第103話 キックの両親を探して

 -------------(カオ視点)-------------


 準備も整い出発予定の前夜、タウさんの部屋をたずねた。



「あの……このタイミングで今更なんだけど、ちょっと相談がある」



 タウさんの眉間みけんに少しだけしわが寄った。そうだよな、もっと早くに相談すべきだった。

 だが今言わないと後悔する気がして、思い切って話す。



「あの、明日の作戦決行なんだけど、俺のチームの出発を遅らせていいかな?」


「どうしました? 準備で問題でも?」


「いや、あの……、準備は出来てるんだ。でも、その前にどうしても行きたい所があって」



 タウさんの眉間から皺が無くなった。良かった、話していいのか?



「キックの実家に行きたいんだ。あ、キック覚えてるか? ムゥナのやまと家で一緒に居た仲間で、元やまと商事の社員の」


「ええ、もちろん覚えていますよ。マルク君にスマホを渡してくださった方ですよね。お蔭でマルク君と私達の連絡が取れました」



 キックは異世界転移した仲間だ、そしてあちらの世界に残ったひとりでもある。

 マルクが俺を追って転移の光に飛び込んだ時に自分のスマホを投げ入れてくれたらしい。(実際に投げたのはキックではないようだが)


 スマホはマルクが皆に連絡を取れるようにと考えたらしい。

 そして、スマホを操作してるうちにメモに俺に当てた手紙があったのだ。


『もしも無事に帰還してマルク君と再会が出来、このメモを見る事があったら、そして茨城を通りかかる事があったら、お願いがあります。そこに菊田弘一郎と菊田詩乃が生きていたら伝えて欲しい。俺は遠くで幸せに生きている。帰れないのが心残りだがふたりの子に生まれた事を感謝している。心配を沢山かけたけど幸せだった。今は隣に嫁さんがいる。レモンさんとの写真を見せてあげて欲しい』



 俺はあちらの世界でいつもキックに助けられた。良い仲間だった。

 マルクの為にスマホを投げ込んでくれた事も本当にありがたい気遣いだ。キックらしい。キックならではの思いつきだな。


 だがら、キックの両親を探してスマホを渡したいんだ。


 キックは俺と同年くらいだった。だから転移した当時は50歳くらいだと思う。

 以前にキックから「遅く生まれた」と聞いた事がある。だから両親はもう80〜90歳くらいかもしれない。

 この先いつまで生き残れるか、届けられるなら、今、届けたいんだ。もちろん、あの災害でもう居ない事もあり得る。



 タウさんは少し考えたあと、各血盟の盟主を念話で部屋に呼んだ。

 集まったミレさん、カンさん、アネさんにザッと今の話をした。


 ミレさんに言われてスマホのメモに書かれたキックの実家の住所を伝えた。

 ミレさんは紙の地図をテーブルに広げてマークを付けていた。



「タウさん、これはちょっと良いかもしれないな」


「どう言う事です?」



 タウさんも地図の前に寄ってくる。カンさんとアネさんも覗き込んでいる。



「ここ。キックの実家の最寄り駅なんかな? 牛久うしく駅。行ってみないと津波の被害はわからんが、行く価値はある」



 地図は苦手だが、一応覗き込む。………地図ってどうしてこう線が多いんだ?太かったり細かったり点線だったりくねっていたり。

 どこ?ミレさんが言った牛久うしく駅はどこだ!


 そう言えば以前に、まだ異世界転移する前だが、キックはJRで通勤していて最寄りが牛久うしくって言ってたな。

 俺より遠くから通勤しているのかと感心したものだ。


 そうだ、そうしたらキックが「駅始発があるので座って寝て来れる」と言ってた。俺は「ズッコイ!俺は立ちっぱなしだぞ」とか話した記憶がある。


 同じ路線のもっと先……、同じ路線と言うことはうちとそう変わらない地域か、水没している可能性もあるな。


 俺が暗い考えに囚われていたが、ミレさんは指でトントンと地図を叩く。



「ここが牛久うしく駅だろ、それでここから右側に進むとヨーカタウン牛久南うしくみなみ店がある。そこを越えてさらに進むとカントリークラブに突き当たる」


「カントリー?」


「ああ、ゴルフ場な。その手前辺りが菊田きくた家の住所なんだよ」


「今ネットで軽く調べたのですが、牛久うしく駅近辺は水害を免れているそうです。近くに牛久沼うしくぬまがあったのが幸いしたようです。水は沼へ流れて牛久沼は広がったそうですが、駅までは来なかったようです」


「なるほど。それと地図で見るとこの辺り、幼稚園や保育園が多いですね」


「本当だ。それとゴルフ場も多いね」


「菊田家よりもっと先になりますがアウトレットもありますね」


「カオるんの行きたがってた牛久大仏うしくだいぶつはアウトレットの手前あたりですよ?」



 マジか。行きたい。しかし不謹慎だろうか?キックの両親にスマホを届けに行くのに大仏まで足を延ばしたいとは言いづらい。



「やっだぁ、ここ!牛久シャトーだって!シャトーってもしかしてワイナリー? タウさーん、行こうよ! この先もうワイン造りは難しいかもなのよ! 今キープしないとダメでしょう! それでアウトレットにもちょっとだけ寄ろう? カオるんがキックさんのパパママに会ってる間にチョロっと行こ?」



 アネさん、ありがとう!タウさん頼む!


