第36話 子猫を助けた後にまた子猫②

 親猫も兄弟猫もいないようなので、俺は瓦礫撤去の続きを再開した。


 瓦礫を撤去して進んだ先は水から僅かに突き出た建物の屋上だった。水の底の道路は見えないが、行き止まりではなくT字路だったのか。


 T字の横線辺りの場所に並んだ建物は低いビルが多かったのか、目の前の屋上だけ見えるビルの両脇も、せいぜい2、3階だけが水から頭を出していた。


 低いビルの数軒先にまたズンと細長く突き出ているのは、ゴンキホーテだ!

 自分は行った事がないが雑貨や食料など多岐に渡って売っていると聞いた事がある。ビルの3分の2は水に沈んでいるが、出ている部分で何か良い物をゲット出来るかも知れない。


 目の前の屋上を横目に、右側ゴンキの方へとスワンを漕ぎ始めた。



ァァン…………ァァ…ン



 ん?猫の鳴き声だ!

 この子の兄弟か!助手席の段ボールの中で丸まって寝ている子猫を見た。



「ニャン太、お前の兄弟も助けるからな」



 ニャン太に声をかけて屋上へスワンを寄せて行った。


 ガコンっ


 スワンが屋上の縁のコンクリに接触、ロープを出してスワンと屋上の柵を繋げた。



「ニャン太、今、兄ちゃんを助けてくるからいい子で待ってろよ?」



 ニャン太は顔も上げずに熟睡中だ。沢山食べて満腹なのか、鳴き疲れたのか、ピクリとも起きない。……死んでないよな?

 心配になり、ニャン太の腹が上下しているのを確認した。うん、生きてる。


 すばやく柵を乗り越えて屋上へ。

 何も無い屋上の端に、屋上ここへ上がる階段を囲んだサイズのプレハブ的な建物があった。


 鳴き声はそっちから聴こえる気がする。

 驚かさないように静かにプレハブに近寄る。こちら側に見えていたプレハブのドアは開きっぱなしだった。チラリと覗いた中は階段の上まで水が来ていた。


 中には居ないようだ。

 裏かも知れない。

 プレハブの壁沿いにヒョイっと裏を覗く。



 居たぁっ!

 居たが、予想外!



「わあぁぁぁぁぁん、ひくっ、ぎゃああああああん」



 猫じゃなかった! 人! 子供! 幼い子供!


 俺と目があった途端にギャン泣きを始めた。



「ああああああん、まぁまぁあああああああ、うばあああああん」


「お、おおお? 大丈夫だぞっ? いや、大丈夫かっ? よしよしよしよし、怖くないぞぉぉ」



 釣られてプチパニックになった、落ち着け、俺よ。

 とりあえず、とりあえず、ああと、チュウウルは違う違う、お菓子、いやその前に水か? あ、そうだ。



「ヒール!」



 回復魔法をかけた。

 子供は一瞬光が身体を包んだ事に驚いて泣き止んだ。



「ほら、こっちおいで?」



 両手を差し出すと、なんの躊躇もなく抱っこをせがむように手を出してきたので抱き上げた。

 一瞬、昔の思い出が頭をよぎった。


 あちらの世界に転移して出会った異世界人、その中でマルクを抱き上げた10年前の事を……。


 あの時のマルクよりガッシリして重たい。マルクはあの時2歳くらいだったか……、折れそうなぐらいガリガリで軽かったな。

 ほんの少し、涙が出た。



 この子は3、4歳くらいだろうか?

 俺にしっかりしがみついている。いつからここでひとりだったのだろう?


 子供を抱いたままコンクリの上に座り、アイテムボックスから水を出した。

 キャップを外して口元に持って行くと、俺の服を掴んでいた手を離してペットボトルを掴んでゴクゴクと飲み始めた。

 胡座で子供を支えて右手でペットボトルを押さえて、左手でアイテムボックスの一覧をスクロールする。


 検索ボタンを押して「子供のたべもの」で検索した。

 アイテムボックスの検索は文字入力ではなく口で言えば検索欄に入力出来る優れものだ。

 いや、このステータス画面やらアイテムボックスの仕様を作った神様が凄いな。流石は神様だ。

 ちなみにゲームにあったアイテムボックスは検索機能なんて無かったな。(俺が気が付かなかっただけか?)



