第65話 仲間の安否

 俺はテレポートでカンさんの自宅に戻った。タウさんに怒られるかとビクビクしていたが、タウさんは忙しいようでその日は会わずに終わった。


 その翌日も自宅裏の山にある洞窟からタウさんとカンさんは出てこなかった。洞窟を第二の拠点として整備をしているようだった。

 …………まさか、洞窟がダンジョンになっており、2人でダンジョンに篭ってる……とかではないよな?


 さらに翌日、俺たちは洞窟へと集められた。ま、まさか、本当にダンジョンに?と思ったが違った。完成した拠点のお披露目だった。



 案内された洞窟の中は、共同のトイレ、風呂、食堂などが設置されていた。個室もある。個室と言っても扉は無いが、布を下げたり仕切り板を使ったりして個室感を出している。子供達だけでなく男性達にも評判が良い。秘密基地みたいで男ゴコロをくすぐられる。


 夜はカンさんちの母家に戻るが、洞窟内に個人の荷物を運び込んでる者もいる。俺も一部屋(いや、ひと穴か?)貰った。隣の穴はマルクの部屋だが、マルクはこっちの部屋に自分の布団を運んでいた。



「布団、ここに置くのか?夜は母家だぞ?」


「いいの、何かあった時こっちにも寝るとこがあった方がいいでしょ?」


「お、おう」




 この辺りの地域の停電は比較的早くに解消された。町内に住む人達は避難所を出て自宅へと戻っていた。ただ交通は止まったままなので、他所よそへの移動は難しく帰宅できない者達はまだ村民会館の避難所にいる。


 洞窟は俺たちだけでなく、この地域の人達が充分入れる広さだ。



「まだ奥のほうは途中なんですが、とりあえずそれなりの人数が生活出来るくらいにはしてあります。ただ、頑強かたさをたさせるのにカンさんのエリアアースが12時間おきに必要ですが……」


「エリアアースは今のところ日々のルーティンにしています」


「カンさんがそれかけないとどうなるんだ?洞窟が崩れるん?」


「いえ、直ぐにどうこうは無いと思います。が、カンさんの負担を考えるとエリアアースの使い手がもう2〜3人は欲しいところです」


「エリアアースって土エルフの精霊魔法だよな?」


「ええ……」


「ミレさんがDE、カオるんはWIZ、僕はELFでも火属性です」


「北海道のゆうごもダークエルフだよなぁ」



 ミレさんがステータスを開いて何かを調べているみたいだ。



「ダークエルフはそもそもエルフと異なって、相手へかけるより自分へかけるバフスキルっぽいものばかりだからなぁ」


「カオるんの魔法にエリアアースに近い魔法はありませんか?」


「うぅむ……、攻撃魔法以外だと、自分にかけるバフ系と敵にかけるデバフ魔法かぁ。あ、ちなみにシールドはあるけどカンさんの足元にも及ばないヘナチョコシールドだしなぁ」


「カオるん、セカンドがエルフですよね?属性は風でしたっけ?」



 俺はビクンと飛び上がった。先日の津軽海峡つがるかいきょうを越えた迷子の件……まさか、バレてるのか?



「風エルフはどんな魔法が?」


「え、ええと、あぁと、矢が速くなる、足が速くなる、それと矢が3本に分かれる……くらいだ」


「それだけ? ああ、向こうに転移した時に忘れたんですね」



 うっ、そうだ、その通り。地球から異世界に転移した時に、ゲームで持ってた魔法を全て使えたわけではない。

 自分がゲームでよく使い、覚えていたモノだけが、向こうでも使えた。こちらに戻っても同じ魔法しかなかった。



「……はい。忘却ぼうきゃく彼方かなただ、です」


「そうだ! カオるん、サードキャラ持ってましたよね? 確か、ドラゴンナイト。それはどうです?」


「す、すみません。DKNはもっと忘却の彼方です」



 俺はこれ以上ないくらい小さくなった。物理的には変わらないが気持ち的にだ。

 10年前…20年前の俺を恨むぜ。何でもっとゲームをやりこんでおかなかったんだろう。

 俺を憐れんだミレさんが話の先を逸らしてくれた。



「そう言えばアネさんとはまだ連絡がついてないんだよな。まぁアネさんと連絡が着いてもアネさんはナイトだからな。MPゼロの魔法無し職だよなぁ。洞窟を硬くするのは無理かぁ」



