第7話 帰還3日前
カオが戻る事を告げた日、ゴルダは深夜にギルドへと戻ったが、タウロや山川らは寝ずに話し合いを続けていた。
「カオ君が決めた事だ。僕らが口を挟んではいけないと思うんだ。むしろこの先危険が待ち受けているかも知れない地球に戻るなんてよっぽどの決意だと思う」
「そこ、それって心配しか無い。あのカオっちだよ?いつまでも方向音痴は治らないし、人が良すぎて何でもあげちゃうし、そんなカオっちが人類激減の大災害の地球に。しかも今度はゲームのアイテムも魔法もない」
「私達もこの世界に来たときからずっと、沢山貰いましたね……、カオさんから」
「ユイちゃん、泣いちゃダメ! 残り三日間、泣いていいのはマルクら子供らだからね。うちら大人は頑張って耐えよう!」
キッチンスペースで山川とあつ子とゆいの3人が朝食を作りながら昨夜の話を続ける。と言っても結局話はループしているだけだった。
戻らないで欲しい---それは自分達の我儘---カオの気持ちを優先しよう---でも本音は戻らないで欲しい……、延々とループするだけだった。
だが、あつ子が思いを吹っ切ったように顔を上げた。
「カオっちに気持ちを伝えよう?このままなし崩しに見送ったらダメだと思う」
「気持ち?」
「カオっちが地球に戻るのを応援するけど、嫌だけど応援する。それはカオっちがこっちで要らないからじゃなくて、本当はずっとこのやまと屋に居て欲しい、けれど、カオっちはあっちで気になる事、やりたい事をやるべき。その為にうちらはカオっちとの別れを我慢するんだ!って。ちゃんと伝えよう! 嫌な別れじゃなくて、別の世界でも気持ちはずっと一緒だよ!」
「そうですね。家族が居なかったら僕もカオ君について行きたいくらいですよ。でも今は、必要とか必要じゃないとかではなく、旅立つ子供を見送る親の気持ちです」
「もぅ、山さんってば、カオっちのが年上じゃんw」
「でも、カオっちは誰よりも子供だよ! 自分の気持ちに今まで気が付かなかったくらいだもん」
「マルクくんの方が大人……かもしれませんね。」
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同時刻、やまと屋の裏庭には、ジェシカやキール、マルクと一緒に戻って来ていたロム達が集まっていた。
10年前にカオに誘われてやまと屋でずっと一緒に働いてきた孤児達だ。それぞれ大人になり、冒険者活動をしながら弁当屋でも働いていた。
マルクのように養子になったわけではないが、カオはいつでも分け隔てなく接してくれる、ムゥナの街では珍しい大人だった。
ボンヤリしているように見えて、何かあると真っ先に気がつき解決に走り回る、いつも自分らと同じ目線で行動する、そんなカオの事が大好きだった。幼い頃はカオの膝を占有するマルクが羨ましかったものだ。
「カオさん……」
「神託なら、仕方ないよ……神託なら」
「そうだね。つい忘れるけどカオさんは稀人なんだから」
「でも!街に残れる稀人もいるよね、カオさんは残れないの?」
「カオさんは…………きっと、他のとこで必要とされているんだ。凄い魔法使いだもの、きっと……」
「そうだね。カオさんは凄い稀人だもんな」
子供達の間には、大きな勘違いが発生中だ。
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同じくやまと屋の三階の部屋。王都のアジトを手放したタウロやカンタ、ミレイユ、ゆうごが泊まっている部屋。
昨夜は夜通しリビングで話していたが、夜が明けて子供らが起きてきたので、タウロ達は三階の部屋へと場所を移した。
パラルレンダとリンダは一旦自分の家族の元へ戻った。アネッサもリンダと同行した。
「まいったな……。まさか、カオるんが地球に戻ると言い出すとは、思いもしなかったぞ」
「そうだな。以前にカオるんの親、実家の家族の話を聞いた事があったが、とても彼らに会いたいと思うとは思えないんだが……。けど、マルク達ややまと屋の皆を置いてまで戻ると言うんだから、何かよっぽどの心残りがあっちにあるんかな?」
「正直な話……、カオるんが残留組から帰還組になって、ホッとしている自分がいます」