「子供の食べ物」では範囲が広過ぎたようで粉ミルクやら離乳食まで表示されたので「3歳児のおやつ」で検索をし直した。

 あちらの世界のダンジョンB2のセボンやマツチヨで商品全買いした中に子供が食べれそうな物は沢山あった。



「トマトニンジンクッキー……これでいいか?」



 アイテムボックスから取り出した箱を見て、子供がペットボトルから口を離した。

 ペットボトルを床に置いて、クッキーの箱を開けて中袋も開けひとつ取り出して渡す。


 直ぐに掴んで口に運んでいた。

 あむあむと食べるのを見守る。またしてもマルクを思い出して涙が。


 何枚か食べた後にまた水を飲ませた。


 さて、どうするか。とりあえず聞いてみるか?



「名前は何て言うんだ? お名前、言えるか?」



 俺に聞かれているとわかったんだろう。

 小さな手を前に出して人差し指と中指を伸ばし他の指は握る。

 ……? ピース?



「ちゃんちゃ」



 んん? ピース君? チャンさん? 中国人???



「そ、そっかぁ、偉いなぁ。(スマン、わからん)」


「ええと、ママはどこかなぁ」


「……うっ、ままぁ……うわぁぁぁぁん、ままぁ、ばばぁ」



 ああ、しまった! ママは禁句だったか! 泣きながら鼻水で鼻が詰まって婆婆ばばぁになってるぞ。


 慌てて抱いたまま立ち上がり歩きながらあやした。



「ままはどこかなぁ、ままはどこかなぁ」



 あやしながら屋上を歩き回っていると、プレハブ小屋の方を指差した。



「まま、あっちった」


「ん? ままはあっちに行ったのか?」



小屋の中の階段を降りた、と言う事だろうか? いつ降りたんだ?水が上がってくる前だろうか。だとしたらまずいな……。



「ままね、うんとたの」



 んん?



「ちゃんちゃんのママがうんとた……のか?(意味不明だ)」


「ちがぅの!」



 うん? 違う? ママがうんとた(うんとたって何だよ)したんじゃないのか? 運と、雲と、産んと、うーん◯……。



「ちゃんちゃんのママ違う、ゆうくんのママ!」



 この子はちゃんちゃんじゃなくて、ゆう君なのか。



「ゆう君のママがウントタしたのか?」


「うん、あそこ、うんとうんと、したー」



 プレハブの、上の方を指差していた。

 ま、まさか、小屋の上に登ってウン◯を…………。

 小屋の屋根を確認すべきか、いや、人のウン◯を見るのはね、ちょっと失礼だよな?



「まいたもうんちょ」



ええっ?登場人物が増えた! まいたって誰だよ。



「まいたは誰かなぁ?」


「まいたんはまいたん!」



 あ、まいたんね、麻衣たんか? ゆう君のお姉ちゃんかな?



「マイたんはゆう君のお姉ちゃん?」


「ん〜? まいたん」



 …………まぁいっか。



「ママとお姉…、マイたんは、あの上でウントタしたの?」


「うん……ママ、待ってて うんとて まいたんもうんとっていった ぐずっ ままぁ ぐずっぐずっ」



 話しながらゆう君が思い出したように泣き始めた。

 アイテムボックスから、小さな紙パックのジュースを取り出してストローを挿して渡した。

 グスグス言いながら飲み始めた。


 ええと、母親と姉(年齢解らんが)とゆう君の3人でいて、母と姉は小屋の屋根に登った……のか?

 ちょっと屋根の上を見てくるか。(決してうんとたを見に行くのではない)


 ゆう君を小屋の壁に寄り掛からせ座らせて、横に積んであったプラスチックのケースに足をかけて登ろうとしたら、足に重石が、いや、ゆう君がしがみついてきた。



「めぇぇぇ ゆうくんおいてったらめなの!」



 ああ、そうか。母と姉に置いて行かれてるからな、不安になるのは仕方ない。


 アイテムボックスから大きい布を取り出した。

 昔マルクが小さかった頃、リンさんから布を使ったおんぶ紐(いや、抱っこ紐か?)の作り方を教えてもらって、マルクを担いだっけ。


 10年前だからちょっとうろ覚えだが、何とかゆう君を背負った。

 そして箱に足をかけて勢いを付けて屋根に登った。



「よいっしょぉ!」



 ん? もしかして『うんと』って勢いをつける掛け声の事か?


