第9話 帰還

 神託から10日目。


 タウさんの話だと、今夜、日を跨ぐ時に転移が起こるはずだと。つまり今日の24:00に地球へのゲートが開く、らしい。


 帰還組は全員日本人っぽい格好に着替えていた。

 見送り組は何だか落ち着かないようにやまと屋のリビングとキッチンを行ったり来たり、リビングから出たり入ったりをする者もいた。


 マルクは相変わらず俺の背中にくっついたままだ。まさかと思うが、背中にくっついていれば俺の身体の一部として一緒に向こうの世界に行けるとか考えていないよな?無理だからな?無理…だよな?



「忘れ物はありませんか?持って行けなくても一応アイテムボックスに入れておいてくださいね」

「お弁当、やまと屋特製のデラックスサンド弁当、沢山作ったから皆さんアイテムボックスにしまってください」

「カオくん、忘れ物はないかい?」

「カオっちこれ、日本から持ってきた私の通勤バッグ、これにも色々入れておいたから、肩から斜めがけにして!」

「カオるん、バナナは多めに持っていきな!こんな高級バナナはあっちじゃ買えないよ?カオるんの給料じゃせいぜい158円のバナナがいいとこだろ?ちょっと黒ずんでるやつ」



 いや、俺、198円のバナナも買った事あるぞ?



「カオさん、この高級メロンも持っていってください。カオさんが食べなくても高く売れるかもです」



 いやいや、日本で通りすがりのオッサンからメロンを買ってくれるやつはいないと思うぞ?

 皆、この世界に馴染んだなぁ。少しだけ微笑ましい。一応メロンはアイテムボックスにしまった。と言うか、俺のアイテムボックスには山ほどの果物が入っている。この10年ずいぶん通ったからなぁ。


 死霊の森ダンジョンの26Fにはバナナ(果物)をドロップする魔物がいた。ダンジョンの26Fへは10年経った今でも皆で通っていたからな。

 あちらに戻ったら、26階はただの事務フロアだ。魔物も出なければ果物もドロップしない、ただのビルだ。


 ひとつだけ良い事と言えば、本物のマツドマルドとスターガッコス、セボンイレボンとマツカワチヨコが、B2にある。

 店員が映像ではない、本物の店だ。


 あ、けど、災害が起これば閉店してしまうのか。

 どんな規模の災害かわからない、どの地域で災害が起こるのかもわからん。もし日比谷近辺が無事なら、B2の店舗もすぐには閉店しないかもしれない。


 まぁ、それも、あちらへ戻ってみないとわからないのだけどな。

 


 あっという間に最後の日の時間は過ぎていった。


 その日その夜は、帰還組がやまと屋のリビングに集まり、『24時』を待つ。

 やまと屋の子供達は、避難させた。万が一にも巻き込まれたら大変だ。やまと屋の裏側、道を挟んだ土地に建っているリンさんやパラさんの家に子供達を泊める事になった。


 リビングの廊下から中を覗き込むように立っているのは、山さん、あっちゃん、リドル君、キック、レモンさん、パラさん、リンさんだ。それから、ダンとアリサに両側からしっかりと掴まれたマルク。


 リビングに居るのは帰還組である、タウさん、カンさん、ミレさん、ゆうご君、アネさん、俺の6人だ。


 皆、神妙にその瞬間を待っている。まだ後1時間もあるのに。


 俺は突然浮かんだ疑念を口にした。



「あのさ、タウさん。俺10日前の夢で神様に聞かれた時、『帰る』って言ってなかった気がするんだが…」


「カオるん! 何でそんな重要な事を今、言うんです!」

「ええっ、カオるん、帰れないのか?」


「いやいやいや、え? いや、そうなの? 待って待って、だってあの時は、確か、選択するのは自分だって言われて、特にどっちを選ぶとか聞かれなかったような? 聞かれた? 聞かれたのか?」


「いえ、確かに聞かれてはいませんが、私は帰還一択だったので別の質問をしていましたし」

「ああ、俺も確か『帰れるのか?地球に?家族はどうなってる?』とか聞きまくってた。俺は選択……したのか?」

「私は『戻るー』って言ったよ?それから質問した」

「僕も、婆ぁちゃんの安否を聞いて、直ぐに戻る選択をしました」



 『選択』をしたのはアネとゆうご君か。タウさんとミレさんは『未選択』。カンさんは?



