第5章 ヒガンバナ

 ローバートが一人で山を降りて自宅に戻って来た時、カレンが真っ先に駆けつけてきた。カレンはローバートに抱きつく。


「兄さん! 一体どこに?」

「カレン……」


 ローバートはカレンを抱きしめる。


「カレン、もう君は生贄にならなくていい」

「兄さん?」

「村の皆にはもう話した。カレン、これから鬼の生贄になる人は出ない。君の明るい未来は保証されたよ」


   *


 ローバートが村から戻る前。

 山頂でローバートはヒガンバナに言った。


「ヒガンバナ。カレンの身代わりになってくれないか?」


 ローバートの申し出にヒガンバナは驚かなかった。

 ヒガンバナは実体を持たない。だから〈蟲〉の女王が入っている子宮を体に埋めることは不可能だが、ヒガンバナが干渉して〈蟲〉の女王が持つ〈蟲〉を制御する力をヒガンバナに移すことはできる。だから、〈蟲〉の女王が母体の子宮から出ても〈蟲〉を制御する力はヒガンバナが持っているため、ヒガンバナが命令しない限り村は襲われない。

 そのことを説明すると、ローバートは頷く。


「ありがとう、ヒガンバナ」

「これでいいのか?」

「いや、ヒガンバナ。だ。カレンが死んだら、力を〈蟲〉の女王に返して、を解放してくれ」


 ヒガンバナがこんな村の犠牲にならなくていい、ローバートはそう付け加えた。


    *


 村の皆には悪魔が〈蟲〉の女王の母体になった事を説明した。

 村の皆は最初、ローバートの話を疑っていたが、ローバートはヒガンバナが顔に生やしていた彼岸花を見せると納得した。

 血まみれの手を模した彼岸花を見た村の皆が悪魔の存在を認知したのだ。

 だが、、ということだけは言わなかった。



 鬼を殺すために行った過酷な訓練は、カレンの寿命を確実に縮めたのだろう。

 カレンは小さい頃から体が本当に弱かった。だから何をしてもすぐに脈が狂い、労働力にならなかった。だからローバートはいつもカレンの傍にいた。

 村の皆がカレンを生贄に選んだ理由は想像に難くない。


 役立たずはいらない、と。


 村の皆がカレンのことを役立たずだと思っていても、ローバートにとってはたった一人の妹で、大事な存在だ。だからローバートは20。カレンが20歳まで生きられないことは知らない。カレンが傷つき悲しむと思ったらどうしても言えなかった。

 体調を崩してベッドで横になっているカレンは、窓際に置いた花瓶に挿している彼岸花を見て呟く。


「綺麗な花だね……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る