第150話 現実とゲームと③

 マルクが俺のベルトをガチャリとはめてくれた。

 ちょっと恥ずかしい。が、気を取り直して話を続けた。



「あのさ、エント製品のことだけど、無くなる事を考えずに必要と思える時はどんどんと渡していこう。トマトのねえさんやお嬢さん達がどんどん作ってくれている」


「そうですね」


「だが、一応、年齢制限を設けるか。12歳以下の子供の居る家族。近場の家は集まってもらうよう話をする。信じるか信じないかは向こうの勝手だ。あとは救助チームさんらに任せる」



 俺らは段ボールに入ったエント製品を4等分してそれぞれがアイテムボックスへしまった。アネの分は起きてきたら渡そう。


 それから俺はアイテムボックスから別の箱を出した。



「何ですか?これは……」


「こっちは養老ようろうじいさん達から貰った。出発ギリギリに呼び出されて行ったら、弓と矢を渡された」


「エントで作った物ですね。結構ありますね」


「ああ、これも渡して行こう。弓は……全部で30本。矢は150くらいかな」


「弓一張に矢が5本ずつ渡す感じですね」


「ああ、こっちは子供ではなく、弓矢が使えそうな大人が居たら渡す」


「でも持ってるだけでも魔物避けの効果ありそうだね、父さん」


「そうか……だとしたら別々に渡した方がいいだろうか」


「セットで渡しましょう。ただ、効果の事を伝えてどう使うかは貰った人の自由で」


「うん、それで、信じるも信じないも向こう次第、なんでしょ?」



 マルクもキヨカも笑っていたが、本当にその通りなんだ。

 テレビもネットも無い世界、国民はどこからも情報を得られない。ラジオの電波が、今は最後の砦と言えばそうなのだが。


 結局、誰を信じればいいのかわからない世界で、自分達の、家族の命を守らないとならないんだ。暗闇の中、手探りしているようなものだ。

 その真っ暗な中、誰かが手を掴んできたからと言って、その手を信じてついていけるか……。


 そして俺たちは、その掴んだ手を無理に引っ張ってはいけない。相手が拒んだら手を離すしかないんだ。



「父さん、大丈夫だよ」

「カオさん、大丈夫ですよ」



 俺はふたりの声にハッと我に返った。また考え込んでしまっていたようだ。



「カオるーん、また何かぐずってるのー?」


「おはよ、莉緒りお


「おはよ、キヨ姉。よく寝たー。あんがとね。マルク、カオるんを連れて後ろで寝てきなー。眠くてぐずってるんでしょ、このおっさんはー」



 あ、アネ……ヒドっ。

 マルクに手を引かれて後部のベッドへ行った。横になったら直ぐに寝てしまったようだ。

 キヨカに起こされて目が覚めた。



 ブックマークポイントに到着した。

 登録をして直ぐに出発する。石狩湾いしかりわんと言うところを移動しているそうだ。

 沿岸で道路が削れている時は少しだけ内陸へ入り走り続けた。


 よく解らないが『わっかない』を目指しているそうだ。


 ………どうしよう、親父心が疼く……言いたい、言いたいんだ。

「わっかないがわっかんない……」周りに聞かれないように小さい声で呟いた。


 周りの皆はそっぽを向いている。よっし、誰にも聞かれてないな。

 それにしても陽が落ちたのか暗さが半端ない。移動が危険なのでここらで一泊、明日は陽が出たと同時に出発するそうだ。




 アラームで目が覚めるが夜かと思う暗さだ。精霊に頼んで火山灰を吹き飛ばしてもらう。地面も空も。

 少しだけ薄明かりの空が現れた、朝だとわかる。


 朝食を食べてトイレを済ませて出発になる。


 昼には『わっかない』に到着した。結構寒いな。北海道の最北だそうだ。



宗谷岬そうやみさき……無くなってますね。沿岸部の形が変わったのか」


「とりあえず稚内わっかないでブックマークをお願いします」



 キヨカに言われて皆が登録を済ませた。車に乗り込む。



「ここからは東へ向かいます。ガソリンは大丈夫ですか?」


「昨日見つけるたびに満タンにしましたが、心もとないですね」


「これだけ道が削られていたら、恐らく途中にあったであろうガソスタも波に持って行かれてますよね。この先、ガソスタあるかなぁ……」