 よかった。話が洞窟に戻った。



 カンさんが地主の杉田の爺さんにも洞窟の話をして案内もしたが、面白がってくれはしたが、避難場所としては後ろ向きな考えだったそうだ。



「隠れ家としては面白いが、わざわざここに皆で避難せんでもええやろ」



 そう言われてしまうと、それ以上は勧められない。


 ただ、俺ら異世界からの戻り組は複雑な心境だ。神様からの神託、異世界へ転移した経験、本当は滅亡するはずだった地球、それを知っている自分達。


 隕石落下で津波が来た、助かった皆で復興を頑張ろう。

 普段だったら俺もそう思っただろう。この地域の人達もそう思っている。だが俺たちは、もっと違う未来を少し知ってしまっている。


 タウさんらは、一瞬だが先の地球を神様に見せてもらったそうだ。

 先の地球……、隕石落下後の、人類が滅亡はしないが激減する未来。



「隕石落下とそれによる津波で、世界は大打撃を受けました。けれど神が私に見せた一瞬の映像は、もっと、その……まさに地球の終焉しゅうえんのような映像でした」


「僕もです。確かに今の状態でも場所によっては地獄のような状況でしょう。ですが僕は神様の言葉にもっと深刻な何かが感じられました」



 俺は、夢に神様が現れた時は戻るつもりが無かったので、何も見せてもらっていない。こちらから質問もしなかった。

 タウさんとカンさんは家族の消息を知りたくて、神に色々と聞いたそうだ。そこで地球の映像を一瞬だけ見せてもらったと。



「災害が、これで終わるとは思えないんです」


「僕もです」


「確かに。隕石や津波を生き抜いた者達がいる未来の地球というだけなら、俺らがゲームのステータスやらアイテムボックスを今も使えるのはおかしいよな。普通の人間で戻って家族と会う、それだけでもいいんだよ。なのにこの特別な力……」


「それと、異世界へ転移して10年生きた記憶もある。ただ俺たちを戻すだけなら、異世界の記憶を消して戻しても良かったんですよ。だが神はそうしなかった。俺達に特別な力を与えた」



「つまり、それは……、つまりそれは、……………何でだ?」



 ミレさんがこけた。



「カオるん!」


「いや、すまん。話が難しくなってきて……、俺には何でかわからん」


「僕らも神様の考えはわかりません」


「ええ、そうですね。ただ、備えておきたいんです。僕らの力がこの先必要な事が起こった時のために」



 タウさんは、カンさんもだが、何かを恐れているようだ。この先に何が起こるのだろう。

 俺は、俺の力は『今』必要とされている気がする。ヒールやアイテムなど災害で1番必要だよな。道に迷ってる場合じゃない。


 人生って意味の『道』と、実質的な『道』の両方だ。

 だが、方向音痴は迷おう思って迷ってるわけではない、頑張ってるのに迷っちゃうのよ。(号泣)


 隣にいたマルクにギュッと手を握られた。マルクはフンスと頼り甲斐のある顔で頷いた。ありがとう、息子よ、頼りにするぞ。


ブホっ


 ミレさんが吹き出した。どうした?大丈夫か?年取ってくると唾液が気管に入りやすくなるからな、ミレさん、気をつけろ?


 カンさんは横を向き、タウさんは咳払いをしながら話を続けた。



「ネットは繋がりますが、相変わらず情報が溢れすぎてます。逆に国や政府からの情報が全く入りません。警察、消防、自衛隊もバラバラに動いている感がありますね」


「ここらも地元の消防団が主になって動いてます。消防の本部との連絡は取れないと言ってました」


「あ、でも俺の職場の近くに警視庁とか警察庁とか、何だっけか海上保安庁?だったか、何か偉そうな建物に人がいっぱいいたぞ?」


「カオるんの職場は日比谷だもんな、あの辺は色々あるよな」


「カオるん、そこら辺のブックマークはありますか?」


「おう、あるある。迎えに来るまで動くなと言われてたんで、近場を回ってた。ブックマークもしてある」


「一度情報を得に行くのもありですね」


「俺さぁ、カオるんから聞いた話でちょっと気になってる事がある」



 ミレさんが神妙な顔つきで俺を通り越してタウさんを見た。



「カオるんの会社の最上階ってホントは役員室だろ? でも隕石落下よりの前に役員が全員出社してなかったってさ。偶然か?」


「事前に知っていたと?」


「だってあのやまと商事だぜ? 日本最大手の商社。場所は日比谷だ。政界や国と繋がりがあっても不思議じゃない。何日の何時までは知らなくても、大まかな情報は掴んでたと思うね」



