Sid.2 港町で依頼を受ける

 後ろに控える女性たちを見ると、言ってしまえ、なんて感じだ。

 行く先々で口外してたら貴族の耳に入るだろ。そうなったら、あとが面倒過ぎて目も当てられない状況になるのは確かだ。

 フェリシアに向き直る。


「ダンジョンで」

「え、あの、ダンジョンってフルトグレンの?」

「そうだ。ただし、閉鎖中のダンジョンだけどな」

「は、入ったんですか?」


 閉鎖中のダンジョンから命からがら帰還した、なんて言ってみるが。


「トール様でも苦戦するのですね」

「まあ」


 どうやら信じてくれそうな感じだな。

 やたら心配して「もう痛くはないのですか」だの「不便はないのですか」なんて聞いてくる。俺の義手に手を添えて見つめてるし。

 暫く、そんな感じで気遣っていたが、女性の数が増えていることと、ガビィが居ることで少々目を丸くしてるようだ。


「あの、ガブリエッラ様とは、どのような」


 家を捨てて俺に付いて来たと説明しておく。ついでに正妻になったとも。さすがに驚きを隠せないようで「貴族のご令嬢と」なんて口にしていたが、貴族じゃなくなってるのだがな。

 ミリヤムは、ベルマンのギルド長から紹介された、軽量運搬賦役だと説明するが。クリッカだが、どうしたものか。


「身寄りのない子で俺が引き取った」


 じっと見つめてる。クリッカを。


「とても愛らしい人ですね」

「まあ」

「カフタンの下に何を持っているのですか?」


 やっぱり少し不自然だよな。羽を折り畳んではいても、何か身に纏っているのか、それとも太っているのかと。

 勘繰られると誤魔化しが効きにくいな。


「トールさん。ギルド長に話をしておけば、いいと思います」

「あ、ああそうか」

「ギルド長ならある程度知っているのですよね」


 クリスタの言葉でギルド長を呼んでもらい、場所を変えて説明すると言うと。


「では呼んできますね」


 フェリシアが呼びに行くと、少ししてカウンター奥の部屋から一緒に出てきたようだ。確か名前はラスムスだったけか。俺の元の年齢と同じくらいで、立派な口髭を蓄えたダンディーなおっさんだ。

 俺を見て「その腕は?」と早々に疑問を抱いたようだな。

 ダンジョンで落とした、と言うと「アヴァンシエラでも、いや。そのプレート」と気付いたようで。


「スーペラティブ?」

「まあ」

「どこで昇格した?」

「ベルマン」


 何をすれば、などと聞くこともなく「別室で話を聞こうじゃないか」と、別室に連れられることに。

 他のメンバーも一緒に入っても良いのか聞くと。


「お嬢様までいらっしゃるのか」


 断っても無意味そうだから一緒で、となった。

 領主やら貴族と会談する部屋に案内され、中に入ると豪華なソファがあり「座ってくれ」と言われ、俺は腰を下ろすが他のメンバーは立っている。フェリシアも居るが受付はいいのか?