「いや、参ったなぁ。私とした事が。家族の元へ帰れるかもと舞い上がってました。選択をしてないのは私とミレさん……カンさんはどうでした?」



 廊下から覗く顔は、ここに来て一気に心配顔になっていた。



「僕は……僕も、息子が生きている事実に一喜して……選択を返事をしたか、覚えてません」



 カンさんが一気に沈んだ顔になる。それもそうだ、会えると思った息子の元へ、もしかしたら戻れないのかも知れない。

 タウさんが大きく息を吐き出した。



「ふぅぅぅ。カオるんの事をどうこう言えませんね」


「どう言う事だ? アネとゆうご以外は戻れないのか? そう言えば俺も返事はしていないな」


「どう言う事? もしかして24時には稀人全員にゲートが開く?」



 廊下にいたリンさんの言葉にタウさんの表情はパッと明るくなった。



「ああ、そうかもしれません。『選択は自分だ』と神は言っていました。いますぐ選択をしろとは言われませんでした。そうですね、24時に希人全員に『選択』が、そして選択によりゲートが開くのかもしれません」


「だとしたら、うちらもリビングに居た方が良い?」



 タウさんが顔を下に向けて、何か考えているようだった。皆は時計を見ながらもタウさんを急かす事はしなかった。



「実は、ずっと考えていた事があります。この世界に転移した謎のひとつ。ゲーム経験者でステータスに職業やスキルがある者と、そうでない一般人。ひとりで転移した者と、数人で転移した者。それとカオるんのように百人という大勢での転移。一体何がキーになっているのか、ずっと不思議でした」



 タウさんの口からは驚くような話が飛び出した。

 もうすぐ帰ろうという矢先に、今になって『来た時』の話だ。何故急にその話を?



「ひとりで転移して来た者は皆ゲーム経験者でした。もちろんその者の配偶者や未成人の子供は紐ついて別な場所ではあるが転移をしてきました。では、家族にゲーム経験者がいたわけでない一般人の転移はどうして起こったのか。彼らは転移の時、『ひとり』では無かった。一緒にいた誰かがゲーム経験者でした。恐らく転移のゲートにひきずられたのかと」


「なるほど、そう言う事か」

「でもそれにしてもカオるんの職場のフロアごとはゲートが大き過ぎないか?」


「ええ。これは想像ですが、経験者の人数によってゲートの大きさが変わるのでは?カオるんの職場には五人のゲーム経験者がいた。それが大きなゲートを開いた。まぁ、今更ですしもう検証のしようがないのですが」



 そうか……、偶然とは言えあのフロアにいた5人。山さん、あっちゃん、キック、ナオリン、そして俺か。



「でも、ゲームなんてそこら中で誰でもやってるのに……」


「いえ、以前に、かなり前ですが、その時に話したように神はある程度の選別をした。この国に転移したのは5つのゲームのみ、しかもある一点のゲームログイン者で転移の選別をした。そこまで限られた者が数年後に一緒にいる可能性は低いです。やまと商事が奇跡ですね」



 俺は山さん達と見合った。何という偶然。

 確か転移の5年くらい前のログインデータが元になってるのでは、とか言ってたよな?

 山さんもあっちゃんもその頃は一緒に働いてなかった。キックもだ。ナオリンは……いたか。


 データの選抜時は全くバラバラの場所にいた5人が、転移の日には同じ職場で働いていた。奇跡としか言いようがない。なるほど、フロアごとぶっ飛ばすようなデカいゲートが出来たのか。

 神さま、凄いぞ。



 感動を噛み締めていたがタウさんの言葉に我に返った。



「ですから、皆が集まったら危ないかも知れません。地球行きのゲートが巨大になる可能性があります」



 その言葉に皆が目を見開いた。



「俺らバラバラに分かれた方がいいよな?」

「どうする、どのくらいの距離をとる?」

「街の外に出ますか?街の人を巻き込みかねない!」

「そうだな。直前にテレポートで飛ぶか。今飛んでも夜中だ、魔物に襲われてる間にゲートが閉まっても困る」

「そうですね。直前がいい」


「俺たちもだよな?」

「そうです。パラさん達残留組も、バラバラの場所に飛んでください」



 24時まであと10分も無い。皆大慌てである。



「僕は王都の東の草原へ飛びます!皆さん、色々ありがとうございました!タウさん、向こうに戻り無事に災害を切り抜けたら会いましょう!」



 そう言って、ゆうご君がシュンっと消えた。



「リンー!ありがとね!本当に色々ありがとね!パラさんもみんなも元気でね!私の事忘れないで!私は隣の漁村近くに飛ぶねー」



 次にアネさんが消えた。隣の漁村?何処だ?



