第24話 鬼に捧げる新しき世 弐
現実に戻った私はその場に泣き崩れた。
「如何した?」
「私の名を、私の名を呼んでください」
「……」
「お願いよ、吟」
「か、か……花純」
駆け寄って来た吟の腕を鷲掴んだ。
「こんな大事なことを……なぜ私に隠したのですか?」
「突拍子だな。隠すとは何を申しておるのだ」
「吟の異能は、並外れた結界。それから、記憶を消す力。あっていますね。私の過去を消した理由をお聞かせ願います」
絶え間なく零れる涙は吟の着物に落ちてしまう。拭う前に吟の手が私の頬に添えられた。吟の瞬きが止まった。
「何を、知ったんだ」
睨まれる眼を私は力いっぱい眼に入れた。
「あの時、私は罰を受けなければならなかった。吟を穢し祟ってしまったのです。この手で」
空虚のような躰は一点を見つめているだけで口も動かない。吟を揺らし続けた。
「過去を探らせないために記憶を消したのですね?」
「鬼頭、もみじ様がお呼びでございます」
鬼火丸さんの声に吟の指が鳴った。障子に映っていた鬼火丸さんの姿が消えると私と吟の周りに鬼灯が囲んだ。
「何か言って下さい」
「当時の僕は弱き鬼だったがために招いた事故。記憶を消したのは、僕のためだった。花純と再開したとしても以前のような関係を保てられないと思った」
吟の腕は私を強く引き寄せた。
「事故ではありません」
「花純との記憶は消しておらん。僕の胸にある」
「私は命に変えてでも償います」
吟の有無に耳を閉ざした。私は手袋を脱いで痣の手を鬼灯が照らした。
「吟、ずっと独りで重みを背負わせていて、ごめんね」
吟の頬に私の手が触れた。
「花純?」
鬼灯が照らした吟の本来の顔が現れた。
「よか……うん、よかった。昔の吟が此処にいます」
手鏡を吟に向けると鏡を跳ねのけられた。鏡の代わりに掴んたのは私の腕。
「首が、痣が広がった」
私は笑みを作った。
「痛みはありません。手の色が変わっただけですよ」
吟は首を横に振った。渾身の眼力で私を見ていた。
「僕を治したのか」
吟は恐ろしいものを見たかのように声を震わせていた。
「呪いうつしです。吟の穢れを私が奪いました」
「何事にも代償というものが付きまとう。この、新たな痣は僕を助けたからではないのか」
「おあいこです。記憶を勝手に奪ったので、私は勝手に呪いうつしました」
吟が拒否したとしても私は呪いうつしを執行した。己の痣なんてどうでもよくて、この先が黒であろうと私は白と思い進んで行く。助かるならこの命を掛けられる。
「まだ僕は……」
吟の胸に耳を預けた。
「弱き鬼ではありませんよ。もう立派な強い鬼です。この早い鼓動は生きている証し。吟を必要とするあやかしは数多にいます。あと少しだけこのままでいさせて下さい」
吟の懐はとても癒される。不安や疲れを吸い取られるように脱力してしまう。
失いたくない。
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