 屋根に登ると隣のビルの壁に小さな窓が開いているのが見えた。小さな窓なので、給湯室かトイレの窓かも知れない。

 窓の直ぐ下、この屋根の端っこのちょうど窓の下辺りにプラスチックのケースが置かれていた。


 もしかするとゆう君のお母さんは、あの窓から隣のビルに入ったのかも知れない。

 想像だが、屋上に三人で残されて隣のビルの窓に気がつき、子供2人を置いて隣のビルへ助けを呼びに行った。

 なかなか戻らない母を心配して、ゆう君を置いてお姉ちゃんのマイちゃんが今度はあのビルに……ってとこか。


 いつ、なんだろうか? ゆう君の空腹や喉の渇きから、長くひとりにされていたのか、もしくは水や食べ物を探して、ついさっきかも知れない。


 置かれた箱から隣のビルの窓枠を掴み、窓の下の狭い足場へと移動する。窓から中を覗くとどうやら給湯室のようだ。

 背負ったゆう君が窓枠にぶつからないように気をつけながら窓の中へと入った。


 窓の直ぐ下はシンクだった。

 シンクから床に降りる。給湯室の床には割れたコーヒーカップなどが散乱していた。

 大きな物を避けながらドアへと進む。


 ドアから廊下へと出ると、廊下の先は天井だか壁だかが崩れて積み上がり、先へは進めそうもない。

 だが大丈夫。天下無敵のアイテムボックスがある。



「収納、収納……っと」



 それにしてもこっちに戻ってからゴミや瓦礫を収納しすぎだよな。いくら底なしに収納してくれるからとは言え、どこか広い場所があったらゴミを捨てたい。


 粗方あらかた片付いたコンクリや板の隙間から廊下の向こうが見えた。

もう少し拡げれば通り抜け出来る。

 楽に潜れる程の穴が出来たのでそこから廊下の向こうへ出た。

廊下は短く、その先は直ぐに角になっていたので曲がると、そこもまた天井が崩落していた。


 その崩落の手前に女性が倒れていた。

 近寄ると足がコンクリの壁の下敷きになっていた。

 どうやら息はあるようだ。

 見るとその女性は女の子を抱えるように倒れていた。


 もしかするとゆう君のママとマイちゃんだろうか?

 足の上のコンクリの壁を収納した。骨折したようで膝から下が変な曲がり方をして出血もしていた。

 ヒール……いや、骨折ならグレートヒールの方が良いかもしれない。


「グレートヒール!」


 女性の足に向けて魔法を唱えたが、淡い光は全身を包んだ。腕や顔にあった傷も消えたようだ。魔法って本当に凄いな。

 女の子の方にもヒールをかけた。



「もしもし、大丈夫ですか? しっかりしてください」



 声をかけてみると女性は瞼を薄っすらと開いた。



「……うぅっ」


「大丈夫ですか? 起きられますか?」



 うつろだった女性の焦点がしっかりと合うと、女性はまず自分が抱えた女の子を抱き寄せた。



「麻衣、麻衣子! 大丈夫っ?」

「うぅん……お母さん、お母さん!お母さん! うわぁぁぁん」



 女性は起き上がり娘をしっかりと抱きしめた。



「麻衣、良かった、大丈夫? 怪我は? 痛いとこはない?」

「大丈夫……」

「麻衣! 悠君は? 悠はどこ? 悠太ぁ」



 やはりユウ君のママだった。

 背中でいつの間にか寝ていたユウ君がお母さんの声に気がついたのかジタバタと動いたので、おんぶ布を解いてユウ君を背中から降ろした。



「ままぁ!ままぁ、ばばぁあああああん、わあああああん」



 泣き出したユウ君、また婆婆ばばぁになってるぞ?

