Sid.3 契約と久しぶりの受付嬢

 ラスムスだが運が良かったと言ってるな。


「実に都合のいいタイミングで、英傑クラスが来てくれた」


 暴虐の魔女を倒せるのだから、クラーケンと言えど難なく倒せるだろうと。

 いや、地べたを這いずり回る奴ならともかく、水中に潜られたら手出しできないだろ。元の世界のように魚雷でもあれば別だが。そもそも水中でも効果を発揮する魔法なんてあるのか?

 ブリクストをぶち込んで、どの程度効くかも分からんし。

 周囲一帯の魚類も纏めて感電死するぞ。こっちは水に浸かるわけにもいかないし。


 ソルフランマならば核融合だから、水中でも効果を発揮しそうだが。

 ただ、周辺海域の水温もそうだが、蒸発する水の量は半端無いだろう。一気に沸騰するだろうし水蒸気爆発に至るかもな。

 その場合、津波だって発生しかねない。沿岸に押し寄せたら、それこそ被害甚大になる。


 契約書を読むと船の損失は三隻まで。失敗してもお咎め無し。その場合の報酬は滞在中に掛かる経費のみになるようだ。

 成功報酬は最大で百五十グルドと記載してある。クラーケンの討伐完了で三日後に報酬を支払う。なお、報酬は非課税。ただし、他の町に持ち込めば課税される。

 ベルマンに報酬を持ち込むと、四割五分持って行かれるってことか。

 だからエストラに拠点があれば、ってことなのだな。

 依頼を引き受けたら三か月以内に遂行すべし、となっている。三か月を過ぎて尚も取り掛からない場合は、契約の破棄により報酬は一切無し。この場合は二年間、エストラでの依頼を受けられないペナルティ付き。

 あるじゃん、ペナルティ。とは言え、一度はクラーケンに立ち向かえば、依頼を熟したとするようだし。


 報酬に関しては、まあ、拠点はベルマンだし。住居があるからなあ。

 多少は分散してエストラに残しておいてもいいが。


 契約書にサインをして一枚は俺の控え、一枚はギルド保管。もう一枚あるが領主が保管するようだ。

 複写なんて無いから、計三枚にサインをしてラスムスに渡す。


「これで正式な契約となった」


 あとで控えは渡すそうだ。

 グルヴスタッドに用があるなら、そっちを先に済ませておけばいいと。

 用が済み次第、こっちに取り掛かってくれとか言ってるし。


「ダンサンデトラーナに行く予定だったんだが」

「スケジュールに余裕は?」


 何とかなるか。ダンサンデトラーナでは何日滞在するか不明だし。顕微鏡が完成していれば、それほど長居する必要もない。未完成だった場合は、ベルマンに戻ってフルトグレンに行く必要はあるだろう。

 そうなると二か月程度は何もできない。


「グルヴスタッドから戻り次第、討伐をする」

「ならばそれで構わない」


 船は出すと言ってる。操船に必要な人材と海上護衛者も複数名。


「それなんだが」

「不足するのか?」

「いや、考えていることが実現可能であれば」


 船は要らない、と言っておく。

 かなり驚いているがクリッカを見て「ハルピヤが君を運べるのか?」と。


「試してみないと」

「無理だろ」


 まあ普通に考えれば物理的に無理、ってのは分かる。持つことのできる重さには限度があるからな。ギガントソードを背負った俺だと、総重量は二百六十キロを超える。一般的なハーピーに人を持ち上げる力は無さそうだし。骨の構造が鳥そのものだったからな。自らを軽量化してる。