タウロの言葉に皆が驚いたように顔を上げた。
「嫌な人間だな、俺は」
いつも自分の事を『私』と言う言い方をするタウロが、皆の前で自分を『俺』と言った。恐らく彼の隠していた自分がつい溢れてしまったのだろう。
「僕も、ですよ。僕も酷い人間です。もしも、もしもゲームのスキルが向こうでも使えた場合、WIZがいるのといないのとでは大違いです。僕は、僕と息子のそばにカオるんが居てくれたらって思ってしまうんです」
「ははは、俺も…、私もそうだ。帰還組にWIZが居てくれたら、そう思ってしまったんだ」
「けど、10年前のあの時、それぞれの場所に戻るんだろ?俺たちは普通の人間としてあそこに戻る可能性が高いぞ。てか、ほぼそうだろ?そしたらカオるんはただのオッサンだぞ?」
「ええ、たぶん、そうなのでしょう。でもいいんですよ、ただのオッサンでも。カオるんとは兄弟のように家族のように助け合って行きたい。もちろんカオるんの都合もありますがね」
「私もです。あちらに戻った時にカオるんがWIZだったらと願う自分もいますが、もちろんWIZでなくても地球で生き抜く仲間として、近くに居て欲しいです。家族と合流したら即カオるんを迎えに行こうと思っています」
タウロとカンタの話を聞き、ミレイユも自分の気持ちをふたりに打ち明けた。
「実はさ、俺も思ってた。カオるんがオッサンでもWIZでも、戻ったら埼玉から東京を目指そうとな。カオるんはほっとくと危ないからな」
「ええ、すぐ迷子になりますから」
「良かったです。うちは茨城だから僕が向かうより、ワイ浜のタウさんか、ミレさんに川口から向かってもらった方が早い」
「神の話によると彗星と地球の大衝突は免れるが、細かい隕石は降り注ぐと言っていました。どこにどれくらいの大きさの物が落ちてくるのかわかりませんが、下手をすると交通が全て止まる可能性もあります」
「そのあたり、もっと詰めておきたいな」
「そうですね」
「残り3日、ダンジョンは中止して色々と話を詰めましょう」
「そうだな。あ、B2には行くがな」
「もちろんですよ」
「ええ」
「はい」
ゆうごもその部屋にいたのだが、オッサン3人の会話に口を挟めず、ただただ頷いていた。
-------------(カオ視点に戻る)-------------
地球に帰還までの9日間はダンジョンを楽しむと言っていた皆だが、残り3日は色々な準備に当てるので、ダンジョンは終了にするそうだ。
俺も戻るにあたり準備があるので有難い。最後のダンジョン3日をどうやって断ろうか悩んでいたのだ。
ただ、B2での買い物は今日、明日、明後日の3日とも行くらしい。
「アイテムボックスが地球で、万が一ですが使用出来る事も考慮して、マツチヨ、セボンは絶対に全購入をしておいた方が良いです」
「スタガとマッツもね!だってだってだってさ、隕石の雨が降って大災害が発生したら、もう地球にマツドマルドなんて無くなるかもなのよ!!!絶対買い占めておく!神さまお願いします!アイテムボックスごと持って帰らせてくださいー!」
アネが天井に向かって手を合わせていた。
10年前にこの世界に転移した時は、ステータスやスキル、アイテムボックスが使えた事は、本当に僥倖だった。思いがけない神様からの贈り物だ。
神様はもう帰れないと思ってた地球に戻れる選択までくれたのだ、それ以上を願うのは欲張りか。
神託の翌日、俺は『戻る』を選択したタウさん達の為に神に祈った。しかし、自分も『戻る』選択になると、神様にこれ以上願うのは気が引けるな。
…………気が引ける、が、うん、出来ればアイテムボックスがある状態で帰還したいなぁ。
タウさんから、帰還準備をするように言われた。
言われた途端にマルクが背中に張り付いた。
今朝起きてからマルクはずっと俺の後をついて来ていた。まるで目を離した途端に俺が居なくなるとでも言わんばかりに。
ダンとアリサが俺の前に来て、俺の背中のマルクに話し始めた。
「俺は、俺たちは本当の子供のように親父に可愛がられた。本当の子供以上に何でも与えてもらった。でも俺は時々不安になったんだ。親父がいつかいなくなる気がした。親父がよく話してくれた元の世界に戻るんじゃないかって」
え……、俺、そんな風だったか?