 運転してくれていた警察庁の……(面倒だ、サッチョーAでいいか)、サッチョーAが心配そうな顔になっていた。



「大丈夫よー。キャンピングカーはまだまだあるからねー」


「キャンピングカーが全部ガス欠になったら普通の車ですね」


「6人はキツイんじゃないか?」


「カオるんのアイテムボックスで8人乗りとかで検索すれば絶対出てくると思うのー」



 アネよ、何の根拠があっての発言だ。一応こっそり検索してみたら結構出てきた。でもガソリン入れてないぞ?



 ところがである、わっかない?から東へ進み始めて直ぐに俺たちは壁に阻まれた。

 物理的な壁ではない。問題的な壁である。


 道がない。いや、地面がない。

 山が削れて崖となり、崖の先は荒波が打ち付ける海だ。津波の影響だろうか。



「今日明日で羅臼らうすを目指す予定でしたが、これ以上進むのは無理ですね」


「あ、じゃあさ、カオるんの船で行く? 持ってるでしょ? カオるん、船」


「そうですね、陸地沿いを船で進みましょうか。先日、函館はこだてに向かう時に使った旅客船りょかくせんはありますよね?カオさん」


「おう、あるぞ。ろかくしぇんだな」


「カオるーん、アイテムボックスに『ろかくしぇん』で検索しても出てこないからね。りょかくせん



 アネが地面に文字を書いた。わかってる、わかってるんだよ、ろかきゅしぇんだろ?


 大丈夫だ、口で詠唱するわけではない、心だ。心で詠唱だ。

『検索ーりょきゅきゅしゃん』………検索結果0件。



 目だ!目で検索だ!『旅、客、船』…………良かった。12件出てきた。(……アイテムボックスは謎システムだな)

 だが前回使ったのがどれかわからん。どれでもいいか。適当に一隻出した。


 キヨカがタウさんに連絡を取ると、サッチョーの2人とカイホ4人をチェンジするそうだ。

 テレポートでカイホさんを連れて来た時には、さっき出した船が沖へと流れてしまっていた。



「カオさん、いかりを下ろさないと船は流れていきますよ!」



 今更言われても……、あ!こんな時はスワンボートだ。

 スワンにカイホさん2人を乗せて、流された船へ運んだ。無事に船は陸まで持ってこれた。


 かなり近づいた時点で残りふたりのカイホさんも飛び乗り、マルク達が乗れそうな崖に着けてくれた。


 全員が乗ると崖から少し離した位置を進んで行く。操船はカイホさんらに任せて俺は酔い止めを飲み外で風にあたる。

 いや、実際に船を進めているのは俺の精霊だ。ただ細かい舵取りはカイホさんがやっている。



「父さん、大丈夫?」


「ああ、大丈夫だ」



 小さい船には乗るもんか、という俺の誓いは早々に破られる事になったのだ。

 忘れててうっかり、ろかきゅしぇんを出した俺も悪いが、大きい船へのチェンジは却下された。


 大きな船だとそこそこの深さが必要らしい。しかし津波で削り取られたような海岸線は所々浅い所があったりで、安全性を考えると陸から離れる事になるし、小回りも効かない。


 結局説得されてこれになった。




 1〜2時間も進んだ頃、船は止まった。

 ブックマークの地点に到着したのかと思ったが、キヨカやカイホさんらが操船室から出て来て俺の元ににやってきた。



「カオさん……、想像以上に北海道は悪い状態のようです」


羅臼らうすどころか東側の地が…………見当たりません」



 カイホさんらは険しい顔をしていた。キヨカもだ。



「どう言う事だ?」



 俺たちは船の中に入り、テーブルの上にキヨカが地図を広げた。

 北海道の地図、だろう。そのくらい俺にも解る。尻尾の付いた菱形だ。


 キヨカは俺にも解るように言葉を選びながら説明をしてくれた。

 地図の菱形の上部に指を当てた。



「ここが稚内わっかないです。予定ではここから右側の出っ張り向かう予定でした。この出っ張りが羅臼らうすです。ですが、陸が見える位置を進んで行くと右側ではなく、下へと向かってしまうんです」



 下?菱形の下のとんがり部分よりやや右側を、キヨカは指差した。

 どう言う事だ?北海道の沿岸を時計回りでぐるりと進むと言ってた。別に下に着いても良いのでは?速すぎたって事か?