 しかしだ、クリッカは魔法で飛ぶ。だから可能性はあると踏んでるわけで。

 俺と同等の風魔法を使えるからな。俺自身も風魔法を重ね掛けすれば、クリッカに掛かる負担は少ないはずだ。


 それとグルヴスタッドには、腕のいい鍛冶職人が居るらしいし。せっかくだから道具を作ってもらおう。

 上手く行けば空中でクラーケンを叩ける。敵に有利な海上で戦闘をする気はない。


「考えがあるからな」

「教える気は」

「上手く行けばお披露目できる」

「そうか」


 正式な契約を結びギルドをあとにするが、フェリシアがな。


「あの、また家に来て頂ければ」


 誘われるわけで。

 ソーニャたちを見ると「どうせやるんだから、断らなくていいのに」だそうだ。

 ああ、そうだった。フェリシアの家、には行けない。クリッカが俺に付いて来るからだ。


「フェリシア」

「はい」

「ホテルで」

「え、あの、ホテルですか?」


 クリッカをホテルに置いて行けないし、俺から離れることもない、と言うと「では、トール様の宿泊するホテルで」となった。

 ギルドの業務終了次第、商人が予約していたホテルに来るよう伝えておく。


「あとでな」


 一旦フェリシアと別れ、予約済みのホテルに行くと商人がロビーに居て「ギルドの用は済みましたか」と聞いてくる。

 依頼をひとつ受けたことと、明日はグルヴスタッドに行き、そこで鍛冶師に道具の作成依頼をする。どの程度でできるか分からないから、数日程度滞在する可能性があると伝えると。


「今回はトータルでスケジュールを組んでいますので」


 最終的に帳尻が合えばいいそうだ。

 こことグルヴスタッドで時間を食うと、ダンサンデトラーナの滞在日数が減るのか。まあ已む無しだ。もし顕微鏡が未完成なら、改めて行くようにするしかないな。

 だが、道具次第では俺とクリッカだけで、好きに移動できる可能性はある。

 時間も大幅に短縮できるからな。


 商人は部屋で休むようで「では明日」と言って、ロビーから移動したようだ。


「トール。あたしたちは?」

「先に部屋に行って構わないぞ」

「待つのですね。あの受付嬢を」

「居ないと困るだろ」


 じゃあ一緒に待ってるとか言うテレーサだ。クリスタも待つとなれば、他の面子も同様にロビーで待つようで。全く、こいつら俺から離れようとしない。

 クリッカと同じなんだよ、そこは。


 小一時間ほど待っているとフェリシアが来た。

 まだ終業まで早い気がする。


「早いな」

「ギルド長に追い出されました」


 なるほど。

 恋する乙女に気を利かせたってことか。

 まあ、それならそれで。

 気を利かせて部屋までエスコートなんて、洒落た真似をしようとすると、後方で茶化す面々が居るんだよ。


「トールがケッタイなことしてる」

「トールさん。無理はしない方がいいです」

「なんかあんまり似合ってない」

「トール様。私にも同じように」


 ひとりは元貴族だからな、エスコートは当たり前だったんだろう。それ以外は失礼な奴らばっかりだ。

 部屋に向かい入ると四人部屋のようだ。

 誰が同室になるかで、暫し廊下で揉めていたが。


「クリッカは俺と一緒だ」

「じゃあ、あたし!」

「テレーサは絡み過ぎだから、遠慮した方がいい」


 ソーニャに窘められるテレーサだな。確かにテレーサとクリスタは旺盛過ぎる。

 結果、ソーニャとフェリシアにクリッカと俺が同室となった。事の最中にクリッカが暴れても大丈夫なように、だ。

 ソーニャなら仮にクリッカが室内で暴れても、簡単に制圧できるだろうからな。

 クリスタは魔法だから部屋が壊れかねない。

 少々の怨嗟の声を背中に受け、部屋に入ると早々にフェリシアが、着ている服を脱いでしまう。


「ずっと、長い間待っていました」


 だろうなあ。盗賊討伐から相当な日数が経ってるし。いつ来るのかと首を長くして待っていただろうからな。

 それにしても、やはりフェリシアの姿態は美しい。肌の白さだけじゃないな。

 ベッドに寝そべり誘うフェリシアが居る。

 クリッカを監視するソーニャ。あとでソーニャも相手をしてあげよう。クリッカが暴れることはないはずだし。


「あの、その腕は」

「取り外しできる」


 義手は取り外さないとフェリシアが血塗れだ。抱き締めたら体中刻んでしまうからな。操作によってはダガーまで飛び出す代物だし。

 義手は外してベッドサイドに置き、あとは久しぶりのフェリシアを堪能する。

 やはり抱き心地が実にいい。


 事が済むとフェリシアも泊まるようだ。


「帰らないのか?」

「一緒に居たいです」


 ソーニャの相手、と思ったのだが無理か。

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