 腰掛ける俺の真後ろにクリッカは立っているようで。

 ラスムスが腰掛けるとガビィにも着席を促すようだ。


「お嬢様もどうぞ」

「あの。私はすでに貴族ではありません」

「以前もそう仰っていました」

「ああ、それだけど」


 レードルンド家から追放され、今は俺の正妻になっている、と言うと驚くラスムスだ。


「では名実ともに平民に?」

「まあ名目上は」


 軽いため息を吐くラスムスだが、俺の後ろに立つクリッカを見て「成功例か」と。

 やはり知っているのか。


「なるほど、スーペラティブだな」

「いや、これは少し違って」

「暴虐の魔女か?」


 これも知ってるのかよ。


「話しは漏れ伝わるものだ」


 だよな。あれから結構な時間も経ってるし、冒険者が方々で口にするわけで。酔った上で、だろうけど。


「偉業を成し得たのであれば、スーペラティブの称号も当然だな」


 腕を失ったのはその時か、と聞かれるも違うのだが頷いておく。

 俺の腕を見ていたがクリッカに視線を向けると「その娘だが、元はなんだ?」と聞かれた。

 まあ、分かっているようだし、隠し立てする気も無いからな。


「ハルピヤ」


 この言葉にラスムスは平然としているが、フェリシアは仰け反り壁際まで、一気に後ずさりしてるし。やはり非戦闘職だと怖がるよな。抗う術を持たないから。


「慌てるな、フェリシア。充分飼い慣らされてる」


 俺が連れている以上、何ひとつ問題は無いと言い切ってるし。


「暴虐の魔女を倒した冒険者だ。ハルピヤ程度は指先ひとつで倒せるだろ」


 さすがにデコピン一発で伸せるとは思わんぞ。殴れば吹き飛ぶだろうけど。

 ただ、暴虐の魔女と聞いて、やはり驚くフェリシアだな。ラスムスを見て俺を見て「現代の英傑様なのですね」とか言い出すし。その言い方はやめて欲しい。

 暴虐の魔女を倒したと知ってか、クリッカを恐れなくなったようだ。


「それで、貴族には報告済みなのか?」

「いや、魔法学院の連中にゴブリンの成功例だけを」

「まあ、察した」


 確実に化け物部隊を作らされる。全ての自由を奪われた上でだ。ゆえにクリッカの件は報告しなかったのだと。

 ラスムスってのは勘が鋭いのか、やたら察してくるな。


「それにしても」


 百人を超える盗賊を一網打尽にした時点で、とんでもない存在だと思ったそうだ。

 あれは俺ひとりじゃ無し得なかったのだがな。仲間の協力あってのことだ。ガビィの側付き兵士は実に有能だったし。さすが対人戦に特化した連中だけのことはある。

 彼女らが居なかったら、あれほどの成功は無かっただろう。


「それで、今回は何の用で」

「グルヴスタッドに行く途中で寄っただけだ」

「そうか。できればエストラを拠点に、と思ったが」


 少し体を前のめりにして、神妙な面持ちをするラスムスだ。


「実はな」


 漁船が襲われることが増えてきたと。


「海賊?」

「いや、モンスターだ」

「海上護衛者が居るだろ」

「手に負えない」


 クラーケンに襲撃されることが増え漁業に、深刻な影響を生じてるらしい。


「他にもレヴィアタンやフェーユングフルの目撃情報もある」


 まさかと思うが、俺に何とかしろと。

 陸ではそれなりの働きはするが、海上で同じ働きはできないぞ。経験も無いし。足場の悪い場所でまともな戦闘ができるとは思わん。


「無理強いする気はないが、それでも英傑クラスであれば」


 このままだと町の維持すら困難だと。

 領主自らギルドに頭を下げに来て、最低限クラーケンだけでも討伐を、と言われているそうだ。

 領主が頭を下げるなどあり得ないわけで。貴族だからな。ギルド長とは言っても平民だ。


「船だがガレオン船であれば三隻程度潰しても構わん」


 領主から船の損失は大目に見る、とも言われているらしい。

 相手が相手だから、最大で三隻の損失までは問題視しないとも。

 後ろに控えるメンバーを見ると「トールならできるでしょ」とか「トールさんなら魔法で瞬殺です」だの「大丈夫だと思う」って。こいつら、俺にも無理なことはあるぞ。


「報酬だが、引き受ける冒険者が皆無なのと、海上護衛者ですら歯が立たない」


 百グルド出すそうだ。船を三隻沈めて尚も。日本円で二千万円。盗賊討伐並みの報酬だな。

 もし一隻で済めば百五十出すと。三千万かよ。無茶苦茶だとは思うが。


「引き受けないのですか?」


 クリスタは気楽に言ってくれる。

 船なんて煽られたら即座に沈むだろ。だったら。


「事前に試しておきたいことがある」

「今すぐとは言わない。準備もあるだろうからな」

「じゃあ、一応引き受けるが」


 失敗した際のペナルティはあるのか。


「無い。そんなことをしたら、それこそ以降、誰も引き受けなくなる」


 失敗して当然。成功したら称賛もので。

 それでも期待はするそうだ。これ以上の被害は避けたいのと、町の財政が悪化してしまうからだ。困るのは住民も同じ。

 観光にも打撃を受ける。


「正式な契約を結ぶ」


 そう言うと一旦離席するラスムスだ。

 部屋を出ると少しして戻って来て、その手には紙切れを数枚持っている。


「契約書だ」


 よく読んで納得したらサインを、だそうだ。

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