第20話 夜市と誤解

 「花、全力で挑んで来い」

 私は格子の前に立ち鍵を開けてから手袋を脱いだ。地下の冷たい空気が指先を敏感にさせる。私の素手を闇に晒した。

「黒羽様」

 声が響く。消えゆく声に重なった擦り足。私に近づいている。

「必ず助けます」

 すぐさま微かな感触を感じた。針が指先に刺さるような痒い痛みに似ている。

 黒羽様の指らしき感触を手繰り寄せ、そのまま手を滑らせて手首を掴んだ。暗闇に進んだ眼前には黒羽様の息遣いを感じた。

「黒羽様、触れさせていただきます」

 無音の湿気に手を伸ばして冬の岩場のような冷たい頬に手を置いた。

 すると「ひっと」息を吸い込む音がした。私ではない。黒羽様だ。

「花ちゃん? 如何した」

 白梅ちゃんの声に「予定通りです」と返した側から異変を感じた。

 爪の中に入り込む棘の痛みが肩まで走った。痛みはさらに指先を麻痺させ感覚を鈍くさせる。

「花、そっちに参ってもよいのか」

 声を荒げた白虎様になるべく気丈な声で

「お待ちください」

 耐えがたい痛みがあっても先を知るには痛みの壁を超える必要がある。きっと黒羽様も痛みを感じているはず。

 やがて無音の状況から終わりを迎えた。


「神使いが妖魔に変化しても元の姿に戻る。厭離と記さなくてもよくなったな。」

 白虎様の現状報告に瞼を開けた。

「その、ようですね。これが私の呪いうつし。完結で御座います」

 行燈の明かりが成果を露わにさせていた。私はその光景に膝から崩れた。

「しっかり」

「気が緩んでしまいました」

 全身が壊れそうだった。厭離の存在を知り、全て憶測で進むしかない現状に息をするのも心地悪くて、心に潜む臆病な私を押し殺すのも並大抵ではなかった。道がない道を進むには信じる力にしがみつかなければ不安と恐怖に押し潰されてしまいそうだった。


「ありがとう、花。それから、すまぬ。どれ程の重圧を押しつけておったことか、花には感謝しきれん」

「謝るなんて白虎様らしくないです。白虎様の助けたいと仰られ、私を動かしてくれたのです。それに私は白虎様も救いたかった。過去の傷に手当てが必要でしたからね」


「玉藻前 花純殿」

 新たな声は白虎様の背後から聞こえた。


「わたくしを助けて下さりありがとうございまする。至極の極みでございまする。諦めずの精神は遠のくわたしを何度も呼び止めた。励みの声は、わたくしの道を照らす行燈のようでした」

 おかっぱ髪の女子は黒い衣装に躰を包み、細長い首を支える小さな顔に笑みが溢れていた。

 彼女は八咫烏。浮世絵で見たとおり三本足に、躰以上に大きな翼は濃密な毛並みが生え、行燈の明かりで艶めいていた。

「ご紹介させて下さいまし。わたくし四神に仕える神使い黒羽でございまする。わたくしの命ある限り玉藻前 花純殿にご恩を返す所存。どうかわたくしを四神と共に側において下さいませんか」