 ユウ君はお母さんに飛びつき、お母さんもしっかりとユウ君を抱きしめていた。お姉ちゃんのマイちゃんも泣き出していた。



 3人が落ち着くまで待った。



「あ、すみません。悠を助けて頂いてありがとうございます。もしかして私も助けて頂いたのかしら。足が挟まって動けなかったんです」



 話を聞くと、旦那さんの職場がこの近くで、お昼に落ち合う予定だったそうだ。

 それまで3人でパンケーキのモーニングが人気の店に来ていた時に例の隕石群が上空を通過、その後の地震(衝撃波の事だと思う)で、建物の外に出ようとしたが、エレベーターが止まり子供連れなので身動きが取れず、そうしているうちに津波が来ると叫びながら階段を登ってくる人達と屋上まで上がったそうだ。


 水は屋上ギリギリ手前で止まったが、引く気配がない。

仕方なく屋上で一晩を過ごした。階段の様子を見に行った時にスマホを落としてしまった。


 屋上には男女10人くらいの人がいたが、階段の屋根から隣のビルへ入れそうだと気がついた男性がいて、皆が移動していってしまった。

 しかし子供(2歳と6歳。ユウ君は2歳だった)を連れていたので置いて行かれてしまい、様子を見るために2人を残して屋根から隣のビルへ。


 しかしそこで廊下の壁や天井が崩れて、身動きが取れなくなった。他の皆も見当たらず、スマホも落としたので助けを呼べずにいた。そのうち気を失った。気がつくと娘が近くに来て泣いていた。

 悠は置いてきたと言う。何とか足を引き抜こうとしていたらまたも天井が落ちて来て、娘を抱えたところまでは覚えているが完全に気を失ってしまったそうだ。


 聞きづらいが、聞いてみた。



「旦那さんとは……連絡は取れていたんですか?」


「いえ……、地震のあと繋がらなくなって。暫くは何度も試したんですが。それで階段の水の中にスマホを落としてしまって……」


「スマホ、俺の貸しますんでご主人にかけてみます? あ、zuなんで繋がるかな。俺も全然繋がらなかったからなぁ」


「あ、いえ、あの、主人の番号覚えてなくて」


「ああ、そうですよね。スマホだと昔の固定電話と違って番号を覚えないですからね。そうか、ええとご主人の勤め先はここから近いんですか?」



 旦那の会社が水に沈んでいない事を祈りつつ聞いた。



「あ、多分……あそこ。鉄塔のような物が見えますよね。あそこMTTだと思います。主人はMTTビルの18階で働いていると聞いてます。多分、あそこにいるかと」



 建物の崩れた壁から外が見えた。



「ああ、なるほど。じゃああそこまで送って行きますよ」



 さっきヒールをしたから怪我は治っているはずだ。



「立てますか?」



 ユウ君を抱いたまま立ち上がったユウ君ママは、不思議そうに自分の足を確認していた。

 ユウ君ママとユウ君とマイちゃんの3人を連れて、さっきの廊下を戻り給湯室へ、そこの窓からまず俺が降りる。


 それからマイちゃんを受け取り、降ろしてから、今度はユウ君を、受け取ろうとしたがユウ君はママから離れなかった。

 さっき自分が使っていたおんぶ布をユウ君ママに渡して、ガッチリとユウ君を巻きつけてママごと受け取った。


 同じように屋根から降りて屋上の端っこに行き、スワンボートのロープを引き寄せた。


「うわぁ、白鳥さんだぁ」


 マイちゃんが目を輝かせてボートを見ていた。ユウ君ママの背中に張り付いていたユウ君も気になったようで、漸くママの背中から降りた。


 スワンボートの後部座席は大人ふたり用だが、大人と子供ふたりの3人でも大丈夫だろう。

 まずはユウ君ママに乗り込んで貰って、ユウ君を受け渡す。それからマイちゃんが乗り込むのを手伝った。


 俺は前の運転席へと乗り込んだ。

 助手席に置いた段ボールを見ると、ニャン太は大人しく寝ていてくれたようだ。が、後部座席の子供の声で目を覚ました。


 助手席に置いてあった荷物から出すような素振りでアイテムボックスから、水と菓子パンを出してユウ君ママに渡した。もちろん子供用のジュースやヨーグルトもだ。


 ニャン太も欲しがってにゃーにゃーと鳴き始めた。

 その声にマイちゃんが気がついた。


「猫の声!猫さんがいるの?」


「うん、いるよ。さっき拾ったんだ」



 後部座席のマイちゃん達の足元にはスペースがあったので、そこに段ボールを移動させた。

 マイちゃんは直ぐに段ボールからニャン太を出して抱っこして撫でていた。ユウ君ママの膝にいたユウ君も、膝から降りてマイちゃんの膝にいるニャン太を小さな手で撫でていた。


 俺はゆっくりとペダルを漕ぎ始めた。

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