皇城のパーティー ③

 アルベルクについて周り、様々な貴族と挨拶を交わしたサナは、疲労感に塗れていた。


「サナ、大丈夫か?」


 アルベルクがサナを気遣う。サナの肩に腕を回し、彼女の耳元で囁く。


「疲れたなら休憩室に行こう。そこならゆっくり休めるはずだ」


 甘美な誘いに、サナの胸が高鳴る。

 休憩室は、パーティーや舞踏会に招待された貴族たちが使用できる部屋である。実際に休憩するために使用する貴族もいるが、快楽のために使用する貴族のほうが多い。相手は配偶者であったり婚約者であったり、その時限りの相手、既婚者という場合もある。サナとアルベルクは夫婦のため、休憩という名目の部屋を堂々と使用しても問題ないが。

 サナは肩に触れるアルベルクの手に自分の手を重ねながら、彼の顔を見上げる。微かな期待が滲む瞳と赤らんだ頬。休憩室がどんな場所なのか、本当に休憩をするだけなのか、そんなことはわざわざ確認せずとも良さそうだ。サナが嬌笑を浮かべた時。


「サナ様!」


 甘いムードを壊す純真じゅんしん無垢な声が聞こえる。サナとアルベルクは、ぴゃっと離れる。


「お久しぶりですわ!」


 サナに声をかけたのは、リリアンナだった。

 淡いピンク色に染められたスレンダーラインのドレス。腰元から流れるオーバースカートと、胸元の刺繍ししゅうが美しい。腕の部分がふんわりと膨らんだ、透け感のあるパフスリーブがリリアンナの可愛らしい雰囲気を引き立てていた。

 リリアンナの背後には、彼女の伴侶であるレオンが。自由奔放ほんぽうな彼女に振り回されているのか、息も絶え絶えだった。しかしアルベルクの姿を視界に入れるなり、急いで背筋を伸ばし、虚偽の笑顔をぺたりと貼り付けた。


「今日も本当にお美しいですね、サナ様。おふたりは本当にお似合いですわ」


 リリアンナは両手を合わせながら、キラキラとした目でサナとアルベルクを見つめた。


「ところで……おふたりの初めての夜、んぐっ!」


 皇城で開催された高貴なパーティーの場では不相応な言葉が聞こえたため、サナは思わずリリアンナの口を手のひらで塞いでしまった。周囲の人の目もあり、すぐさまリリアンナの口を解放する。


『無事に初夜を迎えることができたかどうかは、お手紙で教えてください』


 夏頃にリリアンナが公爵城を訪問した時、彼女はこんなことを言っていた。彼女の協力もあり、サナはアルベルクと無事に熱い夜を迎えることができたわけだ。が、サナはリリアンナに手紙で報告することをすっかり忘れていたのだ。


「そ、そのお話はふたりでしませんか?」

「ふたりで……? ぜひ! 今すぐバルコニーに行きましょう!」


 リリアンナはサナの手を握り、食い気味に叫んだ。近くを歩いていた執事を呼び止め、彼が持つトレイからワイングラスをふたつ受け取ると、サナに差し出す。


「さぁ、女子会の開催ですわ!」


 リリアンナは夫のレオンにも、アルベルクにも目をくれず、サナの手を引いてバルコニーに出たのであった。

 ぽつんと取り残された男性陣。アルベルクは妻との時間を邪魔されたことに少しの不服を感じながらも、隣にいるレオンを見遣る。彼からの視線を感知したレオンは、ビクッと体を跳ね上がらせた。


「少し話しましょうか」


 一体何を話すというのか、とでも言いたげなレオンの顔。あからさまに怯える彼を前に、アルベルクは口端を吊り上げたのであった。




 バルコニーに出ると、寒さがサナとリリアンナを襲う。リリアンナは近くにいた執事からブランケットを受け取ると、サナの肩にかけてくれた。


「ありがとうございます」

「冷やしてはいけませんから」


 リリアンナもブランケットに包まり、サナの隣に立つ。


「それで、初夜は成功しましたか?」


 興味津々に問いかけてくるリリアンナに、サナはおずおずと首を縦に振った。するとリリアンナは、サファイア色の目を輝かせる。


「よかったですね!」

「……リリアンナ様のおかげです。お互いに気持ちも伝え合うことができましたし、おかげさまで充実した毎日を送っております。ありがとうございます」

「私は少しアドバイスをさせていただいただけですよ! 頑張ったのはサナ様ですから!」


 リリアンナは笑いながら、ワインを飲み干す。可愛らしい顔からは想像もできない激しい飲みっぷりに、サナは度肝を抜かれた。


「媚薬は使用しましたか?」

「……またの機会に使わせていただきます」


 苦笑するサナに、リリアンナは口元に手を添えてニヤリと笑う。


「エルヴァンクロー公爵家の後継者様がお生まれになるのもそんなに先の未来ではなさそうですわね」

「………………え?」


 ワイングラスを傾けていた手を止めて、リリアンナを凝視する。


「あら、違いますか?」

「……ち、違わないと、思います……」


 たどたどしく答える。

 跡継ぎを生むのは、公爵夫人のサナの役目とも言える。跡継ぎが生まれることは、家門のさらなる安定や繁栄にも繋がるし、リーユニアに住む人々を安心させることができる。サナはいずれ、もしかしたら近い未来、アルベルクの子を生むことになるはずだ。分かってはいたことだが、改めて自覚するとなんだか恥ずかしくなってしまう。


「もし後継者様がお生まれになったら、ぜひともご対面させていただきたいです!」

「もちろんです」


 サナは頷く。


「私も同時期にあの人との間に子を生めば……もしかしたらサナ様のお子様と私の子が、将来結婚するかもしれませんわ……」


 頬に手を当ててひとり興奮するリリアンナをよそに、サナは羞恥心をまぎらわすためワインを飲んだのであった。

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