「恩だなんて滅相もありません。お気になさらないで」

 もしも厭離になっていれば……

 駄目、悪く考えないようにしないと。まだこれからなのだから。

「それでは神使いの身として恥でございまし。お礼は受け取って下さらないと一生追いかけまする」

「一生はまいりましたね。元のお姿に戻っただけで私には褒美です」

 私の言い分は却下されてしまう。助けを求めて白梅ちゃんを見るも、八の字の顔を向けられた。

「花ちゃんは未だ桃乃月様のお礼も受け取っておらんからの。黒羽、気長に待つしかあらんの」

「花は下界に出て、まだ春夏秋冬の夏しか過ごしておらん。未熟ゆえ童子並みの解釈しかできんと思っておれ」

 詰まるところはあったが、納得する部分が殆どの解釈に私は頷く。

「畏まりました。わたくしめは瞬間移動の如く必ず目的地に導きます。これにお役にたてればと」

「瞬間移動?」

「この大きな翼があれば数秒にてご要望の物をお持ちし、さらにはご移動が可能でございます」

「例えば秘匿の文を運んで頂くことも可能ですか?」

「勿論でございます。わたくしめは夜空に溶け込み無音で飛ぶことができまする」

 私は小さく頷いた。

 黒羽様はそれを読むかのように側に寄って来られた。

 私はふみ香を胸元から取り出した。

「これを桃乃月様にお届け下さい。これが私の願いです」

「早速でございまするね、畏まりました」

 桃乃月様にお会いしたら渡そうと日頃から懐に入れていた。

 秘匿の内容は


『奇聞である物の在処を知りたい』

 と書き記してある。


 ある物とは世に出回る誠か否かの、媚薬。

桃乃月様の情報網なら手がかりがあるのではないかと思えた。


 地下牢から外に出れば、黒羽様は夜空に向かって羽ばたかれた。

 白虎様は「黒羽は久々に羽を伸ばしたいのだな」と気づかれていないようだ。



「お待たせしました」

 早い。

「瞬間移動とはこんなにも素早いとは驚きです」

私の懐にある物が入った。死角を探してふみを開く。


『ようやく花純ちゃんへの礼ができるのねぇ。ちょうど手元にあったわ。上手に使って。ただし効力は三度まで』


 これが幻の媚薬、本当に存在してしまった。同封してあった小玉を飲み込んだ。

 桃乃月様への贈り物は、それは珍味物ばかりと聞いていた。

 効き目が現れれば私が失った記憶を取り戻せるはずなのだけれど、使用法は記載されていない。


 表通り、長屋の看板下に紅色の提灯がぶら下がる。風鈴の音色に耳を澄ますと涼しさを感じ取った。

 すれ違うあやかしの片手には棒に突き刺さる華やかさがあった。飴細工だろうか。甘い香りが私の視線を奪ってゆく。

 頭を振った。それどころではない。

 青龍一族を従えた神使いの行列があやかしの視線を奪っていた。

 まるで長い尻尾が生えたような私の背後は、青龍様を警護する眼が連なっている。

「今宵、花純さんのお供をわたしが担うとは幸甚の至りですよ」

 羽衣が付いた傘の中にて私は青龍様と歩く。眼尻を下げて口角を上げた青龍様が満面な笑みを私に浴びさせた。

 こうなったのは突然だった。

 帰路に着こうとした時だった青龍様が私を引き止めた。

「私の分際で再びお隣を歩かせていただくとは恐縮でございます」

 青龍様は私の腕を掴んで指をさす方向へ向かってしまう。

「巻こうか。あやかしの輪に入れば神使いに探す間ぐらい与えられます。さあ、走りますよ。花純さん」

「えっ、ああ、はい」

 夜市の表通りは前回よりも賑やかだった。白虎様いわく、月一の夜市は祭り。地方の商妖が集まり風変りな出店が多く点在するらしい。混雑した間を擦すり抜ける。

「此処まで来たなら追いつかまい」

「今のは神通力ですか? 誰も振り向きもしませんでした」

 走ったのに息も上がっていない。

「下界の散策は神通力が必須です。顔を晒してはなりませんから」

「ではいつも近くに四神様がいらっしゃったのですね」

「そうゆうことになるかな。下界は情報の源。探索は日課でしたよ」

