百キロは出てるだろ。少し怖いぞ。
当然だが、その速度であればダンサンデトラーナが、すぐに視界に入ってくる。
「下ろしてくれ」
指示を出すとゆっくり降下し着地する。
ここからは徒歩で向かう。飛んでいるとクリッカが化け物とバレるからな。
外套を纏わせ歩くこと十五分で、南端の港町ダンサンデトラーナに着いた。
「久しぶりだ」
クリッカを見ると首を傾げているが、以前来たからな。アデラやカーリンにドリスは元気だろうか。
三姉妹丼なんてあり得ない状況になったし。
今回も行くときっと食われ捲るんだろう。
門衛にタグを見せると「偽造したのか?」と問われた。
「詐称は強制労働だろ?」
じろじろ見てるし。
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