 へ、へぇ。俺はただの派遣だから気が付かなかったが、確かに社員を全員集めておいて役員がひとりも居ないってのは変だな。



「でも、あの日、俺たち社員が全員集められたのは……」


「おそらくですが、隕石落下が『あの日』とまでは聞いていなかったのかもしれません。役員が安全な所に避難しつつ、社員にも軽く伝えるつもりだったのかもしれません」


「隕石が落下するぞってか?」


「いえ、防災のため暫く会社を休業にする、とかです」


「ああ、そう言えばあの頃、事前に閉鎖している企業も出始めていたよな?」


「ええ、知った秘密を抱えきれず漏らした人達もいたのでしょうね」


「うちの社員が集められてたのが、その、ドンピシャの日だったのか」


「ええ、そうでしょうね」



 汚ねぇな、国や会社の偉い奴らや金持ちが知っていたって事か。そして事前に逃げた。



「何処に逃げたんだ?」


「隕石落下のある程度の情報があれば、無事な土地も事前にわかるでしょう。恐らくそう言った場所のシェルターとかでしょうか」


「そう言やぁ、東京にもデッカい地下シェルターが何箇所もあるって聞いた事があるぞ?」


「えっ、東京のどこ?俺は知らんかった」


「カオるんが知ってたらビックリだw なんか地下鉄のずっと深くに建設しているって話だったな」


「でも、地下とか、大丈夫なんですか? 現在、東京は水の下に沈んでいますよね?」


「そうですね。どこまで想定して造ったシェルターなのか。ただ地震などでの帰宅困難者のためのシェルターだったら、今頃は……」



 密閉性の高いシェルターなら中の人間は助かっているだろう。しかしあまり密閉性が高すぎても、それはそれでちょっと疑問がある。空気は?中で酸素を作っても、二酸化炭素を外へ出さなければならない。


 あ、でも潜水艦みたいな仕組みもあるか。俺にはわからないけど世の中は頭のいい奴らが山ほどいるからな。

 それよりも、何も聞いていない一般人だよな。その瞬間まで知らずにいたんだ。いや、知ってたとして逃げる場所もないか。



 夜にはゆうごから定期連絡が入った。ゆうごは今、婆ちゃんと自宅で避難生活をしている。津波を逃れた大学の友人達も一緒に行動しているそうだ。


 アネからは相変わらず連絡が来ない。横浜かぁ。アネよ、頑張れ!


 そう言えば、ゴンちゃんはどうした?血盟が違うからうっかりしてたが、ゴンちゃんも今回帰還すると言ってたな。

 俺が帰還するつもりが無い時に会ったのが最後だ。餞別に大量のバナナを渡したら、お返しにブランクスクロールを山ほどくれた。


 ゴンちゃんはゲームでも異世界でも、ウィズ仲間として仲良くしていた。お互い王都に小さい店を持っていた。ゲームで持ってた店が王都にも出現していたのだ。


 俺は『ナヒョウエ』と言うバナナ屋で、ゴンちゃんは『ゴンザエモン』と言うスクロール屋だ。向こうにいた時ゴンちゃんによくスクロールを作ってもらっていた。


 俺が地球帰還を決めたのは帰還の3日前なので、慌ただしくてゴンちゃんに戻る事になった事を伝えていなかった。



「俺、ゴンちゃんの連絡先、知らねぇ」


「ゴンザレスさんですか? 確か、彼も神奈川でしたよね」


「ゴンちゃん…………、強く乗り切れよー」



 タウさんがゴンちゃんの連絡先を知っていた。帰還前に連絡先を交換したんだそうだ。流石だ、ありがとうタウさん。

 しかし、アネさん同様、ゴンちゃんとも連絡はつかないとの事だった。



「そう言えば、カオるんの元職場では、今回帰還した人はいるんですか?」



 俺の元職場からは俺を含め102人が異世界へ転移した。まぁ、最初の年に70名ほど亡くなったのだが。

 残った32名中、今回戻ったのは、俺以外で4人いた。


 俺も戻るまでは知らなかったが、あの隕石落下の直前にフロアに居た4人。開拓村で生活していた立山さん、王都で家族を捜していた大塚さん、大久保さん、あとよくわからん西野さん。


 異世界での10年、殆ど付き合いがなかったからな。その後に家族と会えたのか、今どうしているのかは知らない。冷たいと言われるかも知れないが俺の中ではただの『知人』だ。



「連絡先も知らん。俺も聞かれなかったし」



「カオるんは来る者は拒まないのに、去る者は全く追わないな」



 ミレさんが呆れたように言う。

 そうか?自分ではよくわからんが。



「うぅむ、うん。まぁいつもはそうかもなんだが……、今回は去るみんなを追った」



 口に出してから少し後悔した。皆が変な顔になったからだ。皆を追いかけたなんて重かっただろうか?捨てられて縋る女みたいだな。失言だった。



「僕も!僕も父さんを追いかけた!」



 マルクが元気に叫んだ。周りを見ると、何故かみんなが笑っていた。嬉しそうな顔だ。



「マルクはいつもカオるんを追ってるぞw」


「いつもじゃない!最近は我慢してるもん」



 ふふっーん、ホント、うちの子は良い子だ。

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