「もしも神通力に敵う妖術があれば見つけられますよ」

「あれば、ですが今は存在しません。鬼ですら持っておりませんからこの先も心配は要りませんよ」

「これは空言ですが、よからぬ刀が神力をも破壊すると聞きました」

 以前、鬼火助くんが口を滑らしていた。

 表情が硬くなってゆく青龍様。次第に力が加わった。

「手が千切れそうです」

 我に変えったかのように眼を見開く青龍様の力が緩んだ。

「具合を悪くしたのではありませんか? どこか静かな場所で休みましょう」

 どんどん悪化する表情に手をお貸しした。

 表通りから離れた甘味屋の暖簾を潜った私達は裏庭の川沿いにある竹椅子に並んで座った。

「んん、美味である。夏は心太が喉を潤すの」

「私は今日で二度面の心太です」

 初めては吟の手土産だった。濃厚な甘だれは舌が覚えている。

「そうであったか。夏は熱さゆえにあしが速い食べ物が多くある。甘味物もその場で食べるが一番と聞く」

 心太だけでは足りず、みつ豆を頼む青龍様に私は安堵した。先と打って変わって顔には健康的な赤みを帯びてきた。真っ青にはぞっとしたけれど。

「あっ」

 白玉が口に入らず地面に落としてしまった。

「買って参ります。お持ちください」

「いや、このままでよい。落ちた食べ物は餌になる」

「ですが白玉の責任は私にございます」

「花純さん」

 青龍様は笑い出した。お腹を抱えて眼尻に涙をのせている。

「白玉一つでわたしが罰を与えるとでも? 愉快なお方です」

 大口を開けて表情を崩す姿に私は見惚れてしまった。

「高貴なお方なのに無邪気に笑われるのですね。数々の表情の中でも今が一番、青龍様にお似合いです」

「離れておりながら花純さんはわたしを見ておられたか」

「私ったら無礼ばかりを口にしました」

「無礼ではない。わたしにとって喜ばしきことですよ」

 器を置いて私の耳元に近づく青龍様。身を離そうとしたが青龍様の手が腰に回った。

「誰にも聞かれたくない秘事を花純さんに致しましょう。黒羽を治したお礼に」

「お礼だなんて……」

「しっ―」

 近い声は音色のように溶け込んでゆくようで私を静止させる。大人しく耳を傾けた。

「神通力を超える術はありませんが、術具は存在します」

「三種の神器のことでしょうか」

「それは祈り器。わたしが申すのは汎用の刀が存在する。それは妖術も神通力さえも斬ってしまえる力を持つと云われております」

「それは神妖刀ではありませんか」

「そう、神妖刀はあやかしも神も恐れる刀。されどご安心を、封印しております」

 私はその先を知っている。

「失った、ではありませんか?」

 眉間に皺を寄せた青龍様は川へ視線を流した。

「さあ門へ参りましょうか。八咫烏が怒る前に」

 上手く濁されてしまった。


 表通りの賑わいはまだ収まっていなかった。

「あれ花純さん?」

 紅色の中で絽の夏着物を涼しげに着こなしたもみじ様。裳裾に手を添えて上品に手を振っていた。

「もみじ様、と……」

 隣には吟の姿があった。

「夜市を回っていたのね。殿方と」

 羽衣の傘を持たない青龍様は平民の姿に変わっていた。

「あっしは裏鬼門の当主もみじと申します」

「今宵は鬼頭と外食ですか?」

「はい。これでもあっしは許嫁でございまして今後の段取りがてら散歩に誘って下さり今でございます」

「それは喜ばしきこと。邪魔はできませんね。花純さん、我々も先を急ぎましょうか」

 あれよあれよと進まれる会話の中で私と吟は眼が合ったまま互いを視野に入れていた。言葉も交わさず表情を変えることもなく、ただひたすら私は吟を離さなかった。

 真横の青龍様が私の視界を隠すように前に出られた。私を引っ張った途端、吟の側を通りすぎる。

 しかし私の脚が止まった。突然の立ち止まりに青龍様の手が離れると、手ぶらだったもう片方の腕が掴まれていた。

 見上げた手の持ち主は、吟。

「楽しいか。夕刻は過ぎておるぞ」

 小声は耳元で発せられた。

「大旦那様は楽しいですか?」

