第29話 隕石落下の翌日は、まだ災害真っ最中③

 ----------(マルク視点)----------


 昨日は何度も神殿が揺れて目が覚めた。うとうとすると、グラングランして飛び起きる。

 お兄さんお姉さんは寝ていないみたいで飛び起きた僕に声をかけてくれた。



「大丈夫だよ、この建物はまだ新しいし耐震もしっかりしているから」

「そうよ、外よりずっと安全のはず……」

「安全だよ」



 お姉さんはちょっと不安そうな顔をしていた。

 お姉さんは「ゆみつか」、お兄さんは「とーじょー」と、名前を教えてくれた。



「お姉さんは弓使いなの? お兄さんはなに使いなの?」



 解らない事は直ぐにその場で聞く。うん。



弓塚ゆみつか……漢字の説明は外国人には難しいわね」

「ははは、そうだね。僕はなに使いでも無いよ。東条とうじょうは名前だ。セカンドネームって言うのか?ファーストネームはアキラ。アキラ、トウジョウ。日本だと東条晃とうじょう あきらって名乗る」



 ん?よくわからないけど、父さんが「かの かおる」なのと一緒かな?前に父さんに聞いたら、「かのが苗字みょうじで、かおるが名前なまえ」って言ってた。



「アキラがみよーじ?」


「違う違うw 東条とうじょう苗字みょうじあきらが名前」



 父さんの「かおる」と一緒なのが「アキラ」かな?



「ええと、アキラお兄さん?」


「そうそう」


「私は、弓塚ゆみつか世理せり、ゆみつかが苗字、せりが名前よ」


「お姉さんはせりお姉さん。僕はマルクです」




「そうだ!アキラお兄さん、これの使い方わかる?」



 僕はスマホを取り出して2人に見せた。この世界に来た時に足元に落ちていたスマホだ。スマホ…の模様がある面に紙が貼ってあって、そこに何故か「マルクへ」と書かれていたんだ。やまと屋の誰かのだと思う。



 アキラお兄さんが紙を見ていた。



「……マルクへって付箋ふせんが貼ってあるな。これ、君のスマホでは無いんだね? 誰かから預かったの?」


「ううん、知らないうちにあった」


「うん? 知らないうちに? ああ、だから付箋を貼ったのか」


「ふせん?」


「ああ、この紙、付箋って言うんだ。……お、パスも書いてあるぞ。開いてもいいか?」


「開く?」


「オープンじゃなくて、使えるようにするって事。たぶんここに書かれている数字がパスワードだと思うんだよ。名前とパスを書いた付箋を貼ったくらいだから、多分マルク君に使ってほしかったんじゃないかな」



 そうなの?父さんはスマホでたまに写真を撮ってた。スマホの持ち主はこっちの世界の写真を撮ってほしいのかな?

 でも誰のだろう?

 あつ子おばさんが使ってたのとは違う。あつ子おばさんのはもっとキラキラ光るブツブツがいっぱい付いてた。



「わかんないのでお願いします」



 アキラお兄さんが、真っ黒い面を指でこるると何かが現れた。



「やはりパスだった。開いたぞ」



 お兄さんにスマホを渡されたけど僕には使い方がわからない。



「お兄さん、僕これの使いかたがわからない、どうすればいいですか?」



 お兄さんにスマホを返した。



「うん? ちょっと失礼して中を覗かせてもらうか」

「設定で誰のかわかるんじゃない?」



 セリお姉さんがアキラお兄さんの後ろからスマホを覗きこんだ。お兄さんがチョイチョイと指でこすっていた。あつ子おばさんと同じ使い方だ。あつ子おばさんは指で擦る。父さんはツンツンとつつく。



「ふむふむ。ええとな、このスマホは菊田弘きくた ひろしさんって人のだな」


「キックおじさんだ! でも何でキックおじさんのスマホを僕に?」


「キックおじさんてのが知り合い?」


「うん、父さんの友達。ええと、昔、一緒に働いていたんだって」


「そう言えばマルク君はご両親は? ここへは誰と来たの?」



 セリお姉さんに聞かれた。



「ええと、父さんはヒビヤ……に居ると思う。キックおじさんは今は居ないけど、ヒビヤで一緒に働いてたって言ってた」



 お姉さんとお兄さんは顔を見合わせてから、小さい声で何やらゴニョゴニョと言ってた。



「父親の仕事で一緒に来日して、息子をホテルに残して父親は日比谷にある職場へ行った時に災害にあって戻れなくなったのかしら」

「無事だといいな……。菊田さんはマルク君の連絡用にスマホを預けたのかも」

「だったらお父さんの電話番号が連絡帳に入ってるんじゃない?」

「そうだな!」



 お兄さんがスマホを僕に差し出した。



「この中にお父さんの名前か、スマホの電話番号あるか?」


「え……父さんの、番号とかわからない……」


「そっか。父さんの名前もない?」


「LAINEはどう?LAINEなら入力しておけば後ででも見れるでしょ?」



 お兄さんに父さんの名前を聞かれたので答えた。



「んん……、LAINEにもそれっぽい名前は載ってないな、他に知ってる人はいる?」



 名前がズラリと並んだ画面を見せられた。知らない名前ばかり。



「…………。あ、ミレおじさん!これ、この人知ってる。ミレイユって人も父さんの友達。一緒にこっちに来たはず!」


「ミレイユさん……外国人か。どこの国だろう、言葉通じるかな。まぁダメ元でかけてみるか」





----------(カオ視点)----------



 朝方あさがた、13階の食堂にある小部屋から15階へと移動した。15階は健康管理センターだ。仕事中に具合が悪くなった社員が休めるベッドがあると聞いた事があったのだ。


