第2話 詰まれー!

「んでね、カナコさんとね、せっかくだからランチでもしましょうってなって」


 一〇二号室の佐倉さんの方からカレーの匂いがただよってくる時間になっても、おばちゃんは缶チューハイを缶ハイボールに切り替え、干物やスーパーの惣菜をさかなに、を続ける。


「あすこのカフェレストラン行ったのよ。ほら、葉山はやまさんのブティックの前の」


「ぼく」はあまりこの辺りを出歩かないので、「あすこのカフェレストラン」も「葉山さんのブティック」もぴんと来ないが、この話においては、恐らく場所に関する情報は重要ではないので、チーズたらをつまみにぶどうジュースを吸いながら、頷いておく。


「でね、ランチ終わって、二人でそのお店のトイレ行ったんだけどさ、あの人いつも、トイレットペーパー、ものすっごい量使うのよ」


 おばちゃんは、ピリ辛きゅうりのパックを開けて「ぼく」に勧めながら、顔をしかめる。


「そうなんですね」

 男性用のトイレだと、一緒に来た人がトイレットペーパーを使う場面に『いつも』出くわすことはないので、「ぼく」はむずがゆいような新鮮さを感じながら、話を聞く。


「そうそう。まあ、他人ひとのトイレットペーパーの量のことなんか、あたしはどうこう言えないけどさ」


 おばちゃんならどうこう言いそうだけどな、と思いながら、「ぼく」はピリ辛きゅうりをおばちゃんの家の箸でつまんで頬張ほおばる。

 ──からっ。

 どこが『ピリ辛』──うわ辛いっ! というか痛い! 何だこれ!?


 どうやら唐辛子の激辛の部分に当たってしまったらしい「ぼく」に、おばちゃんは「出しな」と、ティッシュペーパーを一枚渡してくれる。

 有難く受け取って、罪は無い唐辛子を出し、温いぶどうジュースをがぶ飲みする「ぼく」に、おばちゃんは「あらあら」と笑いながら、カナコさんのトイレットペーパーの話を続ける。


「あの人、量はいいとしてよ、とにかくうるさいのよ! ペーパー出す音が! カラカラカラカラカラカラカラカラ! いつまでもいつまでも、カラカラカラカラカラカラカラカラ! 毎回毎回、ほんっとにうるさいんだから!」


「ああ、そうなんですか」

 男性用トイレでも、大きな音を立ててトイレットペーパーを引き出す人はいるが、ほとんどは知らない人であるし、時々だ。

 しかし、それが近しい間柄あいだがらの人で、毎回のこととなると、気になってしまうのも分かる気がする。


「だからね、あたし、カナコさんとトイレ行くたんびに、『カナコさんのせいで、トイレ詰まれー!』って、祈ってんの!」


 おばちゃんはハイボールをらしながら、缶をテーブルに叩きつけるようにして置く。


「こっちはいっつも迷惑してんだから、せめて店のトイレ詰まらせてあせれ!」


 言いつつおばちゃんは、ティッシュを捨てようと立ち上がりかけた「ぼく」を手招きし、丸まったティッシュを奪い取って広げると、それでこぼれたハイボールを拭く。


「ぼく」はそれを眺めながら、おばちゃんは、本当にトイレが詰まったら、それはそれで文句を言うんだろうな、と思った。

 そして、カナコさんはカナコさんで、おばちゃんの衛生観念と暴言に対して、裏で文句を言っているんだろうな、とも思った。

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