「うん。お父さんね、時々すっごく寂しい顔をする時があるの。まるで置いていかれた子供みたいな顔。だから私は早くうんと大人になってお父さんを安心させたかった。でもダメなんだよね。お父さんの止まった時間は私達では動かせないの。お父さんが寂しいまま止まった時間」
アリサの真っ赤に腫れた目から、また涙が溢れた。
「そうだな。親父は元の世界で、自分で止まった時を動かさないと。俺たちには手伝えない。出来るのは待っているだけだ」
俺の背中のマルクがもっとキツく俺に抱きついた。
「……じゃないか! 待ってたって戻って来れないかも知れないじゃないか! 父さんはあっちに帰って、もう戻ってこないんだ!」
背中でわんわんとマルクが声を上げて泣く。
ごめんなぁ、ダメな親父でごめん。頼りなくて自分勝手でごめん。
それでも俺は、地球へ戻ろうと、決めてしまったんだ。
ダンが俺からマルクを引き剥がして、何処かへ連れて行った。俺は背中が急に寒く感じた。
それからあっちゃんに声をかけて2階のあっちゃんの部屋へと一緒に上がっていった。
あっちゃんに頼みがあった。それが俺の『帰還準備』だ。
王都の女神像クエストで貰った『収納鞄』、五段階マックスまでバージョンアップをしてあるので、アイテムは500個入る。
9年前にこの鞄を入手した時は、自分にはアイテムボックスがあり使わないので、マルクに持たせていた。
鎖を付けた小さい鞄を斜めがけする3歳の頃のマルク。可愛かったな。
2年前にマルクがギルドで冒険者登録をして、仲間(子供)で依頼を受けるようになると、マルクは鞄を置いていくようになった。
成人(15)したら自分で手に入れると仲間達と決めたからだ。
あの時はまだ10歳だったのに、大人になったとジーンとしたものだ。
俺はその収納袋へアイテムを詰めて、あっちゃんへ預けるつもりだ。
いずれ一人前の魔法使いになるマルクへ、必要となるだろう魔法書や、WIZの武器、装備やその他の品をその収納鞄に入れて、マルクに残したい。
あっちゃんにその話をすると突然タブレットを渡された。
「なんだ?これ?……タブレット?」
「うん。やまと商事の。職場で社員が使ってたタブレット。この世界に来た時、カオっちが職場の机を持ってきてくれたじゃん?その引き出しに入れてたやつ。充電してあるから使えるよ?」
「はぁ……、で、何に使うんだ?タブレットって言っても通信機能は使えないし…………」
「カメラとかカレンダーとかメモ機能は生きてる。カメラで動画撮れるから」
「うん?」
「だからね!マルクに残しなよ。メッセージ。誕生日ごとのメッセージ。13歳のマルクへ。14歳のマルクへ。そして成人おめでとう15歳のマルクへ。とか、色々だよ!そんで収納鞄には誕生日プレゼントもいれてくの。魔法書、ラッピングしてあげるよ」
なるほど、そう言う事か。
これから先、俺はマルクの成長に立ち会えないけど、タブレットから俺は成長するマルクへ言葉を贈れるのか。
「ありがとう、あっちゃん。わかった、これは借りるな。…………しかし、あれだな。余命いくばくの親が子供に残すやつっぽいな」
「カオっちは余命3日なんだからね!しっかり動画撮りなよ!」
母は強し、あっちゃんはいつも最高だな。ありがとう。……扉からリドル君(あっちゃんの旦那)が覗いていた。いや、浮気じゃないから。
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