「花純のおかげで胸糞悪くなった」

 空いた片方の手に感触が伝わった。

「花純さん、おいで」

 汚い言葉を浄化するかのように心地よい声が私を呼んだ。

「吟君、邪魔してはご法度よ。早く行きましょうよ」

 吟の腕をもみじ様はぶんぶん振った。

「怖い顔しちゃってさ。花純さんと祭りに行った昔話しを楽しそうに話すくせに。今宵はあっしが楽しませるんだからね。ようやく夜市に出られたのよ、二方だけで」

 頬を膨らませるもみじ様に私の脚が一歩二歩と寄った。

「今、昔に私が外に出ていたと?」

「ええ、覚えていないの」

 吟は背を向けた。見慣れた光景に私は吟の背に手を伸ばした。

 その時だ。こめかみに刺激を感じた。眼が開けられない。



 寝静まる刻、吟が現れた。身なりを整えて土埃の香りが漂う場所に明かりを照らす私を、私は壁沿いに眺めていた。

 吟も幼く私も幼い。十と思われる姿。

 不思議な現象は……媚薬? 効果が働いたに違いないのならば、残りの効力は二回ということになる。


「吟、どろどろですよ」

「忍び込みは夜中が定番だからな」

「此処をどこかご存知ですか?」

「格子の中だ。この日のために少しずつ穴を掘っておった」

「いつのまに。この日とは?」

「祭りがある。朝まで騒ぐ日でもあるんだ。鬼火の結界で祭りは守護されておるゆえ心配無用だ」

 吟の早口に理解が追いつかない。私が伝えたいのは、私は誰なのか忘れてしまったの? と何歩も後ろに下がって、ついでに文机を吟と私の間に置き即席の壁を作り教えてあげたい。

 なのに巧みに拵えたって吟には逆効果。真面目な表現の上にギラついた眼つきが得意げな顔に変えている。

「まるで私を下界に向かわせる勢いに聞こえます」

「御名答。今宵は妖都の面白みを実感させてやるよ」

 吟は肩にかけた風呂敷を開けた。

「ほら、僕が編み出した手袋だ」

 白い手袋が二枚畳に置かれた。

「手袋で手を隠しても呪いは呪いです」

 当たり前の文句を無表情で吐く吟に興醒めた私の声は萎れていた。

「ただの布ではない。これは鬼一族の髪で編んである。鬼の髪は鎧でな、四神様の神通力も通さんと云われておる。さらに異能で……とにかく強度になっておるはずだ」

「異能をお持ちなのですか?」

「僕には三つの特殊能力があるんだ。また教えてやるから。まずは試すのみ」

 吟は清酒を茶碗に注いだ。茶碗の中に手袋を身に着けた私の指を入れてみる。

「今まで何度も試しましたが、いつも……」

「どうだ?」

「黒くならない!」

 色は透明のまま。香りもお酒そのもの。格子の外に置く榊にも触れてみた。

「効果が出ている。緑のまま。枯れていません」

「やはりな。僕の異能は脅威であるな。勉強になった」

 呆気にとられる口を閉じてから私は吟の前に近づいた。

「この私が本当に外に出られるのですか?」

「ああ、出してやる。太陽が顔を出すまでに此処に戻ってこよう」

「はっい」

 吟が掘った穴は外に通じていた。距離は短くても深さはあった。よじ登った先は私が住まう長屋と思われる外壁に到達した。

「僕は変装する」

 吟は狐の面を被り頭の上の角を分厚い布で隠した。

「吟? もしかして黙ってお家を抜け出したのですか?」

「ああ。抜け出すのは毎度の癖だ」

「癖にしていいものなのでしょうか?」

 吟が用意してくれた草鞋を履いた。吟のおかげで夢のまた夢の下界へ足を付けられた。履き心地は親指の間が痛い。

 砂利道を踏み締めるじゃりじゃり音が気持ちよくてわざと足踏みをした。吟はそれを一見してから鼻で笑う。

 吟の手は私の裳裾を掴んだ。これであれば迷わない。吟の背についてゆけば私の夢はさらに現実になる。

「祭りは裏通りだ。隠れ市も出店しておる。不思議な物が売っておるぞ」

 吟の案内は私を喜々させるものだった。

 屋台の食べ物は初めて見る物ばかりで、食以外にも射的や金魚すくいと催しがあった。中でも人気は、驚かせ屋敷。驚かせ役があらゆる所から出没しては客を驚かせるというもの。