「カオさん、ここら一帯が無くなって……いました」



 カイホさんが、菱形の右側に手のひらを乗せた。ああ……、そう言う事か。



「津波か……。そうか、そうだよな。本州だって沿岸部は形が変わるくらい被害を受けてたな。トマコマイやサッポロの被害が少なかったから北海道はそうなんだと思い込んでた」



 そうだ、何でだか俺は北海道は隕石落下や津波の被害は大した事なかった、と思い込んでいたんだ。


 カイホさんが地図に赤ペンで線を書き込んでいった。北海道の右側、三分の一くらいが赤線で塗られた。



「うん、わかった。無いものはどうにもならん。このままブックマークを続けるぞ。ええと、外側を廻った次は渦巻きに内陸のブックマークだったよな?」


「はい。下の出っ張りを周って苫小牧とまこまいまで戻ったら車で内陸を進みます」


「わかった。北海道の被害の件はタウさんに知らせておく」


「はい、お願いします」




 無事に苫小牧とまこまいに到着した。

 そこからはまたキャンピングカーに乗り換えて内陸部のブックマークを続ける。カイホさんは4名のうち2名を残して洞窟へと送っていった。


 サッチョーさんと交代の話をした時、「自分らも運転出来ます!」と、嬉々として交換を拒否された。

 しかし4人は多いのでふたりにはお帰りいただく事になったが、帰還が決まった(ジャンケン)ふたりは悔しそうだった。


 海を進んでいた時は速かったのだが、やはり陸上は何かと障害にぶちあたり進むのに時間がかかった。



 それに広すぎて、建物(家)を見かけてもいちいちそこまでは向かえない。

 今回は『ブックマーク』の旅だ。救助ではない。

 それは理解している。ただ、『ヘルプ』の声を拾ったら救助する、救助チームを呼ぶ事になっているのだが、遠すぎて、広すぎて、『ヘルプ』の声は俺たちまで届かない。


 声を上げているのか、いないのかもわからない。

 聞こえない、見えないのだ。


 マルクもキヨカもアネも俺も、助手席のカイホさんも、建物が見える度に窓から乗り出して見よう、聞こうとするが、全く確認できない。

 出来ないから通り過ぎるしかない。


 だってこれは『ブックマーク』の旅だからな。


 窓にへばり付き、何も出来ない自分達にもどかしさを感じている。


 と、前方の道に近い一軒の建物から、人が数人道路に出ているのが遠目に見えた。

 向こうもこちらに気がついたのか、大きく手を振り始めた。


 俺たちはそこで車を停めた。

 ふた家族くらいだろうか?10人くらいの大人が居た。


 薄汚れていたが、激痩せしている者は居ないようだ。見ると家の近くの畑にはとうもろこしがたわわに生っていた。食べる物は大丈夫なのか。


 車に走り寄ってくる者と家へかけていく者、俺たちも全員車から降りた。



「アンタら、どこから来た!」

「そっちはどうなってる」

「ガソリンあるなら分けてもらえないか」



 一斉に話しかけてきた。



「落ち着いてください。我々は東京から来ました」



 カイホさんの言葉に彼らはさらに興奮して話し出した。



「東京から!」

「おい、救助だぁ!救助が来たぞぉぉ!」

「良かった、救助が来た」



 カイホさんの足元にしゃがみ込んで泣き出すおばさんも居た。

 家へ向かった人らが、子供や老人を連れて出てきた。赤ん坊を抱いている人もいる。

 それから、頭と腕に包帯を巻いている人も、包帯は汚れて血に塗れていた。

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