第10話 鬼の約束
夏越の祓を前日に控えて、私は紫月を設置する場所を吟と決めることになった。
吟と金華楼へ来たのは初めて。白梅ちゃんと白虎様は最後の調整に入るため最上階にいる。
「だからなんだ、その僕の眼を批判する言い分は」
「ですから、小さいのですよ。とくに桃乃月様を見られるときは、ぱっと開けないと」
「不揃いと言いたいのか?」
どうして使用しないの? 寝所に大きな鏡があるのに。
「形ではないのです。開き方お伝えしているのです。では私を罵って下さい」
「ああ、それなら容易い。のろま、まぬけ、傀儡」
「それです! その大きさです。その見開きを桃乃月様に見せて下さい」
皮肉にも活き活きしているのだ罵倒する吟の眼は。
「阿呆、僕は傀儡でないぞ。桃乃月はどんな趣味をしておるのだ」
吟の機嫌は置いといて、本題は紫月を配置する場所を探すことにした。辺りを見渡す。やはり島を囲む配置が効果あるとみた。
「妖魔は泳いで来るのでしょうか?」
後ろを歩く吟に伝えるが表情が盛大に悪い。
「なんだその、おお、色めいた歩き方は?」
しまった。桃乃月様の修行が出てしまっている。
「私だって、女です。変ですか?」
「普通に歩け。男を呼び集める歩き方だ」
「そうですか? 私は呪いの子ですよ。そもそも老若男女寄ってきませんから」
「はあ、つべこべ言わず普通に戻せ。然もないと外出禁止にするぞ」
「分かりました。戻しますよ」
吟だって大振りで歩くくせに。
「不満なようだな。ならば僕の屋敷内ですればよいだろ」
「では大旦那様の前で致します」
「ぼぼぼ僕の前とか、特定するな。眼障りになるだけだ。外では禁止すると命令したまでだ」
変な吟。手振りがやけに煩い。
「はい、命令ですね。仰せのままに」
吟の剣幕が一段と深い。
「鬼火は妖魔対策でしたよね」
「ああ、紫月より効果は薄いが妖魔は鬼火を憂虞する」
「それでも用心下さい。妖魔について得た詳細はまだ少ないのです。もしも鬼火の抗体が妖魔に備わってしまったら鬼が全滅します」
「花純も妖魔に喰って喰らわれるな」
「呪い者同士で喰っても、きっと変化はありませんよ」
「無傷なわけなかろう。苦い物を喰って再び苦い物を喰った味はどうなる?」
「舌に残っているので苦いだけです」
「苦味を呪いに置き換えてみろ。花純は呪いを弥が上に背負う可能性はありうる。舌に残るように一生背負うのだ。肥大した呪いをな」
私の両手を吟は見ていた。
「私、まだ誰もこの手で穢したことはありません」
「ああ」
「不思議ですよね。この手が穢すと、なぜ知っているのでしょうか? 呪いの子とは、どのように誰が決めたのでしょ? 噂が暴走してと、勘案しましたがそれはあり得ません。それなのにこの手は穢すようです」
かか様に尋ねなかった。問えれば手がかりが分ったかも知れないが呪縛のような呪いからかか様を遠ざけてあげたくて話題にすることはなかった。
「全ては未知の世。だが今後は異なる。花純が動けば動くほど必ず答えが現れるだろう」
「私の行動で変われば手掛かりに辿り着きますね」
「花純はようやく下界へ出たのだ。必ず花純を目当てに奴らは動くはずだ」
「妖魔は私を狙っているのなら紫月を作らせないように始末するのが狙いでしょうか」
「夏越の祓で何だかの糸口が明るみ出るだろうが、花純が妖魔に喰われたら胸糞が悪い。鬼総出でお前を守る。約束しろ、自ら妖魔に近づくな」
吟が握る拳は昔と同じだった。
格子越しでの愉快な会話でさえ、吟の膝に置かれた傷だらけの小さな拳は、ぎゅっと硬く閉ざされていた。それを見る度、不安でたまらなかった。明日、吟は此処へ現れなくなったらと、嫌われてしまったらと、小さな私の心が怯えていた。
「守る、と昔にも。でも誓った側から大旦那様は姿をお見せになられなかった。今回も同じになってしまうのでしょうか」
とうとう弱音を片づける部屋が無くなってしまった。私は今の吟に何を求めてしまっているのだろう。もはや私の心の在り方が暴走している。
「今の僕と昔の僕は違う」
吟は背を見せた。
「今のは聞かなかったことにして下さい。ただの独り言でした」
大きなため息を吐いたのは吟。
「僕は変わらなければならなかった。花純を守るために」
「私を嫌いではなかったのですか?」
「嫌いと守るは別だ。勘違いをするな」
偉大な背中は逞しくあっても声は幼き吟がいる。
「私は昔と変わりませんよ。大旦那様の役に立ちたいと思っています」
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