「どこから出て来るのでしょうか。吟は驚かせ屋敷は常連さんでしたか?」

「僕がこんな子供騙しのような遊びにわざわざ足を運ぶわけないだろ。鬼が驚いて大騒ぎす想像も甚だしい」

「では今日が初めてなのですね。無理を叶えて下さりありがとうございます」

「君が行きたそうにするから付き合ったまで。普段は眼にも入れぬ」

「吟は頼りになりますね」

「まあな。たかが娯楽で褒めるのも可笑しな君だな」

 驚き屋敷は布で区切りをつけたお手製感たっぷりな造り。迷わないように歩く道順も書かれていた。手の込んだ仕掛けがありそうでわくわくさせてくれる。

「足、痛くねぇか?」

「はい。格子の中で鍛えておりましたので」

「もしも疲れたなら、わぁあああああああああ」

「吟、どうされましたか」

 吟の声に私は驚いてしまった。

 気がつけば……

「あらら、あっという間に出口ですね」

 吟は私の裳裾を握りしめて茫然と立っていた。

「大丈夫ですか? 少し休憩しましょう」

 白眼になりそうな吟を引っ張って長椅子に座った。詳しくは触れないであげよう。

「吟は走ると早いですね。そういえば走ったのは初めてです。こんなに爽快だなんて、抜け出す癖もいいものですね」

「すまない。君の歩調に僕が合わせなければならない立場なのだが」

「とんでもございません。私に合わせてしまったら私は最新を知る機会を失います。私が吟に合わせたいのです。元気がまだ残っているなら次へ行きませんか?」

「君が元気ならばとっておきの場所がある」

「その響き、そわそわします」

 裏通りの長屋からさらに後方へゆく。長い階段に差し掛かった。階段を登ってゆくと空気が変わった。

「無理をするな」

「水を飲めばまだ行けます」

 吟は懐から竹筒を出した。受け取った竹筒を口に流した。

「甘いお水ですか?」

「そう甘水だ。疲れておる時に飲むと回復する。塩も入れたから水分補給には持ってこいだ」

「世の中には便利なお水があるのですね。いつも持ち歩かれているのですか?」

「いや。今宵だけだ」

「では私のためにご用意されたのですか?」

「まあ、な」

 吟の優しさが見え隠れした時、肌の温度が上がるのはなぜなの? 色味が顔に出てしまったら恥ずかしいわね。

 登り終わりが見え始めると脚が止まった。

「妖都なのでは? こんなにも広いとは想像もつきません」

 眼前の景色に息を飲んだ。

「君はこの中の暮らしておる。僕の屋敷もあるぞ」

「きっとご立派でしょうから真ん中の高台に建てられてあるはずです。あれ、あのお屋敷ですね」

「そうだ。四方に見える広大な建物は四神様の宮だ」

「東の方角にあるのが青龍様の宮ですね。そっか。いずれ私はあそこに嫁入りするのですね。まだ実感が沸きません」

 自由に動けない私は迷う心配したってね。かか様にも会えない。ということは、吟にも会えないんだね。

「……君は。許嫁にされて嬉しいと本気で思うのか?」

「吟だから申せますが、私みたいな変わり者は早く消えてなくなりたいと思ったり……でも、それを致せばかか様とと様を助けてあげられません。婚姻の中身は偽りですが、結納は真実。少しでも育ててくれたお礼になれば私は幸せです」

「格子で娘を囲む親は僕は甚だ信じられん。それでも恩返しをする君はなんというか、操られた傀儡のようだ」

 振り向いた吟は私から眼を離さなかった。訴えるような眼差しはかか様と同じ。大抵かか様は本音を隠している表情なの。私は乾いた秋空のような笑みを零した。

「その傀儡は可愛らしいですか?」

「俺が述べている本筋はだな……」

「傀儡でもいいですよ。格子育ちの私は意見を持てませんが、おかげで堅忍不抜の精神が備わりました」

「ふん、君はつくづく変わり者だ」



 私は過去見られた。

 これが失っていた記憶。

 私は青龍様の許嫁。


 この世に戻ると、先の続きから始まっていた。

「花純さん、頭が痛いのですか?」

 こめかみを抑える指を動かして青龍様を見上げた。

「大丈夫です」

 青龍様をまじまじと見られなかった。

「顔色がよくありません。今すぐ鬼屋敷へ送りましょう」

 吟の屋敷に帰った私の右手は、まだ暖かい余韻が残っていた。

 青龍様がずっと握っておられた温度。

 私が欲しい温度は……近くにあって、遠い先にある。

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