 助けた男性を連れて15階へ行った。学校の保健室のような感じのベッドが3つ並んだ部屋があった。そのうちのひとつに男性を寝かせた。残りの2つのベッドは管理センターに居た医者が休んでいた。


 俺は待合室のソファーで横になった。管理センターで働く看護師さんが、このフロアの災害用物質の中から毛布を出してくれた。有り難く使わせてもらった。



 8時近くになってようやく外が見える明るさになった。空は分厚い雲に覆われていた。水が引いている事を願っていたが、まだ10階辺りのまま水は引いていなかった。


 そして窓から見た景色は……、昨夜は暗くて気が付かなかったが、沢山のもと生きてた人が重なるように浮かんでいた。

 恐ろしい世界……、異世界でもこんなに沢山の死体は見た事が無かった。……いや、見る機会がなかっただけかも知れないが。


 地震大国の日本では大きな災害が割とよく起こる。今まではたまたま自分が居た場所で災害に遭わなかったので目にしなかったのだろう。きっとその時の災害の地は、こんなだったのかも知れない。


 助けるとか烏滸おこがましい。目の前だけの救助なんて実に狭い範囲だ。昨夜数人助けて良い気になってた俺は最低だな。


 はぁぁぁ。ダメだ。気持ちが後ろ向きになる。マルクに逢いたい。ムゥナの街……やまと屋、みんな今頃どうしているだろう。地球に戻った事を絶対に後悔しない、と思っていた気持ちが早くも挫けそうだった。




「窓の外、酷いですよね」


 

 待合室の前の廊下を少し進んだ先、『レントゲン室→』と紙が貼られた壁の横の窓から外を見ていたのだが、背後からしっかりした若い女性の声がした。振り返るとナース服に薄いカーディガンを羽織った看護師さんだった。


 手に持っていた2リットルの水とご飯のパックを渡された。



「食事です。しっかり食べて救助に備えましょう」



 ニコリと笑う看護師さんはまだ二十代だろうと言うくらい若かった。俺より20歳以上若い子が頑張ってるのに、俺は何をヘコタレているんだ。しっかりしろ、俺!



「ありがとうございます。あ、でも大丈夫ですか? ここの皆さんの防災食が足りなくならないですか?」


「だいじょーぶですよ。健康管理センターはいつも患者さんで混み合ってますから、その状態で災害が来ても大丈夫な量を保管してあります」



 いつも混み合って……? 社員さんどんだけ病気でも出勤してるんだよ! 休めよ。



「あ、でも確か2週間とか3週間分ですよね?」


「今はこのフロアに医者とうちらナース合わせて12人しか居ませんから。いつもはもっと多いんですが、最近は患者さんが殆ど来てなかったので交代で休んでいたんです。あ〜あ、くじ運悪いなぁ。出勤日にこの災害なんて」


「交代で12人もいるんだ?」


「ええ、内科の先生が2名、整形外科の先生、耳鼻科と眼科、それとレントゲン技師さんが2名。うちらナース4名と受付事務さんがひとり、全部で12人。お昼交代とかもありますから最低でもそのくらいは必要なんですよ」


「凄いな。ここ来たことなかったけど普通に総合病院ですね。実は保健室くらいのイメージでした」


「あはは、やまと商事さんは大きい企業さんですから」


「あ、朝方に運んだあの男性はどうしてますか?」


「先程お食事を配りました。起き上がれるくらいには回復していましたよ。あのひと、ここの社員さんじゃないんですね?」


「ええ、昨日流れて来たのをキャッチしました」



 適当な嘘を交えて話す。



「12階から下を見てたら流れて来たので慌てて掴んで引き上げたんです。廊下に寝かせていましたが、ここの事を思い出して15階まで運びました」


「そうだったんですね。日比谷通りを走っていたら水に巻き込まれて、あっという間に車ごと流されて何かにぶつかった後は覚えていないって……。よく助かったなぁ。運が良かったですよね。…………そこの窓の下……ねっ。引き上げた方がいいのかと先生や先輩が揉めてました。生きてる人が優先なのはわかるけど……あんなに」



 アラフィフの俺がヘコんだくらいだ、二十代には重いだろうな。看護師とは言え企業に出向となると、きっとまだそんなにご遺体に触れる機会はないだろう。



「うん。大丈夫。なるようにしかならない。俺たちは目の前の出来る事をしましょう」



 さっきは『目の前の事しか出来ない』とネガティブになったがこの状態だ。『目の前の事が出来る』だけでも充分な気がしてきた。



「まずは朝飯をしっかり食べて、それから動く。この社屋しゃおくに怪我人が山ほどいます。15階に入り切らないだろうな。先生たちとその辺も話さないと。警備員さんが3人……今、何階にいるかな」


「そうですね、忙しくなりそう」



 看護師さんの顔が少しだけ明るくなった。

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