「俺はダンジョンの北の草原に飛ぶわ。皆、ありがとなー!タウさん、カンさん、カオるん、先に行くぜ」



 ミレさんが、消えた。



「タウさん、カオるん、向こうで会いましょう。パラさんリンさん、やまと屋の皆さん、お世話になりました」



 カンさんが消えた。



「パラさん達も移動してくださいね。山さんやあつ子さんもですよ。色々ありがとう。忘れません。カオるん……不安だな。カオるんはこのリビングで24時を待ってください。下手な所に飛ぶととんでもない事件が起こりそうです。では、失礼します」



 いや、本当に失礼な。俺はそんなにおっちょこちょいではないぞ。

 タウさんが消えた。



「そうだな。カオるんはこの部屋でゲートを待て。じゃあな。カオるん、色々ありがとさん!楽しかったぜ!」



 パラさんが消えた。



「私も飛ぶよ。カオるん、あっちに戻っても決して無理せずに人生を楽しみなよ? 皆、カオるんの事が大好きだたよ」



 リンさん……。あ、やべっ、俺、泣きそう。

 何かを慌しく話していた山さん、キック、あっちゃんの3人はテレポート先を決めたようだ。



「カオ君、僕はカオ君という部下を持てて凄く嬉しかった。この街に来てからはやまと屋で働く同士だが、カオ君は自分で思うよりずっと頼もしく皆が頼りにしていたよ。カオ君と出会えて良かった。ありがとう」



 部長…山さんは、僕が話す前に消えてしまった。



「カオさん、本当にありがとう!く、口下手で上手く言えませんが、僕はカオさんの、し、親友と思ってます。世界が離れてもずっと」



 そう言ってキックが消えた。



「カオさん、ありがとうございます」



 時計を見ながらレモンさんも慌ててテレポートして行った。



「カオっち!カオっち!カオっち!カオっち!」



 あっちゃんが泣きながら俺の名を連呼してテレポートして消えた。

 リドル君も俺に頭を下げて飛んでいく。

 時計を見ると23:58



 廊下にはダン、アリサ、マルクの3人とユイちゃんのみが残っていた。

 マルクはようやく自分の中で割り切ったのか、口は横一文字に結んで入るが、何かを悟ったような強い眼差しで俺を見つめていた。




「マルク!!! ごめんな、父さん…うぐぅ、ひくっ、マルク、アリサ! ダン! マルク!!! ごめんな」



 俺もちゃんとお礼とお別れを言おうと思ったのに、顔がグシャっとなって上手く喋れない、鼻水が止まらない。



「ダ、ダン、アリサ……マルグをだのむ、ずずっずびっ」



 時計が24時になったかどうかは、涙でグシュグシュになった目では確認出来なかった。

 ただ、自分の足元から光が現れたと同時にステータスが勝手に開き、そこに文字が現れていた。


  選択してください 『戻る』『残る』


 俺はゆっくりと腕を上げて人差し指で『戻る』を、押した。

 足元の光が俺を包み込み、眩しくて目を開けていられなくなった。ああ、戻るのだろうとぼんやり思っているうちに気を失った。

 そう、来た時と同じように俺は失神した。





---------------(ユイちゃん視点)-------------



 リビングの中央にいたカオさんの足元から光が溢れ出した。

 カオさんを囲むように半径1mくらいの丸い光の足場は、やがてカオさんの全身を包み込んだ。


 私達も眩しさに、一瞬目を閉じた時だ。



「マルクッ!」



 アリサちゃんの叫び声で、何とか目を開けると、リビングへと飛び込むマルク君が見えた。

 廊下からリビングを見守っていた私達の目の前で、マルク君が光に飛び込んだのだ。


 私は慌ててリビングへ入り、既にカオさんもマルク君もいなくなった光の輪の中に、あっちゃんから渡されていた収納鞄を投げ込んだ。それからキックさんから渡されたスマホも。




 リビングの光が収まると、そこにはもう、カオさんもマルク君の姿も無くなっていた。

 残されたのは私とダンとアリサちゃんの3人だけ。


 実はさっきキックさんとあっちゃんがテレポートする寸前に、収納鞄とスマホを渡されたのだ。

 もしも、もしもマルク君がカオさんにくっついてゲートを潜る事があれが、これを渡して欲しいと、あっちゃんからは収納鞄を、キックさんからはスマホを渡された。


 しかし突然すぎてマルク君に渡す事は出来ずにゲートに投げ込んでしまった。私にはあれが精一杯だった。

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