第4章 女王

 

 声は語り始める。


 遠い昔、この地には〈蟲〉が住んでいた。

〈蟲〉には女王がおり、〈蟲〉の女王が〈蟲〉達を統べていた。〈蟲〉の女王の本体はとても小さいが産卵機能があり、〈蟲〉達に命令して統制する力がある。それゆえに〈蟲〉の女王は最強だった。

 だがある日、〈蟲〉の住処に人間が侵入してきた。

 人間は〈蟲〉達を山の中から消すために、〈蟲〉の女王を人間の女性の体――子宮に封印した。母体となった女性の子宮に〈蟲〉の女王を閉じ込めることで新たな〈蟲〉を産卵することができなくなり、〈蟲〉は数を減らした。また、命令する〈蟲〉の女王を確認できなくなったため、山中に残された〈蟲〉達は〈蟲〉の女王を求めて山をさまよい続けた。

 母体となった人間の体が限界を迎えた時、人間は〈蟲〉の女王が入った子宮を、次の女性が生来持っていた子宮と入れ換える。〈蟲〉の女王が封印されている子宮の癒着が確認された後は傷口を塞ぎ、その女性を神殿に閉じ込める。村の人間は祈りを捧げるためだと言いくるめて女性を神殿へ誘導するが、実際は女性が変な気を起こして自死させないためだった。

 そして、時が来ればまた同じことが繰り返される。

 こうして〈蟲〉の女王は閉じ込められ続け、村は安泰を保っていた。

 たった一人を犠牲にすることで。

 母体をなくせば、人間の子宮の中で憎しみを溜め込んできた〈蟲〉の女王は〈蟲〉達に人間を殺すよう命令する。だから、ずっと生贄を捧げなければならない。

 花の文様? 

 あれは〈蟲〉の女王によるものではない。

 あれは、村の人間が生贄を選ぶために勝手に作った仕組みだ。

 生贄となる人間を村の人間が勝手に決め、決まった人間に目印の花の文様をつけていただけだ。



 その語りを聞いて、ローバートはその場に崩れ去った。

 生贄は鬼が決めたわけじゃなかった。村の人間が保身のために作為的に決めていたのだ。

 思い返せば、生贄は村で一番立場が弱くかつ女性が選ばれていた。女性なら子宮を持っている、そういう理由だろう。

 ローバートは拳を地面に叩きつける。震えが止まらない。この震えが怒りによるものなのか、分からない。

 鬼を退治すれば全てが終わると思っていた。

 カレンが生贄にならず、生贄の悪習はなくなり、村に平穏が訪れると思った。だが、鬼を退治すれば憎しみを溜めこんだ〈蟲〉の女王が村を襲うだろう。だからといって、カレンを生贄にしていい理由にもならない。


 カレンを守りたい。


 カレンを救う方法が一つだけある。それはローバートが身代わりになって〈蟲〉の女王が封印された子宮を体に埋め込み、神殿に残ること。

 覚悟していたつもりだった。覚悟していたはずだったのに、真実を知った今、その覚悟が全て崩れてしまった。


「離れたくない……」


 だが、ローバートが代わらなければカレンが生贄にされてしまうし、自分が犠牲になっても村には生贄の悪習が残り続けてしまう。

 ローバートは泣き叫ぶ。


「くそっ! くそっ! こんな村! 滅んでしまえばいい!」

 

 先住していた〈蟲〉の住処を奪い、一人の人間を平気で犠牲にする、こんな村がずっと存在していいはずがない。

 悪習は絶たなければいけない。悪習を絶つなら今しかない。

 だが、決断できない。

 カレンが、生きているからだ。


「カレン……」


 たった一人の妹、カレンの生きる世界が明るくあってほしい、と願った。同時に、その明るい世界をローバートも一緒に見たい、そう思った。


「ヒガンバナ……どうすれば……」


 ヒガンバナは少し考えこんだ――ように見えた――後、言った。


「私は……貴様の望みを尊重する」

 

 ヒガンバナの答えになっていない答えにローバートは乾いた笑いを発する。

 ヒガンバナの言葉で、ローバートはある決心をした。

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