 タウさんは即答だった。



「そうですね。予定の出発は1日延期します。カオるんが菊田家を訪れている間に、我々はまず幼稚園等をまわりましょう。物資が不足していたら置いていく。それからカオるんと合流して、牛久大仏、牛久シャトー、アウトレットとまわります」


「やったぁ」



 ありがとう、タウさん、アネさん、カンさん、ミレさん。


 翌朝早くに出発する。各血盟が馬車で移動だ。


 地図に菊田家の印をカンさんに付けてもらった。地図は清華きよかさんへ渡した。


 馬はマルクが持っている一頭しか無い。俺はポニー太に馬車を引かせるのはしのびなく思った。


 馬車は、マルクの一頭でも引けない大きさではないが、可哀想に思えて俺のサモンを2頭出す事にした。前足が小さい小型の地龍のようなモンスターだ。攻撃力がイマイチでゲームでも使った事がなかった。


 3人で箱型の馬車の中に乗る。椅子ではなく、床にクッション性のある分厚いラグマットが敷いてある。

 何かあった時にも直ぐに外に出られるように靴は脱がない。日本人としてはちょっと気持ち悪く感じる。マットの上を土足のまま胡座をかいて座るのだ。


 朝早かったのでマルクは眠そうだった。昨夜もゲームを頑張っていたからな。


「マルク、着いたら起こすから寝ておけ」


 腹は空いてないと言ってたのでそのまま寝かせる事にした。馬車はマルクが横になっても問題ない広さだ。

 キヨカは前方についてるガラス窓(カンさん作、強化ガラス使用)から、興味深そうにサモン見ていた。



 地図は貰っていたが、馬車はタウさん、カンさん、うち、アネさん、ミレさんの順番で走っているので、迷うことはなかった。




 2時間ほど走っただろうか、程なくして牛久うしく駅に到着した。


 なるほどネットの情報どおり、駅前に水の被害は見えなかった。だがまぁ、地震や火山灰の被害はそこかしこに見れた。



 『ハケン』の馬車は、キックの実家を目指す。勿論キヨカのナビだ。カンさんがついて行こうか?と気遣ってくれたが断った。

 皆には幼稚園を廻るという重要な役目があるのだ。


 住宅が増えた辺りでサモンはしまった。代わりにマルクの馬を出して馬車へ繋いだ。一頭でも普通に馬車を引ける。短時間なら一頭で大丈夫だな。


 キヨカの案内で菊田家に無事に到着した。


 キックの実家は高台にある大きな立派な家屋で、親戚も一緒に住んでいるようだった。

 表の道に馬車を止めて中へ声をかけた。


 出てきた若い女性に菊田弘きくたひろしさんの知り合いだと告げた。

 その女性が一旦家の中へと戻ると、直ぐに中からお爺さんとお婆さんが走り出てきた。



「あの子は? 戻って来れたのか! 東京は酷い事になってると聞いた、良かった無事なのか、どこにいるんだ? 無事なんだろ?」



 矢継ぎ早に聞かれて立ったまま答えに窮した。

 どう答える、どこまで話す。何も考えないで来てしまった。ただスマホを渡せばいいと。


 俺らが黙っている事で何かを察したのだろう。

 お婆さんが泣き崩れた。奥から現れた女性がお婆さんを抱き起こしながら俺らを見る。



「お爺さん、とにかくあがってもらえば……、あのこんな時なので何ももてなし出来んけどよければ上がってください」



 そう、こんな時に来た俺らに優しい言葉。さすがはキックの身内だな。



「あんたら、あがりんさい。向こうで、ひろしの話、聞かせて、もらおうか」



 お爺さんも涙を堪えてつっかえながらも俺たちを促した。


 俺たちは案内された部屋で、多くを語らず(いや、語れず)、



「預かったので……」


と、キックのスマホをわたした。



「無事……なんか」



 お爺さんがボソリと呟いた言葉に静かに返す。



「はい。無事です。が、遠くて帰宅は難しいです。それに向こうで良い伴侶を見つけたようですよ」



 スマホに写るキックとレモンさん。笑顔のふたり。

 お爺さんとお婆さん(キックのご両親だが)は、食い入るようにスマホの画像を見ていた。涙を流しながら。


 泣きながらではあったが、少しだけ顔に笑みが戻っていた。

 ずっと心配していたのだろう、時には諦めたりしたかもしれない、けれど今、彼らの手の中の写真には笑いあったキック達が居た。



 俺たちはそっと席を立ち、おいとました。去る前に不足している物は無いかと聞き、馬車から出す振りをして多少